映画 『菖蒲』
今日は 新宿でのカルチャー講座の日、帰りに岩波ホールに行きました。
前から観ようと思っていたアンジェイ・ワイダ監督の『菖蒲』 の上映期間が明日でおしまいになるのです。 観たいと思う作品が上映されていても、横浜から行くには少し不便な岩波ホールにはよほど決心しなければ行けません。 新宿からなら行くのは簡単。
考えてみると、前回岩波ホールに足を運んだのも 同じアンジェイ・ワイダ監督の作品、『カティンの森』 でした。その映画を観たすぐあとに、この事件現場での記念式典場へ向かっていたポーランド大統領機墜落の事故があり、さらに衝撃を受けたことなど思い出しながら地下鉄に乗りました。
開場の二時少し前に着きましたが待っているのは10人くらい。 終わって見渡しても四分の一も入っていないのでは、という状況。
ワイダ監督ももう86歳。監督自身も死について思いめぐらすことも多いのでしょう。 年齢だけではありません。ポーランドというと国、この国の歴史は受難の歴史です。私には死のイメージをまとっている国という感じさえしてしまいます。観客の少なさもイメージの暗さによるのかもしれません。
『菖蒲』 というのはイヴァシュキヴィチ(ポーランドを代表する作家だそうです)の短編小説。 まずこの作品の映画化の計画があった、ところが主演女優クリスティナ・ヤンダのご主人(撮影監督) の病気、そして死により、映画が違ったものになってきたのだそうです。
映画は映画製作の過程、『菖蒲』という映画そのもの、ヤンダという女優の夫に対する思い、 この三つの世界が重なり合って出来ています。途中で、どの世界のことか分からなくなって、あとで、そうか、あれは映画撮影中の事件なのか、などと気付くこともありました。
イヴァシュキヴィチの小説のストーリー、
ある小都市に診療所を開いている医師、その妻マルタは夏がこせないのではないか、という重い病であることが分かったところから展開する。
重病にしてはマルタは元気だが、憂愁に満ちた表情である。やがてそれは ワルシャワ蜂起のときに二人の息子を亡くしたことによるものであることが明かされる。 医師夫妻、仲が悪いわけではないが、もう気持ちは離れ離れになってしまっている原因もそこにあるようである。
医師は妻に、先が長くないことを告げられない。そういうある日 マルタはボグシという20歳の青年と知り合う。青年に息子への思いをかさねたのか、恋心とも思われるような感情をいだいて、一緒に散歩をしたりするのだが、ある日川へ泳ぎに行く。明日は聖霊降臨祭、春が終り夏の到来を告げる命の祝祭の日で菖蒲を飾るのだそうだ。青年に菖蒲をとってくるようにマルタは頼む。そこで事件が起こる。
マルタ役のヤンダのモノローグはどうやらホテルの一室らしい場所。 そこで切々と亡き夫への思いが語られる。映画の最初と最後はこのヤンダのモノローグ。まるで映画全体がヤンダの亡き夫(ワイダ監督にとっても彼は盟友だった)への挽歌のようにも思われる。
映像は、滔々と流れる大河に菖蒲のタイトル、何かさびしいが流れは命の象徴かもしれない。
その後すぐ水の中と上で流れに揺れ、風にそよぐ菖蒲の葉の映像、水までも緑に染まり、たとえようもなく美しかった。
医師はある小都市のクラクフ門のそばで診療所をひらいているが、遠くに見える教会の塔は もしかしたらクラクフではないかと思われる。 塔を遠望する、落ち着いてはいるが少しすすけて傷みも見える小都市の重厚な街並みは風情がある。
マルタは青年に頬をよせるのだが、青年の白い若々しい肌とマルタのうっすらシミの浮いた顔との対比、そのむごさは目をそむけたくなるほど。
映画は 最初たんたんと進み、最後に急展開、そうして唐突に終わってしまう。上映時間自体90分にも満たないのだが、ややあっけにとられ、ええーっ、もうおしまい? ときつねにつままれた気分のまま、最後のクレジットを茫然と眺めて席をいまし立tた。
なんだか尻切れトンボみたいで落ち着かない気分でしたが、帰って思い出してみると、じわじわ心にしみてくるものがあります。
目に浮かぶのは 美しい菖蒲の葉のそよぎ、マルタの悲しげな遠くを見るような表情、 音楽も良かったです。
そして語られた言葉
「忘れているようだね、生はとても簡単に死に転じることを」
「生きていることが、私は死んだ人や息子に恥ずかしい」
あの大災害を経験した日本人にとってこれらの言葉は深く胸につきささります。やはり観て良かった映画でした。(11月13日記)
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