『怪物はささやく』
新聞で 売れてる本 として 紹介されていたのでかなり以前に図書館に予約、やっと順番がまわってきて一気に読んでしまいました。後から知ったのですが、中学生の課題図書にもなったそうです。いわゆるヤング・アダルト向け。

ヤング・アダルト向けですから、青少年に生きる指針を与えたい、という 意図は見えるのですが、そういう意図を感じさせるよりも、物語の迫力のほうが勝っていると思いました。
主人公のコナーは13歳。両親は離婚していて、父は再婚相手とアメリカに行ってしまい,母と二人で住んでいます。その母は重い病気です。このことがクラスの人達に知られてから 皆彼を避けるようになってしまいます。 いじめの対象にもなっているのです。つらい状況のなかで、悪夢にうなされているのですが、ある夜、別の怪物が現れます。家の裏手の丘の上には教会があるのですが、そこの墓地にそびえ立っている イチイ の木が変身した怪物です。でも怖くはないのです。
イチイの木が変身した怪物は少年をやっつけるために来たのではなさそうです。つらい状況にある少年の支え手だということが分かってきます。
母親はもう治らないらしい。読んでいて涙がこぼれそうになります。
この小説はシヴォーン・ダウド原案とありますが、それは シヴォーンが構想をメモしたまま 癌により早世したので、それをもとにパトリック・ネスが膨らませて書いたものだからです。 シヴォーン・ダウドに子供がいたのかどうかは知りませんが、残される者に対する彼女の強いメッセージが感じられます。
内容は お読みになっていただくことにして、本筋とは離れますが私は このイチイの木が 変身した怪物に注目しました。
怪物は 自分のことを、
わたしは 狩人ハーンだ!樹木神ケルヌンノスだ!永遠の森の番人グリーンマンだ!
と言うのです。ロマネスクファンにとっては グリーンマンは とても親しい存在。 いろいろな教会の入り口や 中の柱などに彫られているからです。
一例 、これは もうゴシック時代になるのですがhttp://ykharuka.s113.xrea.com/uk06/uk06main.html の11日目の1
ケルンノスといえばコペンハーゲンにあるデンマーク国立博物館の グンデストルップの大釜(紀元前2〰1世紀)を思い出します。直径約70センチの銀製の大釜です。

これは 1998年のケルト美術展に フランスにあるレプリカがきていました。上の私の写真ははっきりしませんので図録から

後ろ、つまり釜の内側右のパネルで膝を折って座っているのが ケルヌノスです。
外側左に半分浮き彫り状に見えている像、アンダースンは これもケルノスだが木の葉状の髪を持ちグリーンマンに近い とみています。
アンダースン1935〰1997)は 『グリーンマン』 の著者です。

狩人ハーンもケルヌノスを元に考えられたものとされています。 つまり全てグリーンマンにつながるものです。グリーンマンは 上記の表紙のように髪が葉でできている(髪だけでなく眉まで葉のもある)ものや、口から植物を吐き出しているものなどいろいろな 姿をとっています。
グリーンマンの起源を上記の本では地母神信仰にまでさかのぼってルーツを探っていますが、森林や樹木に対する畏れ、崇敬の念、つまり自然崇拝の表れと考えていいのでしょう。
『怪物はささやく』では 教会墓地のイチイの木が怪物になっています。
アンダーソンはイチイについて このように書いています。
非常の多くの教会墓地で イチイの木がみられるのは、死や人の魂が常緑樹のように不滅であることを想起させるためだけではなく、過去の宗教において崇められていた木が新たな 象徴的意味を与えられた見本なのであり、過去の宗教にまつわる精神エネルギーが新しい宗教に転換されたのである。
中世初期では 土地の聖なる木と言われる木を教会は切り倒させたりしていましたが、それを教会に取り込んでしまうようになったのです。墓地には普通 糸杉、と思っていたのですが、イチイも植えられるのですね。少年の家から教会墓地が見えるのですが、イチイの木にしたのはイチイの樹皮や根に含まれるタキソールが、ガンに対する治療薬として認定されている、ということもあるのかもしれません。
教会がそばにありながら 少年の助け手が牧師様ではなく グリーンマンでなければならなかったのは、物語として面白いというのではなく 根源的な存在だからでしょう。物語を読む楽しみを奪ってはいけないので、詳しくは書けませんが、少年の悪夢の正体を 認めるところ、少年の苦しみの源をみつめさせるところは圧巻です。
表紙の写真を載せましたが間違って白黒にしたのではありません(右の立っているのが 木の姿をとった怪物です)。表紙も挿絵もモノクロ、怪物は夜中の12時7分にでてくるのですから、まわりが暗いのは当然。 少年の内面を表しているようでもあります。
ヤング・アダルト向けですが良い本は年代を問わない、と思います。
イチイ(別名アララギ)の木の写真を載せたくて近くの植物園にいってみたのですが、 変種である キャラボク しかなくて、これは高さが2メートルにもならない横に広がった木でイメージにあっていないので、載せるのをあきらめました。 イチイは高さ20メートルにもなるそうです。
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