映画「ハンナ・アーレント」 と カイユボット展
一昨日(11月26日)は久々に映画をみにいってきました。みたのは 「ハンナ・アーレント」です。
ハンナ・アーレントという人については ハイデッガーの愛人だったけれど、実は哲学者としてとても著名だった、というミーハー的知識しかありませんでした。
新聞で映画の広告を見たときにも、ああ、あの人ね、くらいでしたが、見ると<ナチス戦犯の裁判レポートに全世界が揺れた>と大きく書いてあります。知りませんでした。 さっそく見に行こうと思ったのですが、ものすごい混雑らしいのです。そろそろ落ち着いた頃と思い岩波ホールに電話をしてみましたら、第一回目なら待ち時間が少ないけれど、それでも11時半開演のところ、10時半には来てください、とのこと。寒くならない時期に、と出かけました。
10時17分に岩波ホー着くと切符売場には20人ほどの列。予定より早く25分にはチケット売り出し、映画館のある11階に上がってみると、下の回まで 行列。前売り券の方もいらしたようで50番目くらいでしたが、10時45分開場で、良い席に座ることができました。(一昨日の場合、11時でもまだ席はありましたが上映時には満席でした)どちらかというとかたい映画かもしれないのに、凄い人気です。
http://www.cetera.co.jp/h_arendt/ 映画のオフィシャルサイト、予告編が見られます。

映画は、離婚しようかなどという友人とのおしゃべり、大学教授たちのサロン風景、エルサレムでも、裁判傍聴だけでなく 昔の友人との交流、勿論学生時代のハイデッガーとのエピソードも挟むなど、あきさせないつくりです。ハイデッガーの論に傾倒することになる若きアーレント、彼女に話しているのは 『存在と時間』 の構想の一部なのでしょうか。
でもこれらは全てアイヒマン裁判を傍聴し、そのレポートを雑誌『ザ・ ニューヨーカー』に発表して大センセーションを巻きおこすことになる序章です。
アイヒマン役を演じることが出来る俳優はいない、と この映画では実際の裁判映像を使っているのも面白い試みでアイヒマンをこのような形でみることができたのも、 ちょっとした感概をもちました。
ナチス親衛隊員であったアイヒマンが1960年、逃亡先のアルゼンチンでイスラエルのモサドによって捕まって裁判、処刑 (1962年)されたことは当時大ニュースで、ユダヤ人の執念って凄いな、そして何の疑問も感じず処刑は当然、と思っていたような気がします。
最近カルチャーセンターでパレスチナについての講座を受講していますが、その中でシオニストたちは当初、捕虜収容所に連れていかれたユダヤ人に対して同情的ではなく、ヨーロッパにとどまって同化しようとしたのがいけなかったのだ。シオニズムの大義を信じなかったからで犠牲になったのも当然、という見方が多かった、という話をききました。そのことも頭にいれておいた方がよさそうです。
裁判を傍聴、あるいはプレスルームで流される映像を見ながらアーレントが感じたのは アイヒマンは決して悪魔的な人間ではなく凡庸な小役人にすぎない、ということです。上からの指示に従い自分で考えることをしない人だと。
裁判の場面ではアイヒマンとは直接関係のない、強制収容所から逃れてきた人々の 当時の状況についての涙ながらの証言、その中でナチスに協力したユダヤ人指導者のことも明らかにされていました。
アーレントはこれはベングリオンの政治ショーである、と言っています。結果的にこの裁判は ホロコーストの犠牲者という意識のもとにユダヤ人社会を纏める力になっていったそうです。
ユダヤ人たちがアーレントのレポートに期待したのは、アイヒマンという極悪非道な悪魔についての記述でした。 それが怪物とはほど遠い凡庸な人間である。彼には悪魔的な深さがない、彼は思考不能だった、と見、その上、ナチに協力したユダヤ人指導者の存在のことを書いたのが、なおさら激しい批判にさらされることになります。
そこで、学生たちを前に講演を行い、自分の意見を述べるのですが、ここが素晴らしかったです。
人間の自分の意思はなく命令に従っただけ、と述べるアイヒマンをみてわかるように、
世界最大の悪は、平凡な人間が行う悪であって、そういう人は信念も邪心も悪魔的な意図もない、人間であることを拒絶した者だと言い切り、考えることで人間が強くなること、危機的状況になっても考え抜くことによって破滅に至らぬように、と訴えて話を終えるのです。
とても深い内容を持った映画で、買ってきたプログラム(シナリオが載っている)を読みながら まとめようとしているのですが、私ごときにはなかなかうまく書けません。
私が受け取ったメッセージは
予見をもってものごとをみてはいけない
考えることを放棄してはならない
ということです。 当たり前のことですけれど、
この映画はおかたいものでもなければ 退屈なものでもありません。どうぞごらんになってください。
気分を変えて
折角東京まで出てきたのです。このあとはブリジストン美術館に行くつもりです。
御茶の水駅に向かいました。途中、これまで通るたびに気になっていた ナポリの下町食堂、に入ってみました。

中は意外に広かったです。ロースト南瓜とゴルゴンゾーラのクリームパスタ、アマレット風味 というのを注文してみました。ワインのボトルがずらり、でもこれからのことを考えてソフトドリンク飲み放題、というテーブルからウーロン茶をとりました。

スパゲッティの量は選ぶことができてSにしました(それでも私には多かった)。茹で具合もよくゴルゴンゾーラが効いていてとても美味しかったです。
ブリジストン美術館ではカイユボット展をやっています。新聞で紹介されていて 行こうかな、と思っているところへいち早くいらした友人から作品リストもおくられてきたので、いよいよ行かなくては、という気になったのです。
http://www.bridgestone-museum.gr.jp/caillebotte/
ここで 展示作品のいくつかが見られます。


カイユボット(1848~1894)は 印象はを代表する画家だそうですが、非常に裕福な家庭に生まれて売り絵を描く必要がなかったせいか、これまであまり知られていなくて近年再評価がすすんでいる画家だそうです。
お金持ちで印象派の画家たちの絵を買うことによって援助したりしていたそうで、満ち足りた人らしく絵も穏やかでなんとなく安心してゆったり見られる、という感じの絵でした。
上のような 水辺の絵が すてきだ思いました。
最後の2室にはブリジストンの所蔵作品が展示されていて、これが良かったです。セザンヌ、ルノワール、特にカミーユ・コローの風景が気に入りました。そうしてピカソの サルタンバンク ああこれがここにあったのか、と帰りにショップで カイユボットの(上の写真)ボート遊び、とともにこのクリアファイルも求めました。

見ごたえのある映画のあと、少しゆったり楽しめた展覧会、とりあわせとしてはよかったと思いました。暖かい一日、充実した気持ちで家路につきました。
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コメント
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kikuko様
いい映画は長くあちらこちらで 上映されるのですね。 百合ヶ丘の友人もこれから見る、と知らせてきました。政治ショー、 とても 恐ろしいです。何も知らないものは たまたまその時こういうことがあった と思うけれど、実は何を喧伝して見せるか(見させるか)慎重にはかり 民心を操作する、ということもあるのだ、(それを ハンナ・アーレントは しっかり見抜いていた) ということ、それが恐ろしいのです。
イタリアの陰謀 もそうでしたね。
今パレスチナ問題の講座をとっているので、 この映画は 私にはタイムリーでした。
今日の新聞ではイランjとの対話姿勢を大統領がみせている ことを報じていました。 もっとも あの国では大統領は象徴的存在だそうですから、、、。
投稿: yk | 2014年2月 7日 (金) 17時08分
ykさんに遅れること二か月で、やっとハンナ・アーレントの映画を見ることができました。吉祥寺の定員100人の映画館で上映されたのですが、ずっと風邪気味で最終日の1月31日に駆け込みました。幸いにも80%の入りで、待たずに済みましたが、これは観るべき映画ですね。凡庸な悪、思考不能は、いつの時代でも、多くの人が陥りやすいものだと思うと慄然とします。そして、人々が期待しないことを発信するのはたいへんな勇気がいると改めて知らされました。時差ぼけのようなコメントで、申し訳ありません。
投稿: kikuko | 2014年2月 7日 (金) 16時26分
tina様
書き忘れました。 ポルディ・ペッツオーリ美術館の展覧会があるのですって!!知りませんでした。小品乍らいい作品がそろっていますよね。 でもあの建物が素晴らしい。、建物あってこその作品、という気がするくらい。でも贅沢言っちゃいけませんね。
投稿: yk | 2013年12月 1日 (日) 12時21分
tina様
「フォッセ・アルデアティーネの虐殺」というのは知りませんでした。チェコでもドイツ人将校ハイドリヒ暗殺の責をとらせるためを リディツェ村村民を虐殺してしまった、という事件がありましたけれど、ナチスの報復は凄まじいですね。
この事件でも 裁判はイタリアでされたのですね。この場合被害者はイタリア人でイタリアで起こった事件ですから、妥当なのかもしれませんが、 アイヒマン事件ではドイツ人をアルゼンチンでとらえて、ポーランドなどヨーロッパで起こった事件をイスラエルで裁くことが正しいかどうかの議論もありました。
次々と直接は 関係ない人たちが収容所での 苦しみ、肉親を亡くしたことの悲しみを 訴えるというかたちで証言するので、 アーレントは ベングリオンの政治ショー だとしたのです。(彼らの苦しみを共有させる)
今日もパレスチナについての講座をきいてきましたが、私など ユダヤ人というのを知ったのは『アンネの日記』によってで、ユダヤ人というと 強制収容所とセットになって 刷り込まれています。しかし、建国直後はイスラエルにとっても 収容所帰りのユダヤ人は有難くない存在だった、 というのは講座を受けて初めてしったことで、
ユダヤ人社会ををホロコーストの犠牲者という意識でもって まとめることに この裁判は意味があった、ということもわかってきました。
この映画を観ながら、 また講座を受講しながら思ったことは ナチス=悪、ユダヤ人=かわいそうな犠牲者 (勿論 否定はできないのですが)一面的にものごとを とらえることの危険性です。 映画は私にとって教訓となるところも多かったです。
そのうちDVD化されたりテレビでも放映されるのではないでしょうか。
私は 日本の歴史と向きあうことはしてきませんでしたが、日本の歴史も(知っておく必要がありますね。『昭和史』さがしてみます。
ナポリの下町食堂は学生街ですから、お値段も手ごろ、アマレットは香がふーうぅっと ちょっと流れてきたていどでした。(今日はゴルゴンゾーラ買ってきました)、いつもは丁度お食事の時間には通らないのですがまた機会があれば よってみたいとおもっています。明治大学と御茶ノ水駅の中間くらいのところです。
投稿: yk | 2013年11月30日 (土) 16時03分
「ハンナ・アーレント」、私も同じような認識しかありませんでしたが、イタリア語の教室で読んだニュースで思い出しました。アイヒマンほど有名ではありませんが、「フォッセ・アルデアティ―ネの虐殺」の責任を問われたナチのSS隊員が、百歳で亡くなった話です。アイヒマン同様アルゼンチンでとらえられてローマでの裁判後、高齢のため自宅軟禁の終身刑を受けていたのですが、葬儀が妨害され、遺体の受け入れ先もないという話でした。妻の墓はアルゼンチンにあるのですが、そこにも、ドイツにも受け入れを拒否されたそうですが、先生の話では多分ドイツのどこかに埋葬されたのだろうが、一切情報はないそうです。ドイツに占領されていたとき、パルチザンのしかけた爆弾でドイツ兵が何人も死んだので、その報復のため、何の関係もないローマ市民がドイツ兵一人につき十人ずつ銃殺された事件です。
アーレントの映画は解説を読んで、みたいと思ったのですが、どうもこのところ健康に自信がないし、それと岩波映画と言うと行列が頭に浮かんで敬遠してしまってみませんでした。
最近、半藤一利氏の「昭和史」を読んで、戦犯とは何か考えるところがありましたが、それに似た感想うを持ちました。
パスタおいしそうですね。アマレット風味なんて珍しいですね。近くだったら行ってみたい。
アマレットは好きなのですが、あまり日本人には受けないのでしょうか。ときどき行くレストランでアマレットのタルトをだしていたことがあったのですが 、すぐに消えてしまいました。
友達に食後酒として勧めたら風邪薬みたいと敬遠されたし。そういえばそうかも。
カイユボットも観てみたいけど・・・
来年、ポルディ・ペッツォ―リが来るというので期待しています。Bunkamuraだそうなので近いし。
投稿: tina | 2013年11月30日 (土) 13時49分