『罪人を召し出せ』 ヒラリー・マンテル著 早川書房 を読み上げました。
これは コメントを下さっているtina様が今読んでいます、と書いてくださったことから新聞の書評にもあったことを思い出して 図書館に予約してあったものです。やっと順番がめぐってきて読み始めたのですが、結構私にしては時間がかかりました。
登場人物が沢山いますし、同じような名前もあって混乱、でも巻頭に登場人物の一覧がありますので、このページひっくり返しながら読みました。それにしても英独仏 どこも 名前の種類って少ないのですね。アンもメアリーも エリザベスも何人もいます。日本なら天皇の名前は一つ、親王、内親王方もあまり同じお名前は見かけないような、、。
時間がかかったのは歴史小説だと確認したいこともあって、何か関連したものがないか、と書棚をさがしたりする、ということも時間のかかる一因です。
これは、イギリスのヘンリー八世(1491~1547)の二番目の妃 アン・ブーリンの最期の一年間の出来事を、当時の大法官(この本では宗務代官、秘書官となっている) トマス・クロムウェルの立場から書いたものです、というより むしろ この事件を通してこれを処理したクロムウェルを書いたものだというべきものです。
出だしから,禍々しいのです。鷹狩の場面です。 トマスの妻と二人の娘はすでに亡くなっているのですが、鷹には三人の名前がつけられていて、獲物を捕って舞い降りてくる様子を、胸に血のりが筋をひき、蹴爪に肉をへばりつかせて、と書いています。これからのおぞましい事件を暗示するような幕開けです。
歴史の参考書としては以前にもあげたことのある『アイルズ』ノーマン・ディヴィス著 をひっぱりだしてきました。
ヘンリー八世というのは王妃キャサリンと離婚してアン・ブーリンと結婚するためにローマン・カトリックから決別してイギリス国教会をたてた王様です。
ヘンリー八世はよく知られている王なので当時のイギリスはすごかったのだな、と思うのですが 実はこの王の家系である、テューダー家はさほどの名門ではなく、薔薇戦争の余波もあり 国内は不安定要素が強かったらしいのです。
そういうわけで、前のお妃であるアラゴンのキャサリンとの間にはメアリー、アン・ブーリンとの間にはエリザベスという娘がありながらも、この時代を乗り切るためにはどうしても男子がほしいという気持ちが王にとって絶対的なものであった、このことが諸々の問題の根源だったようです。
やっかいなことにはキリスト教国では離婚は許されないし、男子が産まれないから、といって側室を迎えてその子を正式なお世継ぎにする、ということも許されないのです。離婚できないので、そもそもこの婚姻は無効であった、ということを証明することしか結婚を解消する手段はありません。
よく使われるのが、よくよく調べてみたら近親結婚でした、というものですが、アンとの場合にはそれはないらしい。そこで、、、。
第一部は 正直言って、カオス状態と言おうか 場面があちこち変わるし、登場人物も誰がどういう人だったかわからなくなるしで少々混乱しました。(眠くなり始めてから読んだのもいけなかった
)語られるのは、トマスの家、家族、家の子郎党ともいうべき人々。ヘンリーの宮廷、アンとそのお付きの人々の様子、 それに幽閉されて死期の間近な キャサリン(元王妃)のことなど。
俄然目が離せなくなったのは 第二部 アンの不貞の証拠集めのところです。
恐ろしくなりました。 誘導尋問、自白の強要、(これは現代でもよく問題になって取り調べの可視化が進んでいるらしいですが) こうして罪人がつくられていくのか、と本当に総毛立つ思いで読みました。
<やましい男たちが必要なのだ。だから、やましい男たちを見つけ出した。告発されているようなやましさではないかもしれないが>
次々と言葉じりをとらえてつきつめていく様子は 処刑そのものより恐ろしい気がしました。
どうやらアン・ブーリン性格が悪そうですし、 当時の宮廷、不倫は当たり前だったのでしょうか?もしそういう事実があったとすれば どうしても男子を生まなければという思いも手伝ったのでしょう。
結果からいうと最大の罪は 男子が産めなかったことになりそうです(私から見れば、そうして そういう点からすれば どうしても王妃の地位がほしかったアンもある程度覚悟はできていたかもしれません)
男子がほしいだけでなく ヘンリーの女好き、というのも亡き者にされなければならなかった理由のように思います。またなかなか子が持てなかった(流産が多かった)のはヘンリーが忌まわしい病をもっていたのも一因と言われています。(次のジェーン・シーモアとの間のエドワード六世が早世したのもその故らしい) (この病気、アメリカからはいってきて 当時ヨーロッパで 大流行していたそうです)
クロムウエルは 身分などもないも同然の鍛冶屋の息子だったのですが、大陸にわたり苦労を重ねた末 ウルジー卿(大法官)に認められます。ところがウルジー卿は、王とキャサリンとの離婚問題をうまく処理できなかったため、失脚。クロムウエルも道連れかと思われたのですが、王は彼が使えると思ったのでしょう、秘書官にとりたてたのです。
クロムウェル、妻と娘たちを亡くし、女性に目をとめないではないが、それよりも目指すのは 理想とするイングランドの建設です。
願いは ただ一つ 王中心の安定した国家を作り上げること、のようです。そのためには王の難題(わがまま?としか思えないが)も解決してあげなければならないのです。
宗教に関して重要なものは(『アイルズ』を参考にしました)
上告禁止法(1533)イングランドの聖職者を ローマと教会法から切り離す。
聖職者任命法(1534) 国王に教会制度の完全支配権を与える
ペトロ献金に関する法(1534) ローマへの財政寄与を全面的に停止
国王至上法(1534) これによりローマから正式に離脱・独立した君主を首長とするイングランド国教会が生まれた。
トマス・モア(ウルジー卿の次の大法官、 ユートピアを書いた人、カソリックを捨てなかった)はこれにサインしなかったため処刑されましたが、クロムウェルは彼をしばしば思い出しています。自分の未来をそこにみていたのでしょうか。
ロンドン塔のトマス・モアはクロムウェルに「次はどこをたたくつもりか?イングランドを滅ぼすつもりか?」彼は答えた。わたしは神に祈っています。、破壊ではなく建設のためにわが権力を利用するあいだはどうか生かしておいてください、と。
四人の男たちとアンが処刑されたのちリズリー(法廷事務官)が言う。「あるジェントルマンに聞かれたんですよ。これが 枢機卿のケチな敵に対するクロムウェルの復讐だとしたら、王自身に対して、彼はやがて何をするのだろう、とね」 これはぐさりと彼に突き刺さることばだが、 「、、主人たる国王に、、、、、ひたすら従い、仕えるだけだ」と言うのですが。
この後が気になります。
アン・ブーリンはなぜ処刑されなければならなかったか、については 諸説あるそうです。 それを色々な人に証言させ、周囲の状況を書くことによって 重層的に見せているように思いました。
これは 連作物で シリーズの二冊目、第一冊は 「ウルフ・ホール」。でも上下二巻はちょっと大変そう。とりあえず今回は これだけにとどめておきましょう。
ヘンリーが次の王が女では無理だと思い込んでいたはずが、エリザベス女王の時代にイギリスは黄金時代を迎え、エリザベスが断頭台に追いやったメアリー・オブ・スコットランドの息子ジェームズがイギリス王位も継いだのですから歴史は皮肉なもの。
イギリス国教はプロテスタントに属しますが、ローマに従わない、というだけで教義などカソリックと殆ど変らないらしいです。でもクロムウェルの友人で、一緒に改革を進めた カンタベリー大司教クランマーにはアンについて
「おこないについてはしゃべるのに、信仰についてはなにひとつ語らない」
「われわれはみずからのおこないによってではなく、キリストの犠牲をつうじてのみ救われ、また、みずからの功徳ではなく、キリストの功徳を通して救われるということを、今のわたしが理解しているように、彼女にも理解してもらいたかった」と語らせています。クランマーはルター派です。
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