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2014年4月

2014年4月27日 (日)

『生きる』 乙川三郎  歌集『印度の果実』 大西民子

25日 お葬式のために 前橋まで行きました。主人の方の親戚ですが、主人が仕事で行けなくて私ひとりです。 道中長いので上記の本二冊をバッグに入れていきました。

お葬式は キリスト教式で (昇天式と言うそうです) 私にとっては はじめての形でしたが、 97歳でお亡くなりになられたからでしょう、家族葬で 他には教会関係の方々だけの落ち着いたいいお葬式でした。 
讃美歌も子供のころの日曜学校を思い出して懐かしかったです。

式場の窓からは 赤城の山々が見えました。(縦の線は 窓ガラス)

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印度の果実』 大西民子 短歌新聞社

4月7日の新聞に 沖ななもさんが 大西民子の花びら として書かれていた文に惹かれて、求めたものです(他に『幻の椅子』を買い、『不問の掟』を注文中、こういう絶版の本は、ある時に買っておかないと、次いつめぐりあえるか分かりませんので)

大西民子(1924~1994)
お子さんを死産、 御主人が家を出られ(その後離婚)妹さんと同居なさったけれど、1972年にその妹さんも亡くなり 身内が一人もいなくなってしまったそうです。

そのせいでしょうか、<ひりひりとした寂しさがある>、と沖ななもさんは書いています。
何首か

妻を得てユトレヒトに今は住むといふユトレヒトに雨降るらむか 

うつむきて印度の果実むきおればやいばはつねにわが胸に向く

霊柩車を先立ててゆくバスの中ふいに時刻を問ひし人あり

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 (焼き場に行くときには)利根川を越えました。

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(遠くに雪山)

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(はっきりしませんが まだあちこちに桜が咲いていました)

生きる』 乙川優三郎 文春文庫

『脊梁山脈』 が良かったので、ブックオフでみつけて買っておいたものです。
『生きる』 は平成14年7月の直木賞受賞作品で、<乙川優三郎にとっては一つの到達点を示す>ものだそうです。

物語は 主人公である又右衛門の父親が、長らく浪人であったのだが 北国のある藩にもちいられる。子の又右衛門の代までの二代で異例の出世をしたのだが、どうやらそれももう終わりらしい。 
家運の象徴のような菖蒲の花が 今年はまだ咲かない、と不安な気持ちでいるところに予感が 的中。 藩主 飛騨守の容体が思わしくないのです。
私は初めて知ったのですが、御殿様が亡くなると追い腹、といって家臣は切腹して殉じる 習わしがあったのだそうです。
破格の出世をさせてもらった恩のある又右衛門にとって、それは当然取るべき道だったのですが、それを家老に禁じられます。そこから、又右衛門の苦しみが始まるのです。追い腹を切らなかったことに対する嫌がらせは執拗で まさにヨブの苦しみをあじわうのです。

菖蒲の季節に始まって菖蒲の季節に幕を閉じる物語、乙川作品らしい、美しく品のいい小説で ますますこの作家が 好きになりました。

これにはあと 二作品 安穏河原  早梅記  が入っています。 
また少し経ってから読もうと思っています(テレビ漬けで読書スピードが落ちているうえに図書館で借りた本もありますから)

 

近頃テレビ漬け?

四月も下旬、一月からはあまりテレビで面白いものがありませんでしたが、四月ともなると 面白そうなものがいろいろあって、あれこれ見ています。テレビ番組のことを書こうかな、思っているうちとに今日の夕刊(朝日)で 先をこされてしまったのですが、、、。

まず朝ドラ、 「梅ちゃん先生」以来見ていませんでした。というのは どうしても そのあとの番組も見てしまって(見ればお料理など役にたつことはあるので)どうも午前中だらだらすごしてしまいがちですから。
評判になってから見始めるとどうも、それほど面白いの?という思いがあるせいか、あまちゃん も ごちそうさん も、 少し批判的になって どうも音楽が威勢よすぎて朝から少々うるさい、と一回だけでやめてしまっていたのです。

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今回の『花子とアン』 

『赤毛のアン』 の本は 中学、高校時代に新潮文庫から次々刊行されていて、出るのを待ちかねて本屋に買いに走ったことを思い出します。でも、翻訳者に関心はなく、見るつもりがなかったのですが、娘が 「見てる?」と言ってくるものですからビデオに撮って時間のあるときに見ることにしました。最初の音楽も早送りして。

最初の何回かは見ていなくて、見始めていきなり 「はな ではなく、はなこ と呼んでください」なんて、 終わりに E のつくアン、の真似? もしかしたら逆で 自分の名前についてのこだわりにアンとの共通性をみいだしたのかもしれませんが、 でも娘によると 頭の上で石版を割るシーンも出てきたそうですから、やはり 赤毛のアンをなぞっているのではないか、作りすぎ!!とばからしくなってきました。

実在の人物を『赤毛のアン』という小説にからませるため、設定に無理があるのではないでしょうか。それが違和感の元だと思います。

もう録画予約を消そうかとおもっていたところに 蓮子様の登場、もしや、と調べてみると 柳原白蓮と村岡花子は 同じ学校で学び親交があったのですね。 急に興味がわいてきて、続けて見ることにしました。事実とは かなり違うと思いますが、ドラマ的には 面白いです。 仲間由紀恵さん、やはり存在感がありますね。吉高さん 完全にくわれちゃっています。白蓮の方が波乱万丈の人生で面白いとおもうのですが、、。
ごちゃごちゃ言わずにもう少しフィクションとして楽しむことにしました。

ただ今朝のNHKをみていると、ぶどう酒事件も アンがジュースとまちがえてワインを飲むところが下敷きのようです。おかしな作り話しなくてもいいのに。
細かいことですが、 私は はな の父親が 校長にあやまったりするときに、 首に手ぬぐいをまいたまま、 というのが気になります。そういう時は礼儀として 外すのではないかと思うのですが、どうなのでしょうか。演じている伊原剛志さんは 素晴らしいのですが。『トクボウ』 では また 別の面をみせていて さすが役者ですねえ。

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夜のドラマ 刑事ものが多いですね(私がみているのは)。
出ている俳優にも 毎回、どこかのドラマに出ている、という方たちが多いせいか、混乱することがよくあります。役柄もあの俳優はいつも 腹黒い上司、と決まっているような人もいますが、前に敵味方だったのが今度のドラマでは 見方同士なんてことになっていると、ちょっと混乱、そのため (だまされないぞ、きっと本心は違って敵なのかもしれない) なんて 余計なことを考えたりもしてしまっています。

『MOZU』この西島秀俊さんと香川照之さん 『ダブル・フェイス』 で敵味方だったので、 どうしても 疑いの目をもってみてしまうのです。(関係ないけれど、ダブルフェイス、女性二人による 復讐編、できないのでしょうか)、
原作者の 逢坂剛氏のスペインが舞台の小説を何冊か読んで好きになったので  百舌シリーズ も一冊読みましたが その恐ろしさ、というか気持ち悪さにその後は読んではいません。でも ドラマをは どうか、とみてみたのです。 西島秀俊さん、ダブルフェイス同様、こういう悲劇的 絶望的な人間、いいですね。 

一回ごとに完結して (シリーズ全体を通しての大きな陰謀だか何かはありそうだが)楽しいのが

『花咲舞が黙ってない』
銀行の悪い幹部をやっつける、痛快です。杏さんて背がたかくて 颯爽として すてきです。 『ごちそうさん』見ればよかった、なんて今頃思っています。

『マルホの女 ~保険犯罪調査員~』 名取裕子扮する 個人資産38億の調査員 お洋服、 バッグなどもしっかり見ています。一話完結なので 謎は簡単に解き明かされ過ぎだけれど、そういう方法があったのか、(こういう犯罪方法を知っても仕方がないが) というところがあり、 あとをひかずに楽しめるのがいいです。

『アリスの棘』 上野樹里さん、 まだまだ可愛いいのだけれど、少し大人の役もするようになったのですね。 復讐ではなく自分の人生を大事にすることを考えなさいよ、と言ってあげたくなりながら見ています。

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他にも『トクボウ』、とか 『TEAM』 『SMOKING GUN』 なども録画して、気分転換がてらに見ています。それぞれ 主演の俳優が、個性的でいいな、と思いながら。

そうそう 先週から始まった『ロング・グッドバイ』
ノシタルジックなセピア色の画面で引き込まれます。 

『珈琲屋の人々』 これも ちょっとセピア色のところがありますね。下町人情は好みではないのですが、見ています。

本当に今期はテレビ漬け、何曜日に何があるのか、すぐには 思い出せないので、ともかくシリーズ録画にしてあります。本当は もっとしっとりしたドラマがみたいのですけれど、 これは というのが見当たりません。 

文字ばかりなので、花盛りの我が家のベランダと この頃はまっているスムージの写真を 載せました。
今日のスムージーは 林檎半個、バナナ一本、ヨーグルト二個 (二人分) です。 
ヨーグルトの酸味でかなりさわやかなものになりました。(写真用に ベランダのミントを飾りました)

 

2014年4月19日 (土)

お食事会 ベッラ・ヴィスタ(ホテル・ニューオータニ)で

昨日(金曜日)は 昔の旅友達と お食事をしました。

場所はホテルニューオータニ 40階のイタリアン ベッラ・ヴィスタ です。

四ツ谷駅から上智大学の横を歩いていきます。八重桜はまだ咲いていました。

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降りみ降らずみ、という曇りのお天気ですが、雨のせいか緑がきれいでした。

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レストランのあるガーデンタワーは かなり赤坂見附より、ゆっくり写真をとっていては 遅刻してしまいそう。

 レストランの前での待ち合わせ、お二人は もうすでにいらしていました。 去年 八芳園に行ったメンバーです。

 まずは サービスのグラススプマンテで乾杯(写真撮り忘れ)
お値段のこと、うちあけますと、前日に予約の確認をするためにレストランのHPを開くとネット割引のことが出ていましたので、確認のお電話のさい、それをおききすると、このお電話で大丈夫です、と言っていただけました。(お電話しなければ 割引なし?)コース料理15パーセントオフで飲物もサービスだったのです。おしゃべりのさいにも、パソコンが壊れてすべて携帯にたよっているという方に、 やはり パソコンは必要よ、なんていう話もしました。

パン、オリーブ入り、とフォッカチャ、それにオリーブの入ったグリッシーニが珍しい。

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お料理は 前菜、温かい小前菜またはスープ、 パスタまたはメイン、デザートのコースにしました。 三人ともパスタとメインの両方は量的に無理なのです。それぞれを選ぶのに 随分迷いました。

レストランは 半分くらいの入りだったでしょうか。 窓際のいいお席です。

遠くにスカイツリーが うっすら見えます。

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 私は迷った末 800円余分にかかるのですが、フォアグラが好きなのでフォアグラにしましたが、お野菜のテリーヌも 彩がきれいでひかれたのですが。

フォアグラとブリオッシュのフレンチトースト

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フォアグラの上にはオレンジピールが載っていました。レバー嫌いの人は フォアグラもだめなようですが、 私は レバーも大丈夫、 コノフォアグラ のネットリ感がたまらない。オレンジピールの甘さもあっていました

温かい小前菜は ビーフシチューのお肉を角切りして 挙げたものにベビーリーフが添えられている

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(soupは コーンポタージュでした)

メイン、私は お魚にしました。

真鯛と季節ポテトのトルティーノ サワークリームとチャイブと共に

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デザート、コーヒー

デザートは 三人の好みが一致。苺のパフェ(名前は違ったかもしれません)

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拡大

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どれも美味しくて、それに久しぶりでしたから、延々 旅行やら からだのことやら、はては 老人ホームのことまで (私より年上のお一人の方は、もう全くのお一人暮らしになられてしまわれた)あれこれおしゃべり、まわりを見まわして最後の一組になるまで残っていました。 それでも レストランの方たちは いやな顔をせず気持ちよく送りだしてくださいました。

せっかくだからお庭も見ましょう、と下に降りました。丁度雨はやんでいましたが、寒い、寒い。 頬がこわばるほどでした。

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池にいる鯉の大きいこと。 70㎝もあっておばけみたいでした。 きっと残りもののごちそうをたらふくたべているのでしょう。

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お庭は紅葉の木が多く、秋もいいわね、と言いながら歩きました。去年もそういって、結局一年ぶりになってしまったのですから、次はわかりませんけれど。
それでも「会えるうち、動けるうちにまたおしゃべりしましょう」 とはお互い、言いあいました。 考えてみると、こういうところでのお食事は 一人で来ることは考えられないので、つくづくお友達がいてくださる、というのは幸せなことだと思いました。

 

 

2014年4月17日 (木)

映画 「ドストエフスキーと愛に生きる」

素晴らしい映画を観ました。
この間 「少女は自転車に乗って」を見に行ったとき、チラシをみかけたのですが、そのまま手に取ることもなく帰ってきて、パソコンで友人のブログを開きましたら、この映画をご覧になっことが記されていて絶賛なさっていたのです。それでは、と今日 またジャックアンドベティ にでかけました。朝10時からの一回限りの上映です。

ロシア文学をドイツ語に訳す84歳の翻訳家 スヴェトラーナ・ガイヤーの ドキュメンタリーフィルム 『ドストエフスキーと愛に生きる』(原題は 五頭の像を連れた婦人、 五頭の像とは ドストエフスキーの 五つの長篇 罪と罰、カラマーゾフの兄弟、未成年、白痴、悪霊のこと) 
公式サイト

http://www.uplink.co.jp/dostoevskii/

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彼女は1923年ウクライナのキエフで生まれました。ここのところ連日新聞紙面をにぎわせているあのキエフです。
スターリン時代のことです。父親が 粛清により一年余り 牢屋にいれられ、殆どの人が亡くなったのに、奇跡的に出られたのですが、その時の病がもとで亡くなってしまいます。
国家に対する反逆者を父に持つと、もう将来はないのですが、しっかり勉強はします。ちょうど高校卒業のころ ドイツ軍がキエフを占領、ドイツ語の通訳が必要とされ、彼女はナチス将校の通訳となります。母親は家政婦を必要としている、ということで母親は ドイツ人の家政婦になります。
そのころ、ナチスドイツによるバビ・ヤールの大虐殺で友人を失っています(三日間で三万人は殺され、昼夜とぎれることなく銃声がきこえていた、と語っています)

彼女を通訳とした ケルシェンブロック伯爵は 一年間ドイツ軍に協力すれば ドイツの大学への奨学金を与える、と約束、 ある鉄道工事現場で事務職をするのですが、その時重労働にあえぐ ソ連人労働者を目にすることになります。

その後、ドイツの敗戦が明らかになってきたとき、ドイツ人地域に住んでいて、対独協力者ということになると、危険なので、赤軍がくる直前に ドイツに逃れます。 
ドイツでは アーリア人かどうかの身体検査、それに不合格になるのですが、親切な人がいて 滞在許可がでますが、その親切にしてくれた人は 東部戦線送りになってしまいます。
そうしてキエフの時から約束されていた奨学金を受け、大学に入り、 教職につくとともに 翻訳もすることになります。 結婚もして子供も得ます。 

冒頭 彼女は 「私には負い目がある」と言います。
スターリンの粛清によって父が亡くなり、ナチスによる虐殺で友や多くの人々の死を経験し、 そのドイツ軍の下で働きその結果、ドイツへ逃れる、どこかほんの少しでも狂えば生きてはいなかった人生を生き抜いてきた女性です。いろいろな意味で負い目は感じているのでしょう。

ナチ将校の伯爵について、彼は虐殺にかかわっていたのではないか、という質問に彼女は はっきりは答えません。 民族としてはだめでも個人は別だ、ということを言います。

 そういう彼女の 『罪と罰』の翻訳の表題は『罪と贖罪』です。これは暗示的です。「私はドイツ人におせわになった、だからお返しをしたい」とも言っています。

ドキュメンタリーで 役者でなく本人が 出てしゃべっていることは大きいです。 カメラは 彼女の目の動き、浮かべるちょっとした笑いものがしません。

  チラシ裏

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延々ストーリーを書いてしまって、ネタバレとおもわれそうですが、 そういう心配は不要なのです。 彼女の語る言葉の一つ一つが 詩的、というと軽い、箴言ともいうべきもので深いのです。

それと 日常生活の場面がいいのです。丸まった背中で、歩くのも不自由に思われるのに 買い物に出かけ お料理をし、なんと アイロンかけもするのです。アイロンかけをしながら、テキスタイル(織物)はテキストと語源が同じこと、などと言う話がはじまるのです。

孫娘と 講演依頼のあった キエフに65年ぶりに行くところの車中での話、 途中の煙るような景色の美しさ、 キエフでの昔の別荘探しなど、どれも 心にしみる場面でした。また教会好きの私には キエフ大聖堂を訪ねた場面も 興味深く思わず見をのりだして 画面に見入りました。

大聖堂では「医者に高いところへあがってはいけないといわれているの」と何度か言って残念がります。つまり高い所から 堂内を俯瞰したいのににそれがかなわないことをなげくのです。彼女の翻訳についての哲学みたいなものとして、 全体を頭にいれて細部をみていくことが大事としています。大聖堂でも 俯瞰して全体をまずながめたかったわけです。

スターリン時代そしてナチスの占領時代を生き抜いた、 父はスターリンの粛清の結果亡くなり、ユダヤ人の友達はナチスによるバビ・ヤールの虐殺で亡くなった、 そういう彼女にとって、自分が生きのびてこられたことに対する 罪の意識のようなものがあるように見えます。最初と最後に出てくる 窓辺で翻訳をする映像(チラシの写真)は その罪の意識がロシア語をドイツ語に翻訳することを通じて浄化されていくような、そんな印象を与えているように思われました。

またもやまとまりのない文になってしまいましたが、映像は美しく 特に言葉に関心のあるひとにとっては 示唆されることも多い映画ではないかと思います。

この映画を教えてくださった友人に大感謝、 帰ってすぐお電話であれこれ映画のことなどおしゃべりしました。二人とも近頃見た中でこれが一番、と意見が一致しました。(勿論 少女は自転車に乗って も必見ですが)
見に行ったのが遅くて東京近辺ではもうあまりやっていないようなので申し訳ないです。ジャックアンドベティでは 来週までやっていますが時間は16時30分からなのです、予告なしで 18時05分まで)

2014年4月13日 (日)

ミステリー二冊 『ロードサイド・クロス』 『城館の殺人』

続けて二冊ミステリーを読みました。

ロードサイド・クロス』 ジェフリー・ディーヴァー著 文春文庫

   (図書館ラベルの消し方が汚くなってしみました)

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最近読んだ『バーニング・ワイアー』と同じ著者ですが、探偵役はキャサリン・ダンスです。

彼女はカリフォルニア州捜査局の捜査官で、 キネクシスというそうですが ボディ・ランゲージ分析の専門家です。相手が嘘をついていないときの様子を調べて、(あれこれ正しく答えられそうなことを質問してその時の態度を見ておく)それと比べることによって、しぐさから 嘘をついていることをみつけ真実を話させる という技能を持っています。

この能力を犯罪捜査に生かすわけですが、今回はパソコン捜査の天才(ボランティア志願者)とともに捜査をすることになります。

車に乗せられた女子高校生が溺死?という事件が起こるのですが、その場所の道の傍らには 薔薇を添えた十字架が(ロードサイド・クロス)置かれています。 犯人と目された高校生は ネットでいじめにあい、行方不明となってしまいます。ネットでいじめられていた少年が 現実の世界で 復讐をはじめたのか? この少年を見つけることが事件解決のカギ、とコンピューターを駆使しての捜査になります。続いて起こる事件。 思いがけない展開、どんでん返し 非常に面白かったです。

このジェフリー・ディーヴァーの作品、他の作品も読んでしまいそうです。

怖いと思ったのはブログへの書き込みが中傷合戦になっていくところ。ブログの書き込みが 暴走していくのです。そうそう ビット・コインという言葉はでてきませんが 、これについても少しだけふれられていました。
以前 掲示板荒らし、というのがある、ということをきいて私もHPに掲示板はつけていません。 書くときも、気がつかないうちに特定個人への非難・攻撃になっていしまわないよう、その点は注意をしているつもりです。

ブログの暴走は、その管理者がブログを閉鎖すれば、その場での書き込みはおさまるのですが、、、。

ネットというのは 使いようによっては本当におそろしいことになるのだと、読み終わってしばらく震えていました。

城館の殺人』 S・Tヘイモン著 ハヤカワポケミス

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これは20年以上前に図書館で借りて読んだことのある本です。
先日『罪人を召し出せ』を読んでいるとき、アン・ブーリンと兄にまつわる話のところで、恋文が出てきた、というミステリーを読んだことがあるのを思い出しました。 殆ど忘れていて、作者も 題名も おぼえていなかったのですが、細い細い記憶の糸をたどって、ようやくこの本が思い出せました。

図書館にもあるのですが、アマゾンの古本で1円でしたので買いました(勿論送料はかかりましたが)。かなり茶色くなっていましたが、 殆ど読まれた形跡のない本が手に入りました。 

舞台はイギリス、ノーフォーク州にある16世紀の城館,ブリン・ホールです。ホ-ルの描写、とか 川で事件が起きたことくらいしか覚えてていないし、勿論犯人が誰かも全く記憶にないので 初めて読むのと殆ど同じ状態で読み進めました。

この館は アン・ブーリンの兄ジョージの建てた城です。エイリザベス女王は この館を殺されたジョージの庶子ではあるが まぎれもない実子である、アンブローズ・アプルヤードに返却、代々アプルヤード家がうけついできているのですが一部は 博物館として公開されています。その館長の交代のパーティのあった夜、というか 翌朝、起こったことが分かった事件、これが発端で徐々にこの屋敷にまつわる人物のことが明らかになっていきます。 

 この屋敷のコーチヤードには 手工業の、職人といえばいいのでしょうか、 籠細工や 製本職人、アクセサリー製作者、 鍛冶屋など、どうも 少々前歴が怪しい人たちがいます。 この館の案内人ですらもと 泥棒、、、犯人候補は何人もいそう。そういうところで次々起きた事件。

館もアンが兄ジョージにあてた恋文もフィクションです。 ただイギリス好きにとっては 風景描写を読むだけでも楽しくミステリーとしても面白く読めました。
おすすめです。

なお このヘイモンという作家には同じ早川のポケミスに 『聖堂の殺人』という小説があります。

ノリッジ(ノーフォーク州にある)の大聖堂で少年の死体が発見されるのですが、 ノリッジ大聖堂はユダヤの儀式殺人により殺されたとされる少年が聖人としてまつられていることで有名なのですが、 その少年殺人を彷彿とさせるような事件、ということで 『城館の殺人』 と同じ ジャーネット警部が活躍する話です。 
これもとても面白くまた この教会の様子が 今一つのみこめないため、 私は15年くらい前にこの大聖堂を見るために一人でノリッジまで行ってしまったほどです。

随分出版年の古い本を紹介してしまって恐縮ですが、二冊ともお薦めです。

なお 儀式殺人とは ユダヤ教では 儀式のさいキリスト教徒の少年を犠牲にする、という風説が流布していたが、実際は、少年を慰み者とした挙句死なせてしまったときに、ユダヤ人の家の投げ込む、ということがあり、それを ユダヤ人が儀式につかったのだ、ということにしたものです(つまり少年に対する犯罪と反ユダヤ主義が結びついたもの)。1144年に起きた ノリッジの少年ウイリアム変死事件がそういいた事件の最初のものです。

 

2014年4月 8日 (火)

『ジヴェルニーの食卓』 原田マハ著 

ジヴェルニーの食卓』 原田マハ著 集英社 、図書館で借りて読みました。 人気らしくて 随分待たされました。

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4人の画家にまつわる物語をそれぞれ視点を変えてかかれたものです。

① アンリ・マティス とピカソ 
修道女となり ヴァンスの礼拝堂を守る修道女マリアが記者に語る マティスとピカソの思い出。彼女はマティスの亡くなる前何か月か、お手伝としてマティスの身近に仕えた人です。

② エドガー・ドガ について
親交のあったメアリー・カサットと画廊主のオペラ座の踊り子の彫像についてのやりとり

③セザンヌ
セザンヌにあてた画商(画材屋)タンギー爺さんの娘の手紙

④クロード・モネ
後妻の娘ブランシュが語るモネの思い出。彼女はモネを慕い、彼女は娘のころ、そして結婚で中断したのち すでに晩年を迎えているモネの身辺のお世話をしました。 

それぞれ形を変えた 人物伝、というのは大げさ、画家についてのエッセイ風な小品でした。
各画家についての見方に新味があるかどうか、などということは私には分かりません。

第一篇は ニースの風光を思い出しながら面白くよんだのですが、 次の二篇は 私には 少々退屈。 もう読まずに返そうかとおもったのですが、 せっかくだから、と 最期のモネも読み始めました。 
結局これが一番面白かったです。(本のタイトルにも使われているので著者としても これに一番思い入れがあるのかもしれません)、私は モネの家庭生活について全く知りませんでしたから。ブランシュの母アンヌとの結婚のいきさつなどこれを読んではじめてしりましたし、 お客様をおもてなしするときのメニューまで出ていて興味深かったです。

この本にさほどに夢中になれなかったのですが、 結局これは各登場人物をとおして語られる、著者のそれぞれの画家に対する賛美の思い、についていけなかったからではないかと思っています。
私は マティスは好きですが他の三人の画家は それほど好き、というわけではないので。

これらの画家が好きな人には 美味しい紅茶をいれて、軽いお菓子(例えばプティット・マドレーヌなど)つまみながら読むのにいい本、という気がしました。

2014年4月 6日 (日)

『 罪人を召し出せ』 ヒラリー・マンテル著

罪人を召し出せ』 ヒラリー・マンテル著 早川書房  を読み上げました。

これは コメントを下さっているtina様が今読んでいます、と書いてくださったことから新聞の書評にもあったことを思い出して 図書館に予約してあったものです。やっと順番がめぐってきて読み始めたのですが、結構私にしては時間がかかりました。

登場人物が沢山いますし、同じような名前もあって混乱、でも巻頭に登場人物の一覧がありますので、このページひっくり返しながら読みました。それにしても英独仏 どこも 名前の種類って少ないのですね。アンもメアリーも エリザベスも何人もいます。日本なら天皇の名前は一つ、親王、内親王方もあまり同じお名前は見かけないような、、。
時間がかかったのは歴史小説だと確認したいこともあって、何か関連したものがないか、と書棚をさがしたりする、ということも時間のかかる一因です。

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これは、イギリスのヘンリー八世(1491~1547)の二番目の妃 アン・ブーリンの最期の一年間の出来事を、当時の大法官(この本では宗務代官、秘書官となっている) トマス・クロムウェルの立場から書いたものです、というより むしろ この事件を通してこれを処理したクロムウェルを書いたものだというべきものです。

出だしから,禍々しいのです。鷹狩の場面です。 トマスの妻と二人の娘はすでに亡くなっているのですが、鷹には三人の名前がつけられていて、獲物を捕って舞い降りてくる様子を、胸に血のりが筋をひき、蹴爪に肉をへばりつかせて、と書いています。これからのおぞましい事件を暗示するような幕開けです。

歴史の参考書としては以前にもあげたことのある『アイルズ』ノーマン・ディヴィス著 をひっぱりだしてきました。

ヘンリー八世というのは王妃キャサリンと離婚してアン・ブーリンと結婚するためにローマン・カトリックから決別してイギリス国教会をたてた王様です。
ヘンリー八世はよく知られている王なので当時のイギリスはすごかったのだな、と思うのですが 実はこの王の家系である、テューダー家はさほどの名門ではなく、薔薇戦争の余波もあり 国内は不安定要素が強かったらしいのです。
そういうわけで、前のお妃であるアラゴンのキャサリンとの間にはメアリー、アン・ブーリンとの間にはエリザベスという娘がありながらも、この時代を乗り切るためにはどうしても男子がほしいという気持ちが王にとって絶対的なものであった、このことが諸々の問題の根源だったようです。
やっかいなことにはキリスト教国では離婚は許されないし、男子が産まれないから、といって側室を迎えてその子を正式なお世継ぎにする、ということも許されないのです。離婚できないので、そもそもこの婚姻は無効であった、ということを証明することしか結婚を解消する手段はありません。 
よく使われるのが、よくよく調べてみたら近親結婚でした、というものですが、アンとの場合にはそれはないらしい。そこで、、、。

第一部は 正直言って、カオス状態と言おうか 場面があちこち変わるし、登場人物も誰がどういう人だったかわからなくなるしで少々混乱しました。(眠くなり始めてから読んだのもいけなかった
)語られるのは、トマスの家、家族、家の子郎党ともいうべき人々。ヘンリーの宮廷、アンとそのお付きの人々の様子、 それに幽閉されて死期の間近な キャサリン(元王妃)のことなど。  
俄然目が離せなくなったのは 第二部 アンの不貞の証拠集めのところです。

恐ろしくなりました。 誘導尋問、自白の強要、(これは現代でもよく問題になって取り調べの可視化が進んでいるらしいですが) こうして罪人がつくられていくのか、と本当に総毛立つ思いで読みました。
<やましい男たちが必要なのだ。だから、やましい男たちを見つけ出した。告発されているようなやましさではないかもしれないが>
次々と言葉じりをとらえてつきつめていく様子は 処刑そのものより恐ろしい気がしました。

どうやらアン・ブーリン性格が悪そうですし、 当時の宮廷、不倫は当たり前だったのでしょうか?もしそういう事実があったとすれば どうしても男子を生まなければという思いも手伝ったのでしょう。
結果からいうと最大の罪は 男子が産めなかったことになりそうです(私から見れば、そうして そういう点からすれば どうしても王妃の地位がほしかったアンもある程度覚悟はできていたかもしれません)
男子がほしいだけでなく ヘンリーの女好き、というのも亡き者にされなければならなかった理由のように思います。またなかなか子が持てなかった(流産が多かった)のはヘンリーが忌まわしい病をもっていたのも一因と言われています。(次のジェーン・シーモアとの間のエドワード六世が早世したのもその故らしい) (この病気、アメリカからはいってきて 当時ヨーロッパで 大流行していたそうです)

クロムウエルは 身分などもないも同然の鍛冶屋の息子だったのですが、大陸にわたり苦労を重ねた末 ウルジー卿(大法官)に認められます。ところがウルジー卿は、王とキャサリンとの離婚問題をうまく処理できなかったため、失脚。クロムウエルも道連れかと思われたのですが、王は彼が使えると思ったのでしょう、秘書官にとりたてたのです。
クロムウェル、妻と娘たちを亡くし、女性に目をとめないではないが、それよりも目指すのは 理想とするイングランドの建設です。
願いは ただ一つ 王中心の安定した国家を作り上げること、のようです。そのためには王の難題(わがまま?としか思えないが)も解決してあげなければならないのです。

宗教に関して重要なものは(『アイルズ』を参考にしました)
上告禁止法(1533)イングランドの聖職者を ローマと教会法から切り離す。

聖職者任命法(1534) 国王に教会制度の完全支配権を与える

ペトロ献金に関する法(1534) ローマへの財政寄与を全面的に停止

国王至上法(1534) これによりローマから正式に離脱・独立した君主を首長とするイングランド国教会が生まれた。
トマス・モア(ウルジー卿の次の大法官、 ユートピアを書いた人、カソリックを捨てなかった)はこれにサインしなかったため処刑されましたが、クロムウェルは彼をしばしば思い出しています。自分の未来をそこにみていたのでしょうか。

ロンドン塔のトマス・モアはクロムウェルに「次はどこをたたくつもりか?イングランドを滅ぼすつもりか?」彼は答えた。わたしは神に祈っています。、破壊ではなく建設のためにわが権力を利用するあいだはどうか生かしておいてください、と。

四人の男たちとアンが処刑されたのちリズリー(法廷事務官)が言う。「あるジェントルマンに聞かれたんですよ。これが 枢機卿のケチな敵に対するクロムウェルの復讐だとしたら、王自身に対して、彼はやがて何をするのだろう、とね」 これはぐさりと彼に突き刺さることばだが、 「、、主人たる国王に、、、、、ひたすら従い、仕えるだけだ」と言うのですが。
この後が気になります。

アン・ブーリンはなぜ処刑されなければならなかったか、については 諸説あるそうです。 それを色々な人に証言させ、周囲の状況を書くことによって 重層的に見せているように思いました。

これは 連作物で シリーズの二冊目、第一冊は 「ウルフ・ホール」。でも上下二巻はちょっと大変そう。とりあえず今回は これだけにとどめておきましょう。

 

ヘンリーが次の王が女では無理だと思い込んでいたはずが、エリザベス女王の時代にイギリスは黄金時代を迎え、エリザベスが断頭台に追いやったメアリー・オブ・スコットランドの息子ジェームズがイギリス王位も継いだのですから歴史は皮肉なもの。 

イギリス国教はプロテスタントに属しますが、ローマに従わない、というだけで教義などカソリックと殆ど変らないらしいです。でもクロムウェルの友人で、一緒に改革を進めた カンタベリー大司教クランマーにはアンについて
「おこないについてはしゃべるのに、信仰についてはなにひとつ語らない」
「われわれはみずからのおこないによってではなく、キリストの犠牲をつうじてのみ救われ、また、みずからの功徳ではなく、キリストの功徳を通して救われるということを、今のわたしが理解しているように、彼女にも理解してもらいたかった」と語らせています。クランマーはルター派です。

 

 

 
 

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