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2014年9月

2014年9月27日 (土)

『低地』 ジュンパ・ラヒリ 著、 『灰色の輝ける贈り物』 アリステア・マクラウド著

実は21日~ 26日まで また入院していました。 21日夜 急激な腹痛。 この前の盲腸よりももっと激烈でどうしようもなく主人があわてて救急車をよんで この前の病院へ。

丁度5時間後に痛みは治まり(その間強力な痛み止めを二本)。 腸を休ませるということで、三日間絶食、点滴。 血液検査も異常なし。CT, 心電図、レントゲン、造影剤いりCt、胃カメラ兎も角すべて異常は認められず 入院後も痛みは出なかったので退院した、という次第です。人間ドックに入ったと思うことにしました。

そういうわけで痛みがなかったので本は読めました。絶食なので、食事どころか、お茶も飲めない状態(不思議とおなかはすきませんでした。むしろ胃腸が空っぽ、というのはとても快適でした)で、本がなければ時間のうめようがない数日間でした。

丁度前日買っておいた『低地』 を持ってきてもらって読み始めました。(読みでのある分厚いもので良かった!!)

低地』 ジュンパ・ラヒリ著 新潮社クレスト・ブックス

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著者はベンガル人を両親に持ち、 ロンドンで生まれたが幼少時アメリカに移住、この小説のアメリカ側の舞台ともなる ロードアイランド州に住んでいたそうです。

クレスト・ブックス は 表紙がいい、帯を外すと

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著者の両親の出身地であるカルカッタがインド側の舞台です。

カルカッタ郊外に住む仲の良い兄弟。 兄はじっくり考えて無茶はしないが弟はすぐに行動にうつすタイプ。裕福ではないが、 勉強することに意義を見出す家庭で二人とも優秀。 弟の方は社会の矛盾に目覚め革命運動に身を投じる。 兄の方はアメリカに留学。弟は反政府運動家として射殺されるが、この時すでに結婚しており、身重の妻が残される。弟の死の知らせで家に帰った兄スパシュは弟の妻に会うが、家風に合わぬ嫁であることを知る。このままこの家においておいくわけにはいかない、とアメリカに連れ帰り、この弟の妻と結婚。 妻は弟との間にできた娘を出産。 娘は実の父親と思って育つ。 しかし、妻は喪失感から逃れられないのであろう。大学院を出てカリフォルニアに職を得て家を出てしまう。 残された父と娘、 娘の選んだ道、父の新たな出会い。ここは いかにもアメリカ的といえようか。

インドとアメリカ舞台は行き来します。 前半は主に カルカッタの状況が描かれ後半はアメリカでの生活が描かれます。妻ガウリにスパシュと娘は翻弄されます。娘をおいて予告もなく家をでてしまうなんて許されないことですが、思索的で自分一人の時間がどうしてもほしいという気持ちが分からないでもありません。愛する人を死なせてその兄とぬくぬく安楽な家庭生活に浸るということは考えられない、それどころか、余計に亡き人を思い出してしまうのでしょう。二人から離れることしか 解決法はみつけられなかったのでしょう。でもそれは残された家族には非常に酷なことでした。 そういう状況の中で 娘なりに真摯な生き方を見つけていきます。重苦しい過去を背負った三人の生き方が丁寧に書かれていて、非常に読み応えのある一冊でした。  

もう一冊読んだのは 

灰色の輝ける贈り物』 アリステア・マクラウド 著 新潮社 クレスト・ブックス

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だいぶん前に、たしか 『彼方なる歌に耳を澄ませよ』を読んだあと買っておいた本です。 いつか 楽しみに読もうととっておいたような気がするのですが、読み始めて、ちょっと合わないと思って積読状態だったのかな、と思いました。 

スコットランドからの移民の島 カナダのケープ・ブレトン島を舞台とする短編が八つ載せられているのですが、この地の男の仕事は鉱山の工夫か、漁師。どちらも体が資本の仕事です。 そういう粗っぽい仕事をする人々が描かれているからでしょうか、表現にというか使われている単語などに女性には抵抗のある言葉が使われているところが あって、途中でなげだしたくもなりましたが、他に読むものもない、ということもあって最後まで読みました。 読み通させる力のある作品であることは勿論なのです。

最初の一篇 『船』 と後半は上記のような点からすると抵抗なく読めました。

 『船』 
スコットランドからの移住当初は 漁業や工夫の仕事ばかりだったかもしれませんが世代が新しくなってくると子どもたちに教育を受けさせたいと考える人も多くなり、また都会への憧れも生まれてきます。
そういう最近の世相についていけない母リン、漁師でありながら本好きで息子には是非とも勉強をさせたい父、娘たちは都会に出てしまっている、そういう一家の話。
息子は一時は父の手伝いをして漁師の道を歩むつもりだったが、父の死後、学問の道を歩むことになり、中西部の大学講師をしている。
もしかしたら、作者はこの人物に自分を託すところが多少はあったのかもしれません。漁業を継ぐ息子も婿もいないまま島から出ようとせず、海を眺めて過ごす母を想い、父の最後につらい思いをいだく、語り手たる息子に。 
ここに島の暮らしへのさまざまな想いが集約されていて、全体のプロローグにもなっているように思われました。 

気に入ったものをあげると

『秋に』 
しっかりものの母は、老いて役に立たず、飼料代がかかるだけの馬を売ろうとする。 馬への思いが断ち切れない父の抵抗、しかし現実的に考えれば妻の意に従うほかはない、馬も気配をさっしている。悲痛な別れ。 

 一番好きだったのは
『失われた血の塩の贈り物』 
失われたロマンス、 少年ジョンを愛おしむ祖父母と島の情景、
読み終えると 薄墨色の海辺の景色が浮かんでくるような、 静かな作品。

『ランキンズ岬への道』 これもよかったです。
26歳の青年が故郷に戻ってきていて、 岬の先の崖の上にある祖母の家へと向かっている。
この崖の上にもはや ほかの人は住んでいない。 家族もなんとか麓の村へおりてきてほしがっているが、祖先が住んできた家をはなれようとしないのだ。そこで語られる 夫(青年の祖父)の死の状況、 祖母の三人の兄弟の死の状況、 それたとは全く異なった死に方をした(現代人的な)三人の息子の死の状況、も語られる。 
この孫を愛する祖母は一緒に住んでくれるよう頼む。 しかし青年は病のため数か月の命、それを知った祖母、、、

私が好きだと思ったのはどちらかというと 少しセンチメンタルなところのある作品だと思います。 
そういう作品にも、また個々のあげなかった他の作品の方により直接的に表れているのは、この島の人々の生き方、人と人が、人と自然が正面から向き合って、生きている。 特に何か意味を求めて、というわけではなく情況を受け入れるべく受け入れて全力で挑んでいる姿です。自然によって、 嵐や吹雪、鉱山事故、など不慮の事故によって 亡くなった人のことが多く語られます。 だからといって、都会で亡くなった家族の死より よりぞっとするか、などは言えないのです。 

島に住む人たちの生活を淡々と描いているのですが、人が生きることの根源に迫る感動的な作品でした。 

 

2014年9月20日 (土)

『トワイライト・シャッフル』 乙川優三郎 著

昨日、図書館に予約していた『トワイライ・トシャッフル』が届いたというメールがあったのでいそいで 受け取りに行きました。

幸い? 主人はでかけて夕食は外、ということなので、私は適当につまむことにしてゆっくり 読み始めました。

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房総の海の見える町を舞台に下13の短編が入っています。海好きなので海辺の描写があるだけで、もう幸せな気分です。
一人は寝たきりの夫を抱え、一人は失明するかもしれない、という不安を抱えた二人の元海女の話。 
イギリスの孤児が巡り巡って日本人と結婚してこの地に住むことになったが未亡人となってしまった女の話《サヤンテラス》(良かった)
単身赴任してしまって夫のいない生活に鬱々と暮らす別荘地の女。
半分引退してホテルでピアノを弾いているジャズピアニストの話、《オ・グランジ・アモール》 ちょっとこれは格好よすぎるな、と思ったところで珈琲を入れて、
と きままにゆっくり読みました。

《ムーンライター》は つらすぎる。
《サンダルズ・アンド・ビーズ》 ちょっと 馬鹿らしい、とおもったところでまた ティータイム。

また読み始めると 次の《ビア・ジン・コーク》がいい。
《私のために生まれた街》 も良かった。

こういう調子で昨日のうちに、読み終えてしまいました。
全体的には少し甘いかなとは思うのですが、寂寥感もありながら、海の見える場所という 景色が十分に生かされて、自分の世界を大事にしている人が描かれているところが いいな、と思いました。

ところで、最後にあげた二つには 本の話が出てきます。著者の読書の好みがでているのでしょうか。
《私のために生まれた街》には ジュンパ・ラヒリがでてきます。九つのタイトル、とあるので、 『停電の夜に』 ではないかと思い(実はこれしか私は持っていない)今日、カルチャーに出かけるときに 電車のなかで 読み返しました。やっぱり いいですね。かえりに本屋によって 出たばかりの『低地』 を買ってしまいました。

話が戻りますが、舞台になっているの町、どこかな、 とあたりをつけて 少し調べてみました。御宿のようです。 ホテル サヤンテラス もありました。 行ってみたいです。

それから 一昨日、その前の日に読んだのは 『赤毛ノアン』 

テレビドラマを見ているうちに、そうそう 風景描写が良かったな、と思い出して 今度は違う訳でよんでみようと 掛川恭子訳を買いました。村岡訳があるはず、とおもったのですが、 実家にあるのかこの家にはなかったので、読みくらべることはできませんでしたが、どこか 違う、という感じはもちました。 

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帯がいいではありませんか。 もう一度少女に帰ろう。 少女に帰って また夢中になって読みました。

 

 

 

 
 

2014年9月17日 (水)

フェレンティルロ 

昨日ペテロを御紹介するのに フェレンティルロ の修道院教会の彫刻 を使ったのですが、 本当は パウロも 載せたかったのです。 それで 改めて書くことにしました。

パウロさん

昨日載せたペテロとともに 9世紀の作です。

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修道院遠景

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タクシーの中から撮ったので ぼけています。サン・ピエトロ・イン・ヴァッレというだけあって 谷間にある修道院で 公共機関では ちょっと行きにくいところです。(バスでいっても徒歩でかなり山道を登らなければならないはず)

当時は デジタルカメラと フィルムカメラ併用時代。ここでは フィルムカメラを使ったようで、その上 まだ教会に対して遠慮があったころ(今なら きっとだめ、といわれても隠れて撮ったかもしれないのですが!!)内部の写真はありません。
でも 壁画とランゴバルド時代の祭壇が有名なので、買ってきた冊子から

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これを買う時ちょっと ビックリしたこと。 

中年女性が 受付係みたいに 教会入口近くにいて、売っていたのですが、 驚いたことに掛け算ができなかったのです。 ロマネスク仲間の分も含めて 何冊かかったのですが、いちいち 一冊目に二冊目をたして、計算してからもう一冊分をたす、という風に計算するのです。4,5冊買ったでしょうか、多分こんなに売れたことはなかったのか合計をだして 目を丸くして 本当に嬉しそうに、おお、と、お金を押し戴くようにしていたのです(当時は まだ リラの時代ですから、金額だけは多かったのですが)。

この教会については 饗庭孝夫さんの 『ヨーロッパ中世の旅』グラフィック社
で知って行きたかったところでした。
この本を 図書館で見つけたときは すでに絶版、4回くらい借りり出しては眺めていたのですが アマゾンを利用することを知って 中古で買いました。 

この修道院は 伝説によるとシリアからきた二人の修道士が庵をむすんだところから始まります。
ランゴバルド王国(568年~774年)時代、 スポレート公国 のファロアルド(Faroaldo)(~728年)二世が 夢のお告げによって、この地に修道院をたてたところから この修道院の歴史は始まります。

その後 ここは歴代のランゴバルド公の霊廟となったそうです。 そのためランゴバルド時代の物も残っているのです。修道院は その後 サラセン人に襲撃され、その後徐々に再建されていったようです。

壁画 (12世紀末) ノアの箱舟のノアです。 実際は もっと色が薄かったような

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ランゴバルドの祭壇 これが 一番見たかったものでした。

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冊子の裏表紙に拡大写真がありました。

14091706公の後継者で 740年に修道請願をたてたHildeligo Dagileopa の名が 上に刻まれています。
この写真の人物は 手にノミを持っていて 制作者のウルススです。 ヒルデリゴは上写真の右側の人。人物というより模様みたいです。二人とも 手をあげてオランすス(お祈り) のポーズ。風車みたいな十字架? 楽しいくなる彫刻です。

本当は 6月のピレネーロマネスクの旅日記完成を、いそがなければいけないのに、しばし 思い出に浸ってしまいました。

9月20日 写真を追加します。

見たかどうかもさだかではないのですが、裏側です。(上記、冊子から)

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2014年9月16日 (火)

「ペテロの葬列」 クオ・ヴァディスなど

九月も半ば、テレビの連続ドラマは どうも三ヶ月単位のものが多いようで、次々に終わっていきます。

早々と終わったのが「匿名探偵」
警察ドラマも何本かみていましたが、そういう中でこれ、結構気にいっていたのに、終わって残念。 探偵を演じる俳優がぴったりで楽しめたのに。

昨日終わったのが 「ペテロの葬列」

ペテロって、あのイエスの一番弟子のペテロのようです。教会の入口で 老人が二人いれば片方は 必ずといっていいほどペテロです。

イタリア ローマから北上するとスポレートという町があるのですが、そこから車で 1時間くらい行ったところの、フェレンティルロのサン・ピエトロ・イン・ヴァㇽレ修道院に2001年に行きました。そこの教会の回廊に面した入口でであったひなびた感じで可愛いペテロさん。鍵(下記)をしっかり握っています。

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葬列とは?TBSの紹介では 

ペテロは、イエスを裏切った自らを恥じて、残された“悪”を刈り取るために自らの命を捧げた聖人です。しかし、自らを恥じ悔い改めても、また別の形で“悪”が連鎖してしまうことがある。人はどれだけ自らの悪や罪を贖おうとも、結局はペテロに続く葬列として、歩き続けていくしかないのか

とあります。なんだか宿命論的で大げさなタイトルだなと思いながら みていました。

ペテロは、もともと シモンという名前でしたが、イエスに 
あなたペトロ。 わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる。、、、とペテロと名づけられ、 さらには天の国の鍵を授けられた使徒です。

聖書(ここでは マタイ伝から引きました)には
イエスは 捕縛の前の夜、オリーヴ山に行ったときに ペテロに「あなたは今夜、鶏が鳴く前に、三度私を 知らない、と言うだろう」 と 言うとペテロは『あなたのことを 知らないとは、 けっして 申しません」 というのですが 三度「知らない」といってしまい、 その三度目の時に鶏が鳴いたのでイエスの言葉をおもいだして 激しく泣いた

とあります。

私は以前 このペテロの否認のところを読んだとき、激しく泣いた、というペテロの後悔には気をとめず、磔刑像をみると、 一番弟子による否認を思い出してはイエス様って何てかわいそうなのだろう、と 思ったものでした。

でも ペテロも可愛そうな人なのです。心から慕っていたはずのイエスを 己の弱さのために否認してしまったのですから。

その後 ペテロは 熱心に布教活動をすることになるわけです。

先日 歌会誌を読んでいたら、 何処へ とうタイトルの歌の中に クオヴァデス の言葉をみつけました。ペテロです!!

下は 南仏エルヌ大聖堂の回廊にある柱頭彫刻 ドミネ クオ・ヴァディス(主よ何処へ)

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昔 「クオヴァデス」という映画があったそうですが、 残念ながら私は見ていません。

クオヴァディスという言葉は 聖書にはでてきません。『ペテロ外伝』 というのにでてくるそうですが、 これも持っていません。 でも 黄金伝説にはでていました。 ヤコブス・デ・ウェラギネ 『黄金伝説』2 平凡社ライブラリー

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(これは聖人伝説を集めたもので 聖人について知りたいとき、特に宗教画の意味等知るには便利なのです。 使徒聖ペテロは 84に出ています」 )

 そこでは 
ペテロがローマで説教をしていたとき、捕まるおそれがあったので 弟子たちのすすめにしたがってローマの市外に出たて キリストが歩んでこられるのを見たときに発する言葉が 「主よいずこへ」 ドミネ・クオ ヴァディス なのです。

ペテロはキリストが もう一度十字架にかかりに行くためにローマにむかっていることをきき、 ローマに戻り、十字架にかかるのです。それも キリストと同じではなく 頭を下にした形で。

この黄金伝説には 天使たちが 薔薇と百合の花束をもってペテロの十字架のそばに立っているのが見えた、

 とあります。 ドラマで最初の場面、小泉孝太郎扮する杉村がユリの花束をもっているところは、もしかしたら、 これにインスパイアーされたのでしょうか。

ところでこのドラマで何回か出てくる言葉に「人間って改心するものなのですよ」があります。

登場人物は 事件に翻弄されたけれどそれぞれ自分の道を歩み始める、という終わり方をしているように思えました。子供もいるのに離婚という終わり方は どうかな、とは思いましたが。

小泉孝太郎君、ぎこちないところが、入り婿にぴったり、なんていうと失礼ですよね。 好感の持てる役者。

 

 

2014年9月 5日 (金)

おかげさまで元気になりました

いきなり 入院していました、などというびっくりするような タイトルを掲げてしまったためにご心配おかけいたしました。 お見舞いのコメント、それに直接メールもいただきましてありがとうございました。 とても嬉しかったです。

回復は順調で 今日 退院後診察を受けに病院に行きましたが、 「もう大丈夫です。生研の結果も異常はありませんでした」と言われました。癌などがないかどうかも調べてくださったらしいです。

実はもう大丈夫、と一昨日は少し遠出、実家の近くのホテルで母や妹たちとランチ。

(おかしな影が映ってしまいました)

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10日前は病院食だったと思うと夢のよう(病院食も工夫はされていましたが。 写真はどういうわけだか、青っぽくなってしまいました)

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痛みのすごさと初めての救急車体験(子供の病気で乗ったことはありますが)で大騒ぎしすぎた感もあります。でもこれからの老夫婦二人の生活を考える良いチャンスを与えられたような気もします。

早速 喉元過ぎないうちに、と 入院セットは作りました。といってもその辺にあるものをまとめただけですけれどね。(それが男性には出来ないことなのです)

とりあえずご報告まで

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