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2015年7月13日 (月)

映画 「テレーズの罪」

しばらく止めていたWOWOWに又入りました。
トゥエンティフォーの新シリーズが放映されるからです。三週連続でありました。
今シリーズは短縮されて実質、事件は12時間でしたが期待にたがわず面白かったです。あのラストからいくと次のシリーズもできそうで、期待!!

送られてきたWOWOWの番組表を見ると、何と見たいと思っていた 「テレーズ・デケイルー」をやるではありませんか。
タイトルは 「テレーズの罪」 となっています。 
この映画は2013年のフランス映画祭では上映されたのですが、一般公開はされていないのです。

モーリャックの原作は 学生時代に読みましたが、テレーズの心の動きや思いを完全には理解できたわけではありません。でもランド地方の松林の描写が印象的でした。
去年の旅行で 松林を見る念願は果しましたが、映画もみたかったのです。

http://unifrance.jp/festival/2013/films/13.html

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冒頭 松林の中で無邪気に自転車で走り回る二人の女の子。そうして 松林の向こうの青い海、 赤い帆のヨット。映画ならではの美しさ。松林は去年の旅を思い出させてくれます。でも小説に海辺は出てこなかったような。
大地主で資産家の屋敷、町並みは映像化されることによって小説の世界がみえてくきます。 

映画はテレーズの心の動きを解説してくれています。うーん、分かりやすくなった分 うすくなったようにも思えました。

テレーズを演じるのは オドレイ・トトゥ
演技はすばらしかったのですが、新婚の花嫁にしてすでに中年女の感じがどうも、、、。でも それが自分の世界にこもらざるを得ない知的な彼女の性格をよく表しているようではあります。
原作では 夫のベルナールはもっと朴念仁、愛情なんてあったのかしら?ここでは テレーズに対する愛を棄てきれない人間のように見えます。

自由を得てパリの街を歩くテレーズの輝く笑顔は印象的でしたがテレーズのその後を書いた小説『夜の終り』も読んでいるものにとっては 逆に痛ましいものに思えました。 

映画の画面はきれいで それなりに楽しめたところはあるのですが、どうしても 違和感がぬぐいきれません。

ストーリーを一言でいますと、

地所が隣り合った 大地主の娘と息子が結婚するが夫との生活に失望した妻が夫の毒殺を図る、というものです。  

フランス、ボルド―からスペインよりの海岸よりの地域をランド地方といって、もともとは砂地だった所ですが、植林して一大松林地帯になっています。その松林の所有者、テレーズのラロック家とベルナールのデケイルゥ家は所有地がとなりあっているので、両家が縁組することは自然なことでした。
夫となるベルナールは勿論、テレーズも 血の中に財産の観念 を持っていることを自覚していたので、結婚に愛情を考えるより、両家の資産が合わせられることに意義を見出してはいたのです。
しかし、資産の合一だけで満足できるわけではなく夫を物足りなく思う気持ちが つのってきて、夫の薬に細工をしてしまうのです。その薬はヒ素を使うので 多くいれてはいけないのですが、いれてしまったのです。

違和感を持ったので 再再読

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テレーズ・デケイルゥ』 モーリャック 

原題は(映画も) Thérèse Desqueryroux  
大学1年の時、ジイドとともにモーリャックの殆どの作品を読みました。カソリック作家ですからよく理解できたわけではないのですが、すごい作家,やはりフランス文学はいいな、と2年からフランス語もとりはじめたほどです。(残念ながら原書で読めるようにはなりませんでしたが)

違和感は この小説は多くテレーズのモノローグで進められているからだと気づきました。、(作者の視点で書かれているところもあるのですが)、モノローグというのはある時は自己弁護、また自分自身を突きはなし、他者のまなざしで自分自身を検証します。

モーリャックが <プルーストがその創始者の一人である内観的描写法ー現実が記憶の中において、いっそう強く現実的であるという学説を背景に持つ手法ーを巧みにもちいている> こと が訳者あとがきにのべられていますが。

小説は 夫殺害の事件が免訴になってテレーズが家に帰る ところから始まります。
薄暗い馬車の中で、列車の中で、一人、事件の経緯だけでなく娘時代の自分を探り続けます。大きく口を開けた罪の中に落ちていった自分を 。   

映画では 表情、煙草を吸う様子などから それを表していて、オドレイ・トトゥ、うまい女優だと思いました。

結婚によって自分にも正体のわからない危険にたいして安心したかったテレーズ。
しかし胸の中に住む爬虫類、という言葉で表現されるような、いわば 己の存在に対する獏とした不安感のようなもの、落ち着かせたかったものが 実は彼女にとっての自分自身であって、結婚することは それを押し隠し、いわば 仮面をかぶって生きることでしかなかったのです。
テレーズは夫を嫌ってはいない。だが自分の苦悩をひとりで考えるために、自分の苦しんでいる場所を探すために、たった一人になりたいこの願いの激しさは どうだろう!

その苛立ち、それが少しずつたまっていき (夫その人を、むしろ冷静に考えるとむしろ好ましいとさえ思っていたのに) 夫の薬のヒ素の分量を多くしてしまう、という事態にまで 至ってしまうのです。

思い浮かぶのは 松林の静寂の中のテレーズの孤独、、不安感 。こういったものは 映像化されると、どこか希薄になる、というか そこまで、になってしまうところがあるように私には思えました。

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   street view(作中に出てくるマノの近く、アルジェルーズも近くにあるが、そこではなく架空の場所らしいので)

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アルジェルーズへの道こうだったのかもしれない <いたるところ轍の跡と穴ばかりの道

テレーズの住むアルジェルーズの夜。

静寂、アルジェルーズの静寂!それはひしと家をとりまく、時々ふくろうがなく聲が聞こえるほかには、何一つ生きているものの気配のしない、深い森の闇の中に、凝結したような静寂。(我々は、夜の闇の中に、自分たちのこらえているすすり泣きを聞くような気がする)

(私がテレーズ・デケイルゥという小説を思い出すと、浮かぶのはこの情景なのです)

小説との違いはいくつかありますが、基本的にはよく映像化されているとは思いました。しかしながら本そのものを読むことのよさを改めて感じもしました。

なんだか要領の得ない文章になってしまいました。テレーズが夫を疎ましく思い始めるきっかけとなった 義妹アヌの恋愛や、生まれた娘マリに対する態度など言及すべきところはあり、映画ではここが丁寧に描かれています。
でも逆にそればかりではない、、テレーズその人について、もっとかいてほしいと私はおもったのです。でも映像化はむずかしいでしょうね。

 

フランスでなくても日本でも戦前、戦後もしばらくは 「女性は家庭ににあって、自分の考えなどは持たず、ただ家事・育児にせいだしていればいい」 というのが普通だったと思います。
今はその点、自由だと思うのですが、多分、モーリャックは いくら自由を得ても神を知らなければ根源的な不安が解消されることはない、と言いたいのでしょう。(先走りすぎですが)

全く関係ないですけれど、マノの近くをマップで見ていて見つけた かわいい教会。ベラード が作中にでてくるB市とはおもわないけれど。(お遊びです)

15071401

遠藤周作は この小説が好きでフランス留学時代にランド地方を歩き回ったそうです。 
『深い河』 には この『テレーズ・デケイルゥ』にかかわるところがあるそうですので、 アマ○ンに注文しました。 

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映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

ayako様
よく読みこんでいらっしゃいますね。 私ももう一度身を入れて読もうと、さがしたのに、先日までそこにあった本がないのです!。 薄い文庫本なので どこにまぎれこんだのやら、、、。 また そのうちでてきたときに読むことにして とりあえず、
 > そして世間一般の常識とは自由の身であるのにも関わらず、
何かに囚われているようで、それから逃れようとしているように思えるのです。
モーリャックは カトリック作家です。 結局のところ 神を識らなければ真のよろこび.満足はない、と考えているからではないでしょうか。人間はどうしても (無意識のうちに夫に薬を余分に入れてしまうような)原罪から逃れられない。救いは 信仰にしかない、といいたいのでしょうね。 
宗教と無縁の存在である私にとっては、? なところがあるのですが、人間のどうしようもなさ、というところは描いていて、それだけに愛おしさもある、と思います。
学生時代に読んだときは、疎外 などという言葉が 流行った時期で そういう観点から読んでいた気もします。 
今は ほかに 図書館から借りてきている区分転換用小説があり、旅日記を かいてしまわねば、ということもあるので、なかなか身をいれて読書 という状況ではないのですが、感想を しっかり書いてくださったおかげで、本格的読書への意欲がわいてきました。 色々ありがとうございました。

すっかり秋めいてまいりました。
さて、『Therese Desqueryroux』読みました。
映画は面白かったのですが、小説は、映画とはまた別のものなのだなと思いました。
小説は、楽しかったかというと、うむむ。。。
あらすじはおえましたが、よくわからないことも多く、
読後の清涼感というものはなく、ますます興味が湧いているといったところです。
私は、映画は、Thereseの世間一般の常識と結婚した理性ある自分が、
抑えていたもう一人の自分によって、自由な精神の自分を取り戻そうとする、
世間との孤独な闘いがテーマだったように思いました。
でも、小説のThereseは、娘時代も、結婚していた時も、事件後幽閉されていた時も、
自由にパリで暮らしている時も、常に、
世間の一般常識とは離れた自由な精神の自分であり続けていたように思います。
そして世間一般の常識とは自由の身であるのにも関わらず、
何かに囚われているようで、それから逃れようとしているように思えるのです。
なんだかよくわからなく、ちょっともう少し色々考えてみようと思っています。
それから、2015年7月の『深い河』の記事も拝読いたしました。
やはり、ykさんの記事は本当に面白いです。
遠藤周作さんの『深い河』は、中学の頃に読みましたが、
ykさんの記事を拝読しても、今となってはほとんど覚えていないので、
新鮮な気持ちで読めそうです。
是非、読んでみます。
どうも有難うございました!

ayako様
 『夜の終わり』 お読みになられたのですね。
私は 学生時代に、これをよんで、人生の終わり=夜の終わり という考え方に愕然としたことを 覚えています。
 救いは死後に、死んで神様のそばに行けるために生きる間努力するなんて 修道女はそうなのかもしれませんが、理解しにくいですよね。
大体、普通の人間にとって、救いを求める、ということは、具体的にどうしてほしい、という次元でのことが一般的ですし。
blogにかきましたけれど、遠藤周作の『深い河』も読みました。(2015年7月 に駄文を書きました。) この ヒロイン、美津子にテレーズの性格が付与されていると思われますが、ラストは遠藤周作なりの キリスト教観 が表われていて、モーリャックとは 違います。
フランスにいらっしゃるのでしたら 未読でいらしたら、これも読まれるといいかもしれません。
ボルドーからランド地方に美津子は行きますし、その後 リヨンにも行きます。
遠藤周作はランドが気に入って、よく歩き回ったそうです。
秋のフランス、 いいでしょうね。楽しんでいらしてください。
 

どうもありがとうございました!

『LA FIN DE LA NUIT』読みました。
う~ん、結局、テレーズは救われないとは。。。
「自由を得てパリの街を歩くテレーズの輝く笑顔は印象的でしたがテレーズのその後を書いた小説『夜の終り』も読んでいるものにとっては 逆に痛ましいものに思えました。」との記載があったので、
パリで幸せに暮らしましたとさ、とはならないとは思っておりましたが、
まさか、そんな結末になるとは想像しておらず。
クリスチャンでない私には、キリスト者というものを理解することはとても困難なのですが、
『Thérèse Desqueryroux』を 今、読み始めました。
9月中旬にフランスに参りますが、車でないと難しそうですね。
ランド地方の松林、いつか訪れたいと思います。
旅路はるかも面白く拝見させていただいております。
内容が充実していらっしゃるのでまだ途中までですが。
私は10年前に南仏のシトー派3姉妹の修道院を訪れました。
ロマネスク、素敵ですよね。

ayako様
 コメントありがとうございました。
モーリャックは 学生時代、とても惹かれた作家で殆どの作品を読みました。そして内容はもう殆どわすれてしまいました。そして ずっと ランドの松林に憧れつづけていました。それだけに 2014年の旅でいくことができてとても感激しました。 よろしければ 私のホームページ 旅路はるか もどうぞ。
http://ykharuka.s113.xrea.com/swfrance2014/main.html の7日目 が land地方の教会巡りです。
映画が先か 小説が先か、で 感想は違ったものになるとは思います。私は 小説が先でしたので、すこし違和感をもちましたが、映像は非常にきれいでしたよね。『夜の終り』いかがでしたか?

「テレーズの罪」は DVD化されているのですね。我が家の近くのツタヤは店じまいしてしまって、 DVDを借りることがむずかしくなりましたので、もっぱら Uーネクスト利用ですが、大規模DVD店ほど充実しているわけではないので みることができません。
今回 AYAKO様が コメントくださったおかげで 自分の blogをみなおすことになり しばし 思い出に浸りました。 ありがとうございました。

初めまして。先日「テレーズの罪」をDVDで観ました。面白かったので、映画の批評等をインターネットで検索していたところ、この記事を拝見しました。とても面白かったです。そして、記載のあった「夜の終わり」、早速読んでみようと思い、入手しました!有意義な情報どうもありがとうございました。

どうさん様
今日はでかけていましたので、お返事おそくなってすみません。
私のパソコンは windows8.1 ですので お教えいただいたアドレスでは だめだろうとおもいましたが、 パソコンの画面をコピーすればいい、と書いてくださいましたので、それをこころみました。

買ってはあるけれど、殆ど使っていない、分厚い「windows8パーフェクトマスター」という解説本、 それで キャプチャ のページを読んでわかりました。 ここでは snipping tool を使うよう指示されていましたので、 それをつかいました。 
今回は ストリートビューのところだけ入れ替えました(場所がわからなくなって べつの道になりましたが)snipping toolを使うとマップの ルート記入もできそうですので、次はそれにもチャレンジしてみようと思います。 何度もご教示くださりありがとうございました。

Windows7の場合は
https://www.microsoft.com/ja-jp/atlife/tips/archive/windows/tips/248.aspx

パソコンの画面をそのままコピーして記録するのです。
私はまだXPを使っているのですが、XPの場合は
https://azby.fmworld.net/usage/windows_tips/20070411/
を参照して下さいな。

どうさん様
 確かに、不安定なのは気になっております。 地図は 拡大縮小、とか少しずらすなどできた方が便利、ということもあるのですが、ストリートビューは、 みていただきたい画面とずれるとこまりますので 固定化したいのです。 
お教えくださって、大変うれしいのですが、残念なことに うまくいきません。
まず 画像ですが、 どの段階の画像でしょうか。
グーグルで 画像の埋め込みをクリックして出てきた画像、それとも ブログの下書きでしょうか。 どちらにしても そこでkeyboardのPRTSC をおしてペイントを開き貼り付けを左クリックしても 何もでてこないのですが、、。PRTSCを押すとき画面にカーソルをおくのでしょうか、(この時すぐ画面が動きます)上の リンクのアドレスをクリックするのでしょうか? それもやってみましたが、 貼り付けのことろではファイルから開くがあり、ファイルがないので だめです。
 画像を保存にして、ダウンロードすると出るyのですが、 100%で、名刺大にもならず、役に立ちません。2時間くらい悪戦苦闘しておりますが、今日はもうあきらめます。
とりあえずブログを見てくださる方には 動いても、無いよりはまし、とお考え願うことにします。

Google Map の映像は不安定ですから
固定化されたほうがよろしいか、と思います。

Google Mapの映像が画面にでましたら
キーボード上のPrtScnを押します。
次に
すべてのプログラム→アクセサリ→ペイントで
ペイント画面を呼び出し
上欄の編集を左クリックし
「貼付け」を左クリックすると
ペイント画面にGoogle Map映像がコピーされます。
これを一旦題名をつけてPictureに保存し、
この映像をAdobe Photoshop等で加工するのです。

ご存じかとも思いましたが、為念。

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