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2015年8月

2015年8月27日 (木)

『千年の祈り』 イーユン・リー著

新聞の書評にこの作者の『独りでいるより優しくて』が出ていました。 図書館で借りようかと思ったのですが、かなり待たされそうです。
そこでア○ゾンを開いて、検討。古本で安く買えるということもあって、『千年の祈り』、これを注文しました。(帯もついてきれいな本が届きました) 賞を沢山受賞していて、短編集で読みやすそうです。

千年の祈り』 イーユン・リー 著 新潮社クレスト・ブックス

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帯をとると

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作者、イーユン・リーは 1972年、北京の生まれ。
1972年は文革の年。
父親は核開発の研究者で母親は教師。
核開発の研究者であったため、知識人に対する迫害からのがれることができたそうです。
こういう環境、時代の中で育ったため勉強をしてアメリカに留学することを考えるようになったということです。 
1989年の天安門事件のときは高校生でした。大学に入った時はいきなり軍隊に入隊させられています。政治的再教育と抗議行動に参加した学生に接触させないようにするためです。

私の子供たちと同じくらいの年齢ですが、大変な時代を潜り抜けてきた人です。

大学卒業後 1996年渡米、免疫学の研究者でしたが、作家になりたかったのだと気付き、創作の講座をとりはじめて、短編を書き始めた、というわけです。 
これは 2005年にアメリカで出版されたデビュー短編集、ということだそうです。 

全部で10の物語が収められています。
短編集、というのは ちょっとした隙間の時間に手にとれるのがいいところです。 
でも一つだけ、と思いながら、もう一つ、と一気に全部読んでしまいました。

あまりもの
工作単位(職場のことをこういうようです)が倒産したために職を失った林ばあさんは、食べていくために、病気の老人と結婚。介護の毎日にも適応していくが、二か月ほどで夫なる老人は風呂場の事故で亡くなる、子供たちは 林ばあさんのせいだとして、遺産などはもらえないが、私立学校の寮の家政婦の仕事をあっせんされる。
そこで、週末にも家に帰らない少年をかわいがるようになる(少年は父親が愛人を作ったために父にとっては あまりもん)しかし、ある日少年がしばらく行方不明になったために林ばあさんは解雇されてしまう。
寮を出てあてどもなく歩いていく途中、鞄を盗まれてしまう。でも林ばあさんは大事な弁当箱だけは盗まれなくてよかった、と 思うのです。そこには、解雇手当と少年に対する思い出の品がはいっているのだから。
少年が あまりもの、なら、ぼけた老人も家族にとってはあまりもの、そうして林ばあさんも、 社会のあまりもの、といえるのかもしれません。
淡々と書かれているなかに、本人は感じてもいないであろう 孤独感、やるせなさが現れていて、いいなあと思いました。(これが一番好きかな)

黄昏
蘇氏と方氏は株屋で出会って、親しくなります。 
蘇氏は 妻とは いとこ同士で知的障害のある娘ともう家を出た息子がいます、障害がありながらも娘の世話に幸せを見出していたのが、息子の誕生で 夫婦の間に亀裂が入り、表面的には 穏やかですが、夫婦の間には修復不可能な亀裂が入っています。 
方氏の妻は 汚職の罪を犯して刑務所に入っていたのですが、病気のため仮釈放、ところが その間に方氏は 別の女性と親しくなります。 妻の嫉妬はものすごいものです。 
そうして酔いつぶれた方氏を家に連れてきた日電話の向こうでがなりたてる方の妻の相手を蘇氏の妻がしている間に、娘は、、。 

この結末も悲しいです。

ここまで読んで、やはりこの本を買うことにしてよかった、と思いました。
淡々とした文章の中に にじみでる孤独感。 

テーマ、登場人物は さまざまです。
宦官(これはちょっと気持ちが悪かったです)、ゲイカップルとその一人を好きになった女性、 未婚の娘と母、 未婚の息子と母、父親が家を留守にすると母子のところにやってくる叔父さん、、。

最後が表題の 千年の祈り です。 
アメリカに住む離婚した娘のところに慰めにやってくる父親の話、 
娘が情愛を示してくれることはなく逆に傷口をこじあけられてしまうことにはなったけれど、自分自身を見つめ直し、今を生きることに思い至らせられた、という話。

この話に出てくる 中国の『修百世可同舟』(誰かと同じ舟で川をわたるためには、三百年祈らなくてはならない)という言葉、 なかなか含蓄のある言葉です。
〈たがいが会って話すにはーー長い年月の深い祈りが必ずあったんです。ここにわたしたちがたどり着くためにです〉
父と娘ならおそらく千年でしょう。人は偶然に父と娘になるのではない。

人が人と出会うことの不思議、そうしてなお人は孤独である、ということを全編、語っているように思えました。

この作品で 作者の 英語で小説を書くことの意味、ということも示されていて、その点でも興味深い一編でした。
父と娘は中国にいたときから会話をすることはなかったのですが、無口だと思っていた娘が電話ではベラベラしゃべっています。それについて 「英語で話すと話しやすいのよ」「自分の気持ちを言葉にせずに育ったから、違う言語を習って新しい言葉で話す方が楽なの」 と娘は言います。

この本をもう一度めくってみると、文章がどれも短くプツプツときれたようになっていることに気がつきました。高校時代、英作文の下手な私は 関係節など使わず、短い文章をつなげて書いていたことを思い出しました。もしかしたら、彼女もそうかな、なんて 失礼なことを考えたりもしました。 それはともかく、こういう書き方も ベタベタしない乾いた文章、という印象を与えているのかもしれません。

短編、というのは 結末の持って行き方が ポイントだとおもうのですが、 そういう点からもうまい作家だなと思いました。

この本から 中国の現状について 知ることが出来たのも大きな収穫でした。
作者自身は知的エリートの家庭に育っているので良い暮らしをしていたのでしょうけれど、 ここに出てくるのは主に、暮らし向きは貧しく、衛生状態も良くない庶民です。
そうして共産主義の国ではあるけれど、考え方は昔と変わらず、家名を絶やさないことが大事、そのためにもよい結婚をすることは必須です。
現代的合理性とは程遠い因襲の中に生きている人々。これが共産主義の中国なのでしょうか。中国でも親の世代で子の世代は違うのかもしれませんが。

現時点ではどうなっているのか知りませんが、この本が出された時点ではイーユン・リーは アメリカの市民権を得るために努力中とありました。市民権を得ることは難しいらしいですが、得られてもなお異国人として生きることにはなるわけです。
この本では アメリカが舞台になっているものもありますが、中国の暮らしの延長であって、 異国に生きることから来る問題を扱っているものではありません。そういうものも読みたいと思いました。  

 

2015年8月20日 (木)

『ありふれた祈り』 ウイリアム・K・クルーガー 著

また一冊 いい本に出会えました。

ありふれた祈り』 ウイリアム・K・クルーガー著 早川ポケミス 

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図書館に予約していて やっと順番がまわってきました。

ポケミスに入っているのだから、ミステリーなのでしょうけれど、あまりミステリーっぽくありません。謎の死は続くのですが。

1961年のことです。
ミネソタの田舎町 語り手、フランク・ドラム13歳は メソジスト派牧師の長男です。 
牧師夫人として聖歌隊指導に当たる母、 ピアノ、作曲が得意でジュリアードに進学しようという姉、吃音障害のある弟との五人家族。 
夫は弁護士になるはずだったのに、戦争から戻って牧師になることにきめてしまったことに対して母は不満ようですが うらやましくなるような、愛情に満ちたいい家族です。 ,

彼らの住む地域は庶民の住む低地地区。
お金持ちの住む高地地区には、母の実家や、姉アリエルのボーイフレンド、ブラウン一家などが住んでいます。
先住民に対する偏見を持つ人もいます。嫌味な巡査も出てきます。

13歳の男の子であるわたしは親に禁止されようと 面白そうなことには首をつっこみたがるし、ケンカもします。

行くことを禁止されている鉄道で友達が亡くなり、その場所を見に行こうと友達、弟などと鉄道の構脚橋に行き、そこで死んだ男と先住民(インディアン)に出会ってしまいます。

このあたり、ちょっと スタンド・バイ・ミー みたいです。

大人から見ると、男の子ってどうしてわざわざ厄介ごとに近づいていくのかしら、と思うような生活のあれこれが記されていきます。暑いミネソタの少年たちの夏。 これってミステリー?でもそういうあれこれが大変な事件の序章となっているのです。

兄弟にとって家族にとってその後の生活を一転させるような大変な事件です。
それに耐える牧師である父、絶望する母、そうして兄弟にとって救いは教会の雑用係ガスの存在です。

ネタバレになるので、核心については全く書くことはできませんが、先住民族の血を引く人も住む小さな町の人々の人間模様、そうして フランクの一家の、特に事がおこってからの様子など、描写が丁寧で心ふるえるような内容でした。 

ありふれた祈り とは 弟ジェイクがお葬式のあとの食前に父牧師に代わって 凝ったところのささやかな祈りをささげたところからきています。この時から弟はどもらなくなったのです。

フランクが 事件から40年たって当時を回想する、というスタイルで書かれているのですが、それもあってか、宗教的雰囲気のある作品でとても感動しました。
40年後に事件のその後も語られていて少しだけ落ち着けました。

心に残るいい小説でした。

全米4大ミステリ賞で最優秀長篇賞を独占、というのもうなづけます。

 

2015年8月18日 (火)

サントリー美術館へ

昨日(17日) 旅で知り合った友人たちと サントリー美術館にいってきました。

新聞の広告で青く輝くお茶椀の写真を見て、是非実物を観たいとおもったからです。

台風の余波か大雨のところがあったらしく電車が徐行運転、おまけにミッドタウン内で迷ってしまって 10時待ち合わせに数分遅刻してしまいましたが、幸い混んではいませんでした。

藤田美術館の至宝 「国宝 曜変天目茶碗と日本の美』 展覧会

http://www.suntory.co.jp/sma/exhibit/2015_4/

http://www.fujita-museum.or.jp/  藤田美術館のサイト。ここでも所蔵作品が一部見られます。

展覧会チラシ

この素晴らしい青の色をみて 観にいくことをきめたのです。

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チラシ裏

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私は 陶器、磁器は好きですが、日本美術は大体において苦手です。この下の細長い書と絵にしても、どうしてこれが国宝なのかさっぱりわからないのです。

せっかく行っても猫に小判状態になるだろうとは思いましたが、仏像など高さ50センチにも満たないものが五体(興福寺千体仏)、それにこの右上の地蔵菩薩立像(快慶作)も58・2㎝、 大きな仏像から受けるような圧迫感がなく、素直に鑑賞することができました。

ところで 藤田美術館の藤田傳三郎氏とは、
1841年、長州、萩の造り酒屋に生まれる。
明治二年に長州の陸運局が廃止され、不要となった武器の払下げが行われた折り、一手にひきうけて大阪に運び売却、これによって資金を得て事業をはじめました。
藤田組、という名前をきいたことがありますが、建設業だけでなく 鉱山(小坂鉱山)や鉄道、汽船会社、岡山県の児島湾干拓など、色々な事業して、近代国家の礎を築くのに貢献したそうです。
明治ってこういう人物を出しうる時代だったのかもしれませんが、それにしても 一人の人間がよくぞ、と言う感じがします。まあそういうわけで大金持ちでいらしたのでしょう。

図録の解説から
価値観が大きく変動し、社会の仕組みも変わった明治維新後は、美術品を含む伝統文化が危機を迎えた時代でした。仏教寺院が打撃を受けた廃仏毀釈運動や、大名や公家の庇護を失った茶道や華道、能楽などいずれもが苦しい状況を乗り切らなければなりませんでした。そういう状況をみてもともと好きだった美術品収集にのりだした、というわけです。 

仏像の次には 書がありました。 こういうことを言うのはぼけているみたいですが、昔の人って 字が上手!!
大般若経 朝野魚養書写(伝承)のものや同じく 奈良時代の紫紙金字華厳教 など、書も素晴らしいのですが、奈良時代の紙が傷んだりしないで 残っているということも驚異に思えました。紫紙など、分厚くて見かけは なめし皮みたいでした。

そのほかの絵や書には あまり関心をもちえなかったのですが、寒山拾得図は 昔教科書に出ていたもので、少しなつかしかったです。
お友達二人は熱心に書や絵をごらんになっていましたが、私はしばらくベンチで足を休めて待ちました。

三階には 茶道具があります。 ここでいよいよ曜変天目茶碗にお目にかかれます。 

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これは買ってきた クリアファイル
お茶椀としては小ぶりです。 暗い中に弱い照明を受けて浮かび上がり、瑠璃の色がきれいでした。お茶のお茶椀です。 両手に受けて回したりしながら とっくり眺めたかったです。

中国、南宋時代(12,3世紀のもの)口径12.3センチ

曜変というのは 窯変と混同されやすいが、窯変の方が大きな概念、窯変は焼成中に様々な諸条件が絡み合って釉色の変化が現れたものをさしている。中国では 曜変という言葉は見られず、日本で星のような光彩がある窯変に対して、光輝くという意味のある「曜」をあてて、曜変という言葉に変化していったものと思われる。 (図録解説から)

 図録の表紙 

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よく見えませんが 表紙の黒地は表面が平でなく丸い粒々が浅くういています。陶器の表面をイメージしているのでしょうか。

そのほかのお茶椀、花入れなどすてきなものがいくつもありました。こういうものは手元に欲しいです!!

図録から少しだけ (本当は のせてはいけないのでしょうけれど)

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左、絵高麗徳利形花入れ(16から7世紀)  右 雲鶴青磁下蕪花生(17~18世紀)


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面影 と名づけられています。金継もいい。

そのほか能面、能衣装もありました。 能衣装は 絽に縫い取りしたものが二枚、 
また 段熨斗目松桜蔦(下写真)これも豪華 この地模様は卍継というそうです。

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二時間半ほどゆっくりみて、ショップへ、 図録やクリヤファイルを買って、 さてランチ。

 このお友達とのランチはいつもおしゃれなお店にいくのですが、ミッドタウンにはお店がたくさんあるので、適当なところを行きあたりばったりで、ということで予約はしてありません。

カジュアルなイタリアンのお店に入りました。

KNOCK CUCINA BUONA ITALIANA
まあ店員さんが大声で 注文を通す声がうるさくて おしゃべりするのも大変。 それでも負けじと大声で おしゃべりしながらお食事。

本日のおすすめの 鱈のニョッキ、ローズマリー風味にしました。 パン、サラダ、コーヒーがセット。ワインは 二人で カラフでたのみました。(一人の方はお飲みにならない)

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サラダ、 なんだか豪快です。 パン、ちゃんと温めてあって美味しい。

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珈琲はおかわりもできました。お勘定の段になってビックリ、ランチセット1000円だったのです。(ワインは 1400円なので一人700円) 横浜でも最近はお昼1500円はしますから、感動、おいしかったのですよ。

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時折外では 雨が激しく降っています。 ブランドショップひやかしたり、小物のお店でちょっとした買い物をしたり、そうして疲れたので座ってアイス、ところがこのアイスがなんと130円、こんな近代的なおしゃれなビルの中なのに、意外に庶民的なお値段設定に嬉しくなりました。 
5時すぎまで しっかりおしゃべりをしてまたの日を約束して家路をいそぎました。

 

2015年8月14日 (金)

『イザベルに ある曼荼羅』 アントニオ・タブッキ 著

なんだか、不思議な感じのする小説を読みました。

タブッキという作家 名前は知っていたのですが読んだのは初めてかもしれません。しばらく前に新聞に書評がでていたので 図書館に予約しました。

イザベルに ある曼荼羅』 アントニオ・タブッキ著 和田忠彦訳 河出書房新社

15081401この表紙の絵を観ながら読んだせいか、なんだか とてもシュールな感じが しました。

ある人が イザベルという女性の消息を訪ねてポルトガルのリスボンからセボレイラ(リスボンの近くの町)、マカオ スイスなどをめぐります。 9章に分かれていて それぞれ、章ではなく 第一円、第二円という名前になっています。 
これは イザベラをもとめて だんだん 同心円をせばめていく、という気持ちからのようです。 それを 曼荼羅、としているのですが、 私は 曼荼羅というと 仏像がびっしり描きこまれた赤や青の極彩色の絵を思い浮かべてしまうので、 ちょっと ピンときませんでした。 

とてもとらえどころのない感じの小説(私には)なので ラビリントゥス と言いたくなるような感じがしていました。でも適切ではないです。イザベルという核心にせまろう、という話ですから。 ラビリントゥスは出口を求めるものですもの。

イザベラの学生時代のポルトガルはサラザール政権下にあり、その独裁制にたいして反体制運動も活発だったころで、イザベルもそれにかかわっていたことが明らかにされるのですが、この時代は 少し前に読んだに『リスボンへの夜行列車』の時代と同じせいか、親しみをもって読み進められました。

行方の知れないイザベルは もう死んでいるかもしれない。 ところが この探す人も不思議なのです。シリウスから来ました、と言っているのですから。シリウスつまり 空から来た、此の世の人ではない? そうして 写真に撮られる場面があるのですが、ハレーションをおこしていて 写真にその姿が うつっていない。彼もまた幻みたいです。

ミステリアス、、。
詳しく書いてしまうのもどうかと思うので 書きませんが イザベルをもとめて 何人もの人、 学校友達、ばあや 牢獄の看守、、等々 と話をするのですが、そのそれぞれに謎めいたところがあり、哲学的なところもあり(といっても読みにく本ではありません)、とりわけ写真家との問答が印象的でした。

そうしてラストが良かったです。 これもまた 切ない恋の物語 と読みましたが、違っているのでしょうか。
あと一二冊は この作家の本を読んでみようと思っています。

2015年8月10日 (月)

『凍える墓』 ハンナ・ケント著

実在したアイスランド最後の女性死刑囚の話をもとにした小説を読みました。

 『凍える墓』 ハンナ・ケント著 集英社文庫

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最初、ミステリーかと思って図書館で借りましたが、ミステリー的要素はあるものの、文芸作品といっていい小説でした。けっして読み捨てミステリーのたぐいではありません。

作者、ハンナ・ケントはこれを書いたときに28歳、オーストラリア人です。アイスランドとは地球の南と北、遠く離れています。
高校時代に1年間アイスランドで学び、そこで、このアグネス・マグノスドウティルという、アイスランド人なら誰でも知っている、十代の少年をそそのかして愛人を殺させた稀代の悪女のことを知ります。
その真相を知るべく資料を集め、ないところは想像力で補って書いたのがこの小説だそうです。

年代は1828年、当時はこういう制度があったのでしょうか。死刑囚を収容する場所がないので、刑の執行まである家に預けて家事を手伝わせる、という制度。
アグネスは 他の二人と計らって、二人の男を殺し証拠を隠すために家に火をつけた、という罪で死刑を宣告されます。

そこで、コウンサル農場の主で行政官ヨウンのところに預けられます。農場主の妻マルグレットは 絶対お断り、という態度だったのですが、憐れみの心は持った人で、垢まみれ、ドロまみれのアグネスの手錠を外させ、体もきれいにしてやります。
またアグネスから教誨師に指名された牧師補のトゥティ、も話をしにやってきます。

アグネスは幼いときに母親に置き去りにされ、ある農場にあずけられるのですが、そこで 字を覚えます。その農場主夫人が亡くなってからは、ワークメイドとして農場を転々として働き続けます。待遇の悪いところが多かったようです。
そういう境遇でも、本を読むことが好きで知識欲が旺盛、読むだけでなく考える楽しさもおぼえます。薬草などの知識を持っています。勿論家事も手際よくこなすのです。 

預けられたコウンサル農場で農場の仕事を手伝いながら、トゥテイに、マルグレットに身の上を語ります。仕事はできるので 徐々に信頼も得ます。
事件の核心は なかなか語られないのですが、彼女の話や農場での様子から当時のアイスランドの農村生活の様子も浮かび上がってきます。

アグネスの聡明さ そうして薬草のことなどを知っていることから、魔女扱いにされていることまた、もう一人の事件にかかわった女性との違いなどから 当時の社会における女性の地位がどのようなものだったかも察せられます。、(女は無知で可愛いければ 情状酌量の余地がある!)頭がよく、はっきりものを言う女性は いやがられるのです。(現代もそうかもしれませんが)

誰かに愛されたい、愛する人と家庭をもって家を切り盛りし、子供を育てたい、そういう願いは決して持つことができないのです。 

聡明で孤独な女性の姿が浮かび上がり、痛ましさに胸を突かれる思いで読みました。

魔女狩り的な面もあるせいでしょうか、ストーリーは全く違いますが、ホーソンの『緋文字』を思い出したりしました。

この作品は映画化されるらしいです。見たいような、見ない方がよさそうな、、、。

 

神奈川県立歴史博物館

神奈川県立歴史博物館

もう40年くらい前にきたことがあるはずですが、 多分リニューアルされているはず。 昔どんなだったか殆どおぼえていませんが、なんだかごちゃごちゃ置かれていたような。

入口 ロシア製大砲

入館料、シニアは なんと100円です。

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仏教美術特別展をやっています。チラシをもらってくればよかったのですが、 ネットからの拝借で 小さいです。

下のサイトで 少しだけ写真が見られます。

http://ch.kanagawa-museum.jp/tenji/sogo/tokuchin.html

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この木像、可愛い。  鎌倉~平安時代の 「僧形神座像」
高さ50センチくらいだったでしょうか。衣の襞を彫ってあるわけではなく木目がいかされているのです。特別展のところはカメラ禁止でした。

素敵だと思ったのは、(📷禁止なので 絵葉書)

菩薩半跏(遊戯坐)像 南宋時代(1127~1279年)

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絵葉書がくっきりしたものでないのですが、写真ではよくある仏像っぽいですが、実物の顔だちは よくある仏像とは少し違って見えました。 結構美男。ポーズも独特、何となくインドネシアあたりの像をおもわせます。(仏像をあまり知らないので そう思うだけかもしれませんが)

私は 仏像苦手、なのですが、この二点だけは 好きでした。

鎌倉時代 木造狛犬(ガラスに前の部屋が写りこんでいます)

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せっかくなので、ざっと館内をみてまわりました。 三階にあがります。

旧石器時代(約3万年前)の鏃などの展示から始まります。

縄文時代の土器、 神奈川にもこういうものがあったのか、と興味深く見ました。私は 文様に関心があるので、興味をそそられたものを いくつか(ここは写真OKでした)

縄文時代中期
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縄文時代後期 縄文式というのは 縄目模様かとおもっていましたら、こういう線刻もあったのですね。 わりに我が家から近いところです。

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こういうもので、 固い豆などをすりつぶしたのです。 使いすぎて穴があいてしまったものも展示してありました。縄文時代後期

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土偶もありました。乳房や腰を強調したものが多いのは 多産を祈るため、 また破損したものが多いのは災厄をはらうために使われたことが多いのを示している、と記されていました。
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土版 縄文時代後期

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土偶と同じように呪具あるいは 護符としてつかわれたらしいです。

下の二点は 貴重なものか 中央のガラスケースにはいっていてとても暗くて、 Photoshopで 加工してやっと模様が見えました。

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これは多分、 弥生式土器で模型だったような、、、。

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古墳時代

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埴輪もありました・
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中世になると、仏教関係、源頼朝、 北条氏関係など。円覚寺舎利殿の大きな模型もありました。このあたりになると少しくたびれたので、 あとはいい加減。

ちょっと首を傾げた姿がいい。

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二階ホール ペルリの漫画チックな絵。床には世界地図
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近代のところでは 横浜正金銀行関係(この博物館は正金銀行の建物を使っている)の写真など。

結構楽しめました。 100円(シニア)はありがたいです。 
関内に来ると、少し足をのばして、海の見えるところまで行きたいのですが、こう暑くてはその元気もありません。 いい場所発見、です。

関内へ ランチ(テンダ・ロッサ)と県立歴史博物館

昨日は久しぶりに、関内に行きました。 主人がまたテンダ・ロッサに行きたいといいだしたので。

幸いにも一週間前でしたが、予約はとれました。暑いからすいているのかと思いましたが、行ってみると、お店の前には 本日満席 の札がさがっていました。

ただ道路はすいていて(家からはバス)予定より30分前についてしまったので、近くの県立歴史博物館をのぞいてみましたら、素敵な仏像の写真があり、これは 観たいな、と思ったのですが、時間が中途半端なので、ショップで時間調整してレストランへ

予約時間少し前に着席、ほどなく息子とそのお友達もやってきて、四人でメニューをながめて、、。 まず乾杯

(窓に近い席でしたので、外の赤い日よけのために、どの写真も赤味を帯びてしまいました)

 

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右の赤いのは スプマンテのブラッドオレンジわり 白は ソアーヴェ、すっきり辛口

コースにして、私は前菜盛り合わせ、 パスタまたはピッツァ、 カッフェ のコース、 他の三人はメインと ドルチェもつくコース、私はドルチェを別にプラスしてもらうことにしました。

 

前菜盛り合わせ

 

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それぞれ、説明されたのですが、 忘れました。オイシイ、私はこれだけでもいいくらい。

 

息子はピザではなくパスタがいい、というので、全員パスタに、前に 雲丹のが美味しかったので、それを二つにしたかったのですが、残り一人前とかで、結局4種類を注文して分け合いました。

ムール貝とあさり(私には少し塩味きつめ、主人はそうでもなかった、と言っていましたが)
左にうつっているのは袋入り グリッシーニ(これをポリポリしながらワインを飲んでお料理を待ちます)

 

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ペスカトーレ(貝ずくし、という感じでしたが 帆立などもはいっています) ちょっと豪華(プラス1000円)パスタは選択によって、プラス料金がかかります。下の三種類はどれもプラスのものです。
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雲丹のタリアテッレ

大皿の写真を撮り忘れて、四分の一を小皿にとったところです。私にはこれが一番美味と思えました。

 

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ポルチーニ茸

 

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ここで ワインは赤をカラフで頼みました(キャンティ・クラシコ)。

 

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メインは 三人ともイベリコ豚の炭火焼 私も一口だけお相伴、炭火焼が香ばしくてとてもおいしかったです。

 

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ドルチェは ルバーブのジュレにシャーベット
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私は マチェドニア(フルーツポンチ)、ピーチのアイスクリームがのっていて、とてもおいしかったのですが、 残念、写真の撮り忘れ

 

カプチーノ

 

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私は カフェラテ
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2時間半、 おしゃべりしながら ゆっくり 楽しみました。

 

この後息子たちとわかれて,仏像が気になるので県立歴史博物館に。

博物館については 稿をあらためます。


 

2015年8月 3日 (月)

『漆黒の森』 ペトラ・ブッシュ著

漆黒の森』 ペトラ・ブッシュ著 創元推理文庫

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謎めいたプロローグ、なんだか詩的、読み始めた途端、ひきこまれました。

第一章、
ハンブルグ出身の女性編集者がガイドブックの取材に 鬱蒼たる森の奥にやってきます。まだまだ非現実感ただよううちに死体発見、、

ここはシュバルツバルト(黒い森) 近くの小さな村は閉鎖的、 
死んでいた女性はゾマー農場の娘で、兄は村長。彼女は10年前から姿を消していたのです。彼女は妊娠していたのですが、おなかから胎児が抜き取られていました。

場所は鴉谷、昔 無実の罪で処刑された男がいたが、それが亡霊となって彷徨い 生贄、罪を犯した人間 を求めている、とされている場所です。

ゾマー家の末っ子ブルーノは自閉症、なかでもサヴァン症候群の例らしく、天才的な記憶力を持ち 植物に関して多大な能力を発揮しているが、倫理観というものは知りません。そういう子を持った母フリーダはブルーノを偏愛。家庭はいびつです。  

この村には10年前にも乳児失踪事件がありました。 
母親は当時16歳だったジーナ、父親の知れない子を産んだだけでも非難の的なのに、その子が消えた、となると村人は 未婚の母が思い余って子供を殺した、、厚顔無恥な子殺し、と言ってはばかりません。

迷信にふりまわされる村で起きた事件に、よそものの警部、地元の婦警や女性編集者たちが事件にせまっていきます。 

思いがけない展開で最後まで犯人はわかりませんでした。 それにしても悲しい話。

この作者の小説、出たらまた読むつもりです。

 原題は Schweig still,mein Kind    stillschweigenはじっと黙る、沈黙を守る 

小さなお花、かわいい我が子 / お庭に植えてあげましょう

という歌も出てきます。タイトル、原題のままの方が よかった気がします。

昔は ミステリーと言えばイギリス、アメリカそれに最近は北欧ミステリーも話題です。
ここに来てドイツの推理小説も多く翻訳出版されているようで、楽しみがふえました。

ちなみにこの本の訳者は 『コリーニ事件』 などを訳した 酒寄進一氏です。
もっとも本書は コリーニ事件のような歴史に基づく小説ではありませんが。

2015年8月 1日 (土)

『私のなかの彼女』 角田光代著

以前、友人がブログでとりあげていらしたので、図書館に予約していた本です。

随分長い間待たされました。この作家の本は数冊読んだことはあります。
日本の作家にはあまり関心がなく 好みは翻訳小説だからかもしれませんが、少し肌が合わない感がして読むつもりはなかったのです。しかしテレビドラマの「紙の月」を見たせいか、読んでみる気になった、というところもあります。(紙の月、も全く共感できませんでしたが)

私のなかの彼女』 角田光代著 新潮社

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一言でいうなら、ビルドゥングス・ロマン。
地方出身の大学生、本田和歌 が自分に自信のもてないまま、恋愛、同棲。そうして、イラストレーターとしてもてはやされる相手に刺激され、小説を書いてみる。
相手の空気が読めないまま、二人の間がギクシャクしたものとなり、結局別れるといっても捨てられたようなものだが その後、書けない時期があり、また書けるようにって、どうやら物書きとして安定して来るまでの20年間の自己形成物語です。 

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読みながら、こういうところが私にはあわないのだな、と思い出しました。
それは 友達と香港に行き、一人で九龍の薄汚い、というか本当に汚い路地をすいよせられるように奥へ奥へと進んでいくところ、
<、、路地をめちゃくちゃに抜けた。汚水や食べものや埃や腐臭や糞尿や消毒薬のにおいが、次々に鼻先をかすめては消えた。、、、、臭いを縫いつなぐように路地をさまよい、本当にここから帰れなくなったってちっともかまわないと思うほどに、興奮していた

最後の方、女性誌の依頼によるエジプト取材旅行で、アブシンベルやルクソール、ピラミッド、遺跡も博物館も面白いが今一つピンとこないまま、カイロの市街地を通ったとき、見たかったのはここだ、と思うところ。
窓を閉めていても、陽射しと埃とスパイスと煙草と、人の体臭が強く漂っているのが感じられる>そうして 多分スークではないかと思うが、そこに一人で行く、もっと奥に行きたいという高揚感を強くもって、
私なぞ、ルクソールのカルナック神殿では、言葉が出ないほど圧倒されましたが、買い物の時のお金の汚さにぞっとしました。この作者、こういう汚いのが平気なのでしょうか。

調べてみたらこの作者 1967年生まれ、東京オリンピックは1964年ですから、オリンピック後のお生まれです。

東京がきれいになったのはオリンピックがきっかけではないかと思います。
考えてみると、そのころまでは雨用の長靴は必需品でした。ちゃんとした住宅地でも 舗装されていないところが殆どだったのではないでしょうか。
私の子供のころは、薄汚れたところはありましたが、恐ろしい所、行ってはいけない場所としてしか存在しなかったのです。好奇心に駆られていくこともなければましてや、人間の根源的な営みの場所、という認識もありませんでした。
まあ現在はどこもかしこも、あまりにもきれいになりすぎた、画一的になった、とは思いますが。

そういう場所がない時代に育った人が関心を持つのでしょうか。世代間格差?それとも感覚の違いでしょうか。

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話がそれてしまいました。

でもこの九龍城での体験が小説を書く決心をさせるのです。

この香港旅行の暫く前に和歌は実家の蔵で、祖母の書いた本をみつけています。
和歌の母親は祖母、つまり自分の母親を 醜女といってはばからないのですが、その祖母の書いた本は まあお品のよろしくない本ですが、彼女の過去はどうやら触れてはならに事のようだったのです。
そういう本を書い祖母は一体どんな人だったか、
九龍城、自分の想像を越えた場所でありながら、よく見れば見知ったものでなりたっている、けれどもそれを無数に積み上げていけば、この、緻密で猥雑で巨大な、人が作り上げたものとはとても思えないような城になる。

これを見て、書いてみたいと思うのです。

こうして和歌は祖母についての架空の物語を紡ぐ、、、はずだったのが、別の話になってはしまうのですが、この小説 自分では小説もどき、と思いながらも、記念に文芸誌の新人賞募集に応募します。これが 入賞。 最初は仕事を続けながら、そのうち、作家専業になっていきます。
同棲を始めた 仙太郎との仲は だんだんぎくしゃくしたものになっていき、仕事でも 行き詰まりがあり、、、。  
物書きとして 生活しながらも祖母 山口タエについてあれこれ調べ、どういう人だったか考えつづけます。

私のなかの彼女、とは 祖母のこと?直接的にはそうでしょうが、結局祖母について考え,和歌なりの祖母像を作り上げる過程が和歌その人の反映であり、私のなかの彼女は自分自身でもあるといえるのだと思います。 
 

15年つきあった、仙太郎、一歳年上だけなのに、あまりにも大人過ぎて不自然、と感じながら読んだのですが、彼もまた彼女のなかのもう一人の自分、自分自身を諌める気持ちの反映かな、とも読みました。
自分自身が自分をしばっていたことに気が付いた時、祖母、山口タエ像も新たなものになります。自分自身の、解放、精神的自立とそれにともなってかわる祖母像の重ね合わせ、こういう作品の構造というか、仕掛けとても、面白いです。

好みとは言い難いのですが、なかなかの小説だと思いました。  

 

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