新聞のインタビューという欄で 仏人類学・歴史学者のエマニュエル・トッド氏が とりあげられていて、著書が話題になっていることを知り、取り寄せました。
『シャルリとは誰か?』 エマニュエル・トッド著 文春新書

新書なので簡単な一般書かと思ったら,私にこの方面の基礎知識がないせいか、難しくて けっこう時間がかかってしまいました。
シャルリとは 去年2015年1月7日に襲撃された 風刺新聞 シャルリ・エブドのことです。
編集長や風刺画家などが殺されました。その後 この襲撃事件は表現の自由を侵すもので許せない、と 私はシャルリ Je suis Charlie と 言いながら行進する様子が報道されました。
フランスから遠い日本でもこれに同調する動きはあったようですが、一方 「でもあの漫画はひどかったらしい」 と戸惑う向きもあったように記憶しています。
が、何しろ、そのあとに起こった イスラム国による日本人拘束事件、その後の残虐な殺害、そちらの衝撃のほうが大きくて、シャルリ事件は 忘れられた感がありました。
11月のパリでの同時多発テロ事件、そうして昨日(このあたりは23日に書きました)はブリュッセルでのテロ事件、背景を理解しなければ、とあせります。
またヨーロッパへの難民流入はあまりもの数の多さに各地で摩擦をひき起こしていて、トランプ氏でなくても 外国人排斥の動きは彼方此方で起きています。
ヨーロッパの動きがとても気になります。
この本で語られるのは襲撃事件のリアクションとしての、1月11日のデモに参加した 「私はシャルリ」 と言った300万人とも400万人とも数えられる人々は一体どんな人達なのか、を分析。そこでは 表現の自由が侵されたことへの憤りはあっても 平等についての考えはきかれなかったことを トッド氏は指摘しています。
この本では、このような 大がかりなデモを起こすことになったフランスの社会が 今どういう状況にあるかについて考察され、さらに、これからのイスラム教徒との関係の持ち方がどうあるべきか、について論じられています。
まずフランスにおける家族構造と今や崩壊している 宗教(カトリシズム)について 考察されています。これは 非常に地域性があることが指摘されています。
家族が平等主義的であるかどうか(相続が長子相続か平等にわけられるか)、親が権威主義であるかなどの在り方があることとその地域性が示されます。
さらに宗教について、
ここで シャルリ事件に関して問題にされているのは、カソリック教会がその伝統的地域において最終的に崩壊した結果として生まれた、人類学的・社会学的パワーで、それを ゾンビ・カトリシズム と呼んでいます。この人々の家族構造は平等主義的ではありません。
ここでは、神なき世界に安らぎを見いだせればよいが、見いだせなければスケープゴートが必要になり、イスラム教の悪魔化は、完全に脱キリスト教化した社会に内在する必要性に対応する、と考えられます。
次に シャルリデモ がどの場所で起こり 参加者はどういう人々であったか。
地図上でフランス各地のシャルリデモの規模がマークされます。
それから、生産者人口のうち 労働者の割合が多い地域、上流中産階級の割合が多い地域、ゾンビ・カトリシズムの影響力の強い地域 が示されます。
これらを示すことによって、デモの参加者は 公共部門と民間部門の中産階級、カトリック教徒のゾンビの多い地方において富裕化した中産階級であったことが分かったのです。
これは 2005年 マーストリヒト条約批准への賛成票を投じさせた層と同じで 不在だったのは高齢者だが、高齢者は参加しないので、これは当然。
つまりデモ参加者は 共和国ではなく、共和国を溶融させてしまうことに投票した連合体である、と結論しています。
そうしてEUがフランスにもたらしたものが 成長の鈍化、経済不振であることに言及されます。自由と平等の勝利に向かうのではなく、現状は工場の閉鎖、都市郊外の荒廃なのです。このEUの支持者が ゾンビ・カトリシズムに属する人々です。
フランス社会を特徴づける宗教的混乱の中にみられる要素は
①無信仰の一般化
②被支配的状況にある マイノリティの宗教である イスラム教への敵意
③被支配的状況にあるそのグループ内部での反ユダヤ主義の台頭
④その反ユダヤ主義に対する、支配的世俗社会の相対的無関心
「私はシャルリ」 のデモで自由は謳われても 平等の声はきかれなかったのですが、平等の価値がフランスで、ヨーロッパで、そして先進諸国全体で 力を失なっていることが 指摘されるのです。
ところで 面白い数字があります。「イスラム教徒」がフランス社会で占めている割合です。
8・4%が労働者 6・4%は平社員 6・6%が小商人、職人、企業家 4・5%が中間管理職 3・5%が 自由業および管理職 だそうです(計が100%にならない、、。)
貧民屈でへこんでいる若者、いつテロリストになってもおかしくない状況といったイメージは浮かばないのです。数字はここではあげませんが、教育水準の高さも示されています。
また宗教の実践を行っている人が少ないこと、 異民族間結婚する率が非常に高いことなども示されています。
識字率も低い親の権威は子供の進学とともに落ち、現れるのは 家族の瓦解 なのです。 これが急速に起こったためにかなりの程度に心理的不安が表れ、かなりの数の軽犯罪が発生してしまうのです。
異民族間の結婚率は 1992年~ 2008、9年の間は伸びずマグレブ人口のフランス国土への分散が止まった。 このことは 文化的差異のせいで、都市郊外の若者たちは適応できなくそれが失業率の高さを示す、とみられている。
しかし事実は逆で 指導層が経済的停滞と社会の細分化を選択し、その選択がヘゲモニーを握っている社会的集合体 MAZ(中産階級、高齢者、ゾンビ)によって受け入れられ支持されている、ということに起因している、と述べられています。
そうして ジード戦士志願者について
まず、ジハード戦士志願者のうち 20%は キリスト教徒からの改宗者、というところから若者の問題は その一般性から論じられなければならない、ということになります。
すべての先進社会に共通することとして 若者たちが経済的、社会的に押しつぶされている。グローバリゼーションが 世界の労働市場を一体化する、 第三世界も含めて若者は比較的大勢いて働かせやすく、少数の高齢者が資本を握っていることがあげられます。
(日本における非正規雇用の問題が頭をかすめます。)
<若者たちが不満なら 外国に行けばいい、アメリカでもイギリスでも、そういう選択しの一つとしてシリアでのジハード戦士もありうるのでは?大真面目に「イスラム国」という蜃気楼は 若者の海外移住の一形態だと主張できる。>この記述にはちょっとびっくりしましたが、 そうかもしれない、という気もします。
先進国社会で フランスでいえば 失業率10%、格差の拡大の中で 若者たちは 未来に対する魅力的な展望が持てなくなっています。
刑務所がどんどん満員になっているが、入るのは 必然的に若者で最近の移民の子供たちが 高いパーセンテージを占めている。刑務所の中の不健全な雰囲気がすべてをラディカルにする。<幻想の中でゆがめられたイスラム教がどんなメカニズムを通して、彼らがイスラム教徒であるとないとにかかわらず、かくも大勢の若者たちにとって 生きたり死んだりする理由になるのかが 少しずつわかりはじめた>ではないか、というわけです。
彼らが向かうのはジハード戦士という在り方だけはない。疎外された若者たちの行動の例として スコットランドの統一王国からの離脱に賛成したのは多くは若者であった、ことが示されています。
ここで、何故 イスラム教が若者たちを誘惑できるのか、を考える必要があります。
さらにイスラム教がもたらすものがあるはず。
そこで イスラム教にある平等主義がとり上げられ(女性差別という厄介な点もあるが)これがフランスにおける共和主義の再確立に貢献しうる可能性を持つことが のべられています。
もう少しフランスの実情(フランス社会の危機)などの記述はあるのですが、中途半端な引用交じりの内容メモはこの辺りまでとします。フランスの現政権への手厳しい批判がなされています。
<社会解体期固有のアノミー(無規範・無規則状態)、不平等主義と平等主義を化合した混成的で不安定な不寛容、これがイスラム恐怖症の全国的規模での台頭を導いたのだ。>
イスラム教と折り合いを付け 同化が進むこと、それによって世界のすべての民族が融合する、人種意識が解放される町になることを願う、しかしそれは遠いことであろう と言うのが 結びでした。
尚 日本語版には 去年11月13日のパリにおける無差別連続テロについても言及されています。
ここで表出されたのは 混じりけのないニヒリズムで、その行為は 現実のイスラム教徒は 関係がなく、その行為が示しているのは イスラム教の病的な崩壊である。しかし、政府の対応はフランス中産階級の無能力を浮彫にしたものであった。
つまり、空爆や 警備の強化がいわれても、都市郊外の荒廃、労働階層の荒廃については何も考えていない、と述べています。
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この本を読んでユーロ、EUの持つ弊害、というものをはじめてしりました。
驚いたのは フランス人は 外見にこだわらないので、混合婚(異民族間の)が非常に多い、という事実、これもはじめてしりました。
社会の在り方を家族構造から考える、という見方 今更、家族?と最初は思ったのですが、 そう思うこと自体また その人の家族構造を表していることにもなるわけだと気付きました。
日本は、今はだいぶん変質していますが、伝統としては 父親の権威が強く長子相続で兄弟間は不平等、という家族構造を持っているいうことになります。
移民、難民の受け入について 日本ももっと積極的にうけいれては? という意見がありながらも 非常に少数しかうけいれていません。それを阻むものに、この家族構造から来る意識があるのかな、と思いました。
正直、トッド氏のいう世界中の民族が融合された町へ、という考え方、頭では納得がいっても 日本で育ってきた人間としては落ち着かない気分になるように思えます。しかしきちんと考えるべき時期にきているのだ、ということも痛感しました。
フランス社会の危機として、MAZが 政治、経済を牛耳って、彼らにとって都合のいい社会を考えるために 若者が未来への展望を欠いていく状況、がのべられていましたが これは日本にもあてはまります。
不正規雇用の拡大です。もともと日本は終身雇用で安定した生活の展望がもてたのに、今 若者はこの不安定さでは 結婚もできない、という状況におかれています。移民の置かれている立場と同じです。
少し難しくて 読むのにてまどりましたが、統計資料を駆使し、家族構造とあわせながらがら社会を見ていく、という論の進め方はとても説得力があり、おもしろかったです。 この人の著書をもうすこしよんでみようと、思いっています。
ところで、 このエマニュエル・トッド氏は ポール・ニザンのお孫さんだそうです。ポール・ニザンは サルトルやボーヴォワールの友人でした。何となく学生時代に思いをはせてしまいました。
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