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2016年11月 3日 (木)

ドイツ東部ロマネスク旅 6

7日目  

エアフルト~バード・ヘルスフェルド(ランチ)~ ヴァルトブルク城 ~フルダ

行ったり来たりの行程です。 ワルトブルク城の見学時間の関係でもあったのでしょうか?

エアフルト 市内観光をしながら大聖堂に向かいます。

9年前にもこの町に来て市内観光をしたのですが、ルートは違っているところもあって楽しめました。
今回のツアー、これまでのロマネスクツアーと違って都市が多いせいか 中世都市の街並み散策があって これも楽しむことが出来ました。

橋の上にぎっしりお店があることで有名なクレーマー橋 お手頃価格で買えそうなすてきなものがあったのに、今回も朝が早すぎてお店はしまっていました。 

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クレーマー橋を外から見る。 前回は 浅瀬の反対側から見ました。エアフルトの フルトは 浅瀬の意味、川はゲラ(エラ)川。

 

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古本屋のウインドゥ

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行ってくださってうれしかったのは シナゴーグ 

アルテ・シナゴーグ 11世紀 ロマネスク

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前にも行ったフィッシュマルクトを見て大聖堂へいったのですが、びっくり。
大聖堂前はだだっ広い広場のはずなのに、観覧車やトラックがいっぱい。 
昨日までオクトーバー・フェストをやっていたそうで、今は店じまいの最中。ごったがえしていました。

こんなものが売られていました。 ニンニクとプチオニオン、 紫でなくふつうのもありました。 何か意味があるのでしょうか?

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大聖堂は 真ん中の塔の部分だけがロマネスク。
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其の後バスでアイゼナッハを通り過ぎて バード・ヘルスフェルドへ

ランチの後 修道院の廃墟へ

昨日のメムレーベンより きれいな廃墟でした。

ヘルスフェルド修道院   開基は736年ですが、 現在あるのは 1037年以降の再建

東側

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西側  ここも両端に内陣があったのでしょうか。
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残念ながらこの日は 閉まっていて中には入れませんでした。

それからアイゼナッハに戻って 丘のふもとから乗り合いタクシー(?)に分乗して

ヴァルトブルク城

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お城の中のモザイク(新しいものです)にこんなものがありました。

ハンガリーの王女エリザベート(1207~1231)は4歳でお輿入れ。 正式な結婚は14歳だったそうですが。二人はゆりかご(?)の中
 

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ヴァルトブルク城は1521年から10ヶ月、マルティン・ルターがここに隠れ住んで聖書のドイツ語訳をしたことで有名です。

ルターの部屋  この日は何のためだかわかりませんが、 写真撮影中でした。

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その後今日の宿泊地、 フルダへ 
本当はヘルスフェルドに泊まる予定でしたが、フェステバルでホテルがとれなかったそうです。 でも代替えのフルだのホテルが良かったのです。

宮殿庭園にありました。 マリティム・アム・シュロスガルテン

夕食レストラン、穴倉みたいです。

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明日、おみせしますが、朝食レストラン、お城の一室のようで 素敵でしたよ。





 

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コメント

ykさま
 ルターが聖書を訳した小部屋以外は内部の写真はありませんので、カメラはダメだったと思います。旧東独だった町は、はっきり格差があったと記憶しています。お城のホテルでチップの代わりにストッキングを置いておいたら、ローマ字で「ARIGATO」と書いたメモがありました。おかげさまで昔の記憶が蘇ってきて、楽しんでいます。

kikuko様
ヴァルトブルク城、2007年に行った時も同じような写真を撮っています。 ここは 写真スポットなのですね。
その当時は 中の写真はOKでしたか?2007年の時は ダメでしたが、今回はカメラOKになっていました。
残念ながらヴァルトブルク城宿泊ではなかったですが、前回はお昼がお城のレストランでした。
やはり 10月にいらしたのですか。ハロゥインが 近かったのでしょう。そう思いながら町をみたのですが、ハロゥングッズはあまりみなかったような、、。 日本は最近大騒ぎしているようですが。

1999年10月に亡夫とブレーメンからコーブルクまで旅をしました。アルバムを引っ張り出しますと、ヴァルトブルクでは、ほとんど同じアングルの写真を撮っています。お城の隣のホテルに泊まりましたので、ライトアップも見ることができました。懐かしくも楽しい思い出です。カボチャのお祭りは、あの旅で初めて知ったような気がします。

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