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2017年3月19日 (日)

南イタリアから帰ってきました  『ふたつの海のあいだで』

3月6日から17日まで 南イタリアロマネスクの旅 に出かけていました。
南イタリア、さぞかし暖かい太陽、青い海!と思われるでしょうが、、、 寒かったのです。 日本も寒かったようですが。
でも予定の教会がすべて見られたうえ、添乗員の山口さんが私たちの希望を察し、気をきかせて、予定表にはないブリンディシにも行けるよう会社に交渉、素敵な彫刻を見られるよう 手配してくださり、大満足の旅でした。 彼女に大大感謝です。(彼女は時差の関係で2時まで起きていて、会社が始まる10時に電話をいれて話をつけてくださったのです)それに旅行会社も希望にこたえて現地ガイドまで手配してくださいました。
 
ロマネスクの教会が見たい、なかんずく サンタンジェロ・イン・フォルミス聖堂というナポリ近郊の教会のフレスコ画は 20年来の憧れでした。
でもロマネスク教会だけではありません。フリードリッヒ二世のお城、カステル・デル・モンテもずっと気になっていたところです。それと、最近 (2015年4月)読んだ、カルミネ・アバーテ著の『風の丘』 の舞台、カラブリア州(イタリアは長靴の形にたとえられますが、そのつま先から甲にかけての部分あたりです)に行ってみたい! ということも旅行を決めた大きな理由です。 ともかく ロマネスク趣味の方は少ないのか、なかなか催行されない、今回も三年ぶり? とか。 最小催行人数ぎりぎりの10名での旅行でした。
 
ところで、旅行前日、新聞広告でカルミネ・アバーテの新刊が出版されていることがわかりました。矢張りカラブリアが舞台とあっては なんとしても読みたい。迷わずバスに乗って本屋へ。 、前日 数ページ読んで あとは機内で、5時間くらいで読了。
そういうわけで、旅の速報前に今日はこの本について
 
ふたつの海のあいだで』 カルミネ・アバーテ 著 新潮社クレストブックス
 
 
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表紙に描かれているのは イチジク です。
この小説は ≪イチジクの館≫ と呼ばれる伝説の宿の再建をめぐる話なのです。
『風の丘』 同様ある一族をめぐる、ここでは三世代にわたる物語です。
カヴァーに書かれた紹介から
イタリア南部、ふたつの海を見下ろす小高い丘に、かつて存在した≪イチジクの館≫。主の血を引くジョルジュ・ベッルーシは、焼失した伝説の宿の再建を夢見ていたが、ある日突然逮捕される。身勝手な祖父ジョルジョの言動に反発を覚えながらも、次第に心を動かされていく孫 フロリアン。数世代にわたる登場人物の声により、 この土地の来歴を解き明かす、スリリングな長編。
 
イチジクの館という宿はその昔作家のアレキサンドル・デュマも泊まったことがあるという栄誉を担った宿。場所はふたつの海 ティレニア海とイオニア海を見下ろせる丘の上の架空の村 ロッカルバ。それをジョルジュが再建しようという話が一つのテーマとすると この家族をめぐる話も大事な要素。 
祖父ジョルジュのバーリ住むパトリツィアへの想いと旅、その途中で出会ったドイツ人写真家ハンス。そこから次の世代が始まり、娘のドイツへの旅、。
その結果、ドイツに住むフロリアンは夏には両親に連れられて祖父母の住むロッカルバで過ごします。暑い村への反発とそこで迎える思春期。 
≪イチジクの館≫ が 焼けてしまったことの経緯を聞きながら、読者もイタリアの歴史の一コマを知ることにもなり、また館再建途中の事件から、シチリアのマフィアよりも恐ろしいといわれる、超ヤクザ組織のことなど恐ろしさに震え 、、。 スリルもある一方 家族の絆の強さ、あたたかさにあふれた物語で、快調に読み進めることができました。
 
南イタリアに向かう機中であったせいか、出てくる美味しそうな食べ物の記述に注目。このうちいったいどれだけいただくことができるだろうかという期待でワクワクもしました。
 
サルシッチャ(腸詰)、ンドゥイヤ、サルディッラ(シラスのからし漬け)水牛のチーズなど、前菜でいろいろ頂けましたが、それらは旅行記に写真を載せるつもりです。
 
また 前に読んだ『風の丘』 には 春、丘一面を真っ赤に染めるスッラという花のことがでてきたので、まだ時期的に早いとは思うものの、目を凝らして探しました。バスの中から一瞬、あれかしら? とおもったところはありましたが、写真を撮る暇はありませんでした。
シポントという町はずれの教会のお庭で見たのが、そうだと確信しています。
 
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雑草みたいなお花です。調べてみると、この花からとったはちみつがあるそうで、それ手をに入れることも目的の一つでした。 はちみつは最後の最後、帰りのローマの空港で手に入れることができました。
お味は?我が家常備のアカシア蜂蜜と比べて しつこさはないのですが、お花の香がする、ということはなかったです。
次回 旅行記速報を 載せるつもりです。 
 
 
 

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コメント

tina様
残念ながら ロッサーノには行けませんでした。ロッサーノ福音書は有名ですね。 ネットで写真は観ました。コゼンツァからサン・デメトリオ・コローネを経てターラントに着いたのが16時半過ぎ。ロッサーノ見学の時間はとれなかったでしょう。 まだ冬時間ですから。
残念ですが、モンテサンタンジェロから西進し、トロイヤ、ベネヴェント、サンタガタデゴーティエなどにもいけたのですから、これでよし、と思っております。サン・デメトリオ・コローネは 金沢さんのとんぼの本にもでていますが、 蛇の オプス・セクティーレ とよばれるモザイクで有名です。
もうすぐブログにも 写真を載せるつもりでおります。
時間があれば、カノーザにタクシーで行ってボエモン(ロベール・ギスカールの長男でアンナ・コムネナが素敵! といった十字軍騎士)のお墓が見たかったのですが、海の見えるホテル(ビシェーリエ)に入った途端、もう一度出かける元気がなくなってしまいました。もう 5年も前なら絶対でかけていたのですけれどね。
もう 私もあと何年、海外にでかけられるか、という年齢になってしまいました。
母は大腿骨骨折で人口骨頭をいれましたが、もう自力では歩けず、車いすです。でも元気ですので、心配しながらも遠出をさせてもらいました。 

ではロッサーノはにはいらっしゃらなかったのですか?紫色の羊皮紙の世界最古といわれる聖書があって、本になっていたので買ってきました。日本人が珍しいらしく、新聞社が写真をとっていきましたっけ。スティロというところにはアラブ・ノルマン様式のラ・カットリカ聖堂があってこれも印象的でした。サンタンジェロ・インフォフォルミス、カステル・デル・モンテは別のツアーで行きました。サン・デメトリオ・コローネというのは知りませんでしたが、旅行記で見せていただけるのを楽しみにしています。私はほとんど朝日ですがユーラシアもいいようですね。元気があったら行きたいけどもう無理ですね。平衡感覚が老化したせいだと思われるめまい(ふらふら感です)のせいで長い距離は歩けませんし、夫は大腿骨骨折で人工骨頭になりましたし、ペースメーカーを入れたりしてたびたび入院したためかやはり長くは歩けないので国内旅行も無理になりました。お若いことが何よりです。
では旅行記、お待ちしていますね。・

tina様 早速のコメントありがとうございました。
『風の丘』 をよんで すぐ南イタリアRomanesqueツアーに申し込んだのですがそのときは、催行されませんでした。 利用したのは ユーラシア旅行社です。 朝日と比較検討、 すでに行っているシチリアには行かなくてもいい、と考えたこととユーラシアには サンタンジェロ・イン・フォルミス、カステル・デル・モンテが入っていることが決め手でした。
でもブリンディシ、ロッサーノが入っていないことを残念に思っていました。サン・デメトリオ・コローネに行った後 ロッサーノによってもらえるかな、とおもったのですが、 何しろ山道で時間的に無理なようでした。
「ブリンディシがはいっていないなんてー」 と話しているのをききつけてオトラントに行く通り道で、オトラントは連泊なので、すこしきつくても大丈夫、と添乗員さんが判断されて会社に交渉してくださったのです。本当にうれしかったです。 tina様は このあたりいらしたのですよね。景勝ルートですよね。
前半お天気も悪かったのですが、狭い山道をクネクネ行ったり、海辺を走ったり、景色も堪能できて幸せに思っております。 

南イタリアのロマネスク!最後の旅行がまさにそこでした。懐かしい・・・
この本も今読んでいる最中です。「風の丘」より面白いですね。その前に「偉大なる時のモザイク」が出ましたが、それより面白そうで先に読み始めました。この本の訳者のex-mrito(元夫)にイタリア語を習っていました。旅行会社はどこかしら?旅行記、楽しみにしています。いいな、いいな・・・

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