映画 「セールスマン」
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図書館から予約してあった本が相次いで届きました。
旅日記作成をいそいでいるので、どちらもそれぞれ一晩で読み流しました。
『陸王』 池井戸潤著 集英社
テレビドラマ 下町ロケット とか 倍返しの流行語を生んだ 半沢直樹シリーズの作者です。
『陸王』 ここでは ロケット部品ではなくランニングシューズ作りです。。
行田市は昔から足袋の生産で有名ですが、和装がすたれて業者は青息吐息。
〈こはぜ屋〉 の当主 宮沢は昔、地下足袋を作ったこともあることから、ランニングシューズ制作を思い立ちます。はだしのランナーだっていたのですから、足裏で地面がつかめる足袋のような靴はいいいのではないか?
つてを頼り、助けられたリ、陰険な邪魔が入ったり、でも結局は努力する者は報われるのです。
マラソン、そうでなくても ポーツにもう少し関心があれば細かいところにも納得しながら読めたと思うのですが 『下町ロケット』 と同工異曲、という感想を持ってしまいました。
調べてみるとこれもテレビでドラマ化されていました。これまで見たこの人の作品によるデレビドラマどれも面白かったことを思うとみていなくて残念な気がします。 「花咲舞がだまっていない」 なども痛快で元気がもらえた気がしたし、、、。
『遠く海より来たりし者』 暖あやこ著 新潮社
何となくロマンチックなタイトル、そう思って予約したのに何だか気味の悪い小説でした。
製薬会社の広報担当者 薫 は社史の編纂を命じられ、ある年代の資料がごっそり抜け落ちていることから倉庫のある岡山の支社に赴き、そこであるノートを見つけます。
そのノートには、体に異変を生じた女子大生が解決の糸口を求めて、瀬戸内海の地図にも載っていない島に渡って、そこで遭遇した出来事が綴られていました。
薫とその家族にまつわる 話が徐々に浮かび上がってきます。
カブトガニから抽出された成分による薬の製造とそれに伴って生じる出来事(明らかにするとネタバレになりますから、こう書きます)
少しSFめいたところのある小説でした。登場人物の関係なども気になり一気読みしました。 でも とても良い薬ができたものの、それに伴う障害(ネタバレになるので具体的に書くことは差し控えますが)を受け入れることについては私は どうかな?という気持ちを禁じ得ませんでした。
それもなくてこそ真の開発といわれるのでは? という疑問を持ちました
もしかしたら著者は異形ということについての考えもただしたかったのでしょうか?
近頃 ちゃんとした読書、というものをしていません。旅日記を書くための調べもの読書はしているのですが、小説や現代社会関連の本を読んでいないのです。読み始めても続きません。 ゆゆしいことです。
この本は 図書館で借りました。乙川優三郎の小説は心優しく抵抗なく読めるので、あまいな、誰もがこううまくいくはずはないのに、などと思いつつ、一気読み。
『R.S.ヴィラセニョール』乙川優三郎著
この一風変わったタイトル、実はこれはこの小説の主人公の名前なのです。Rはレイの略。
レイは 房総に染色工房を構え工芸展に入選してなんとか染色家として立っていきたいと 頑張っている女性です。乙川作品ですから、ちゃんと良い結果は出せるのですが、、。
レイは父親がフィリッピン人、母親が日本人の混血児(ここではメスティソと言っている)で見かけが日本人らしくないので、小さいころからいじめられ、それゆえの失恋も経験しています。
今は近くに住むメキシコ人と日本人との間のメスティソであるロベルトと親しくしています。
彼は草木染をする人で仕事を助け合ったり、同じメスティソ同士、気の置けないおしゃべりのできる仲です。
東京に住むレイの両親は母親の実家の助けもあって、もちろん本人たちの努力もあってそこそこと良い暮らしはしています。ところが父親が癌になってしまったのです。
彼は頑強にフィリッピンに行きたがります。死を前にして望郷の念がいや増したのとばかり思っていたら、そうではなく彼にはし残したことがあったのです。
そうして明らかにされるマルコス大統領による圧政とその犠牲者、なぜ、父親が日本に働きにくることになったか、、、。
時代小説を書いていた乙川優三郎が時代を現代にしたのには、そうするだけの理由があったように思われます。今日的なテーマで書きたいことがあったからではないでしょうか。
またロンドンでテロがありました。今 移民、難民は世界的な問題です。
日本でももっと移民、難民を受け入れるべき、という議論があります。でもそれに対しては 気の毒だからもっと多くうけいれてあげたい、とか逆にみかけが違う人が来るのはどうも、とか、いずれにしても異国で暮らさざるを得ない人がどんな思いをしているのか、蔑視や嘲笑にたえて暮らしている人も多い、などというところまで踏み込んで考えてはいないように思います。(私も)
この小説はそういう問題提起を含んだ小説とも言えると思いました。
興味深かったのは色彩感に関するところです。レイもロベルトもメスティソ、父親がそれぞれ フィリッピン人、メキシコ人です。
あれは色に対するある種の逃げではないか、、、、伝統文化のうちに多くの優美なものを持ちながら、遠くに眺めて生活の中に置こうとしない、色や形状の美に淡泊な人たち、
、、、染織家の中には、日本の特殊性を意識するあまり、繊細な日本、原色の大陸と決めつけて、おとなしい希少な色を鍾愛し、渋さの分かる目を自負する人が多い。だが、同じ民族の、近世の装飾や着物の華やかさはどう考えるのか。
細やかな季節感に溢れた日本の風土に原色の多色使いは映えないと先人に教えられ、人々は信じてきたが、鮮やかな紅葉を愉しみ、紺絣に赤い襷掛けで働いてきたのも日本人である。 (斜字体は 本文より引用)
こういったことを100%日本人ではない、それぞれ違った父の国を持つ人間に語らせたかったこともメスティソを主人公に持ってきた理由かと思ってみたりもしました。ロベルトとレイ二人の感じ方の違いも面白かったです。
ただ、メスティソに語らせなくてもこういった色彩論は納得のいくものです(私のロマネスク好みはどなんだろう?なんて思ったりもしましたが)。
琳派のことも出てきます。
植物から作った色の名前、、。 根津美術館で観た絵をおもいだしたり、『日本の色辞典』(吉岡幸雄著、紫紅社)を開いて色を確かめたりして、しばし楽しい時間を過ごしました。
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南イタリア旅日記(ホームページ版)下書きが5日目まで書き終わったところです。
旅は三度楽しめる、といいますが、今その3回目を楽しみながら書いています。
写真のリサイズも同時にやっていますので、下書きが終われば一気にいくはずですが、、、。今月20日をめどに頑張っています。
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