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2018年5月29日 (火)

函館、松前、江差旅行 2日目―1 立待岬

2日目 5月2日

このホテルは 朝食の美味しいホテル北海道№1だそうです。(全国2位)

開始の6時半に行ってみると、もう行列です。先に座席を取っておいてください、とホテルの人が交通整理、しかし思ったより早く5分くらいで食べ物のところに到着。

先ず 焼き物、 小食の私はパスです。 

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煮物につづいて、載せ放題で評判の海鮮丼カウンタ― 

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私の朝食、

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少し寂しいので、主人のを

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一度に二杯分作って持って行かれる方もいらっしゃいました。

このほか 洋食コーナーもあるのですが、私のおなかは容量が小さい、それにツアー出発前に出かけたいところがあるので 気もそぞろです。

函館、といえば 石川啄木です。啄木は明治40年5月から9月、正味4か月間、函館に住んでいました。 とても気にいったらしくて、死ぬときは函館で、と言っていたほどです。
亡くなったのは 東京ですが翌 1913年 一周忌、 宮崎郁雨 らにより、函館にお墓が建てられたのです。場所は立待岬。調べると、ホテルから車で10分くらいですので、昨夜 フロントにタクシーの手配をお願いしておきました。主人は遅れるのが心配で残って荷物をロビーに持って行って待っている、というので、一人で出かけました。

タクシーは7時の約束 ロビーにおりるとちゃんと運転手さんが待っていました。普通のタクシーではなく 観光タクシーを予約してくださっていたようです。 

乗ると左右の説明を あれこれしてくれました。

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文芸評論家の 亀井勝一郎氏も函館出身だそうです。

青柳町 啄木住居跡 この先をすこし行ったところだそうですが、今その家はありません。

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函館公園  桜の名所で みごとでした。向こうに函館山が見えます。

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ここには 歌碑があります。有名な

 函館の青柳町こそかなしけれ友の恋歌矢ぐるまの花 

が刻まれているそうです。

岬への最期の道は狭くて大型バスは無理かもしれません。 墓地が両側にありますが、海側墓地のきれる最後のところに 砂山影二 の歌碑。 

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啄木を慕っていた歌人ですが、大正10年、20歳の時に青函連絡船から身を投げて亡くなったそうです。

その隣に啄木の面倒を見た 宮崎郁雨(1885~1962年、啄木夫人の妹と結婚)一族の墓

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蹣跚と夜道をたどる淋しさよ 酒はひとりし飲むものならず

その隣、回り込むようにして数段上がると啄木一族の墓があります。将棋の駒のような形です。

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刻まれた歌(直筆)

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東海の小島の磯の白砂にわれ泣きぬれて蟹とたはむる  啄木

矢張り、啄木といえば、この歌になるのでしょうか。

実を言うと私は啄木があまり好きではありません。借金しまくって(宮崎郁雨からは現在のお金にして150万円も借りている)遊んで甘えた歌を詠んで、、、。

でもこのも細い字を見ると、そぞろ哀れをもよおしました。なんといっても弱冠26歳の病死は かわいそうです。

一人でくれば 此処で引き上げるところですが、運転手さんに裏も見るよう促されました。

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読みにくいですが、おれは死ぬ時は函館へ行って死ぬ  の文字が読めるはずなのですが、、。 郁雨の弟にあてた手紙だそうです。
函館での生活はきっと楽しかったのでしょう。

しばし、墓地から海を眺めました。

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この向かいのどこかが啄木の愛した大森浜、啄木小公園もあるのですが、Googleマップでは景観的にさほど、と思ったので、立待岬に来ました。翌日空港へ行くとき横を通りました。こちらの来て正解。

すこしだけ車に乗って与謝野寛・晶子の歌碑のたつ場所へ(右手の岩に嵌め込まれています)。

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今日はお天気はなんとか大丈夫でしたが、寒い!
それにここは吹き曝しですから 強風で寒さが身に沁みます。岩陰で風をよけて歌碑を見ました。

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寛  濱菊を郁雨が引きて根に添ふる立待岬の岩かげの土  寛

晶子  啄木の草稿岡田先生の顔も忘れじはこだてのこと  晶子

晶子の歌、うーん、です。

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立待岬 は 津軽海峡に面しています。晴れていれば下北半島が見えるそうです。

これでホテルに戻ります。運転手さんは気をきかせて来るときとは違った 山の上のほうを行くコースをとってくれました。

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はっきりしませんが 両側に海が見え、左にホテルも見えます。右が津軽海峡、左が函館湾

碧血碑 旧幕府軍の墓入口近くを通りました。

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町中にもどってきて、 亀井勝一郎生誕の地

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↓二階が洋風、一階が日本家屋の家。明治42年に建てられたもの。

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ホテルには 7:37頃着きました。道中の説明も丁寧にしてくださって、2150円、お安くてもうしわけないくらいでした。 8:15出発に余裕で間にあいます。

続きは 次回に

 

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