南北ドイツの旅 そのⅢ
10月28日
今日午前はホーエンツォルレン城見学、 その後テュービンゲンに戻ってランチのあと市内観光です。でも私は行ってみたい修道院が二つあります。ホーエンツォルレン城は姿がよいので眺めてみたのですが時間的にタイトになりそうです。それでお城はあきらめて自由行動とさせてもらい、ランチは一緒ということにしました。
行きたいのは ベーベンハウゼン修道院とヒルザウ修道院。どちらも山川出版社の『世界歴史の旅 ドイツ』に出ていました。
(分野は何となくしか分からないのですが)ドイツ専門家の方のブログに訪問記が載せられていたことも大いに刺激になりました。
調べるとベーベンハウゼンにはテュービンゲンからバスで18分、ヒルザウはカルフからなら15分くらいでいけそうですが、テュービンゲンからでは時間の制約もあるので、タクシー利用がよいと思われます。
ヒルザウ博物館は午後1時からなので、午前中にベーベンハウゼン、お昼のあと、ヒルザウという予定を立てました。
バスの時間はグーグルマップでルートをしらべると簡単に出てきます。1時間に3本くらい出ています。
皆さんの出られた後、9時過ぎに川沿いの道をゆっくり写真を撮りながら歩き、途中で心配になって通る人に確かめながら 25分くらい歩いて駅へ、駅の斜め向こうにバスステーションがありました。
9:50頃 少し遅れてきたバス。待っている人に確かめると、運転手さんにきいてくださって OK,、乗ってお金をはらって運転席のすぐ横に座ると、着いた時にすぐベーベンハウゼンと教えてくれました。
バス通りからベーベンハウゼン修道院は見えます。入口は?通りがかりの人にきいて、(どこからでも入れるようでした) 敷地内に入り、インフォーメーションへの指示にしたがってチケットオフィスのところへ。

緑の塔 修道院の外回りの道 塔と塀が見えています。
入場料5€払うと「国はどこか?」ときかれ、 Japan と答えると日本語の案内書をわたされて回廊周りだけが見られるといって、先に進むようにと ドアを指さします。(10:10)
すぐ回廊に出ました。案内書にしたがって、回廊の周りの部屋を見て回りました。

全体、ゴシックでロマネスク好みには少し合わないのですが、寒い朝、中庭の泉水から絶えず水の流れる音がして誰もいない張り詰めた空気の中、一人歩くのはとても気持ちがよかったです。
こういうところはやはり一人で来るに限ります。
マウルブロンの様にゴシックの泉水館があります。 しかし中に泉水盤はありませんでした。

中央につき出しているのが 泉水館 その手前に泉水。
庭の中央の泉は絶えず水が流れていました。そのせせらぎ、というのはおかしいかもしれませんが、音が静けさの中、とても心地よかったのです。とてもとても幸せな気分。
部屋の一つ、柱頭(後からゴシックの飾りをつけたのかとも思われましたが)がこれまで見たことのないタイプでした。

2階には 修道士の寝室などもあり、隣接する教会(ロマネスクは一部のみ)なども見ました。
1時間余りゆっくり見て、バス停へ
11:55ごろ 少し遅れてきたバスにのって、駅の一つ手前 ノンネンハウス(尼僧院)で下りると、昼食レストランまで 2,3分。
少しぶらぶらしてお店に入り、ジャパニーズグループというとすぐ席に案内されて12:30ジャストに着席。 少しおくれてきたグループの方々とお食事のあとわかれて、先ず気になっているヘルーダーリンの塔へ、これが目的のテュービンゲンだったのですから。
川沿いを歩いて残念!!!修復中!!

修復用の足場に囲まれた塔を見て横の階段を上がって家の前へ、 観光グループに誰かが説明していました。 それから タクシー乗り場へ。
値段について確かめ、乗車。14:45
運転手(黒人でした)は道を知らないと渋っていたのですが、番地をグーグルマップにうちこんで確認して行ってくれました。(絶対 現地語、または英語で建物或いは所番地を控えていく必要があります)
実はこの運転手、とても親切でした。
1時間余りのドライブ、 最後は道に迷いましたが、 聖アウレリウス教会到着、
16時数分前でした。横のmuseumのドアがが開かないので、先に教会へ。
上記のfrau_katze様のブログにあったように中は真っ暗。一生懸命さがしたのですが、明かりのスイッチはありませんでした。
暗い中 そうして手振れしながら撮った写真

方円柱頭のまさしくドイツロマネスク。奥のレリーフもこれまで見たことのないタイプした。
出てくると運転手が 「ミュージアムは見ないのか?」「 閉まっていた。」「レディが5分だけ開けてくれるって」。 16時、閉館を過ぎていたのですが彼が交渉してくれたのです。いそいで走るようにしてみました。

カロリング朝の書見台の一部という説明がありました。ロンゴバルドです!
時間がないというのに、2階もみるように言われてざっと見ました。ゴシックの彫像が多かったです。
その後少し車移動してヒルザウ修道院跡地へ
運転手は此処で待っているか、それとも一緒にいこうか?では一緒に。

↑入口 入場料などとりません。勝手にはいってよさそうです。
ヒルザウは マウルブロン、ベーベンハウゼンのようなシトー会ではなく、クリュニュ―と同じけ系列です。クリュニュ―と同様教会改革を担ったのですが、シトー会の隆盛とともに廃れてしまったのです。その後プロテスタントの神学校にはなったのですが。(詳しくはホームぺージで)
中庭を囲む回廊のアーチ列。手前の円形に石が残っているところが、泉水館の跡と思われます。向こうの塔は唯一残ったロマネスク時代の塔(ふくろうの塔とよばれている)です。

日差しが強くて眩しくて、廃墟の哀愁があまり感じられないのが少し残念でした。
でも いいです!ここも殆ど一人、明るさのなかにも落ち着きがあって、
矢張り一人旅もいいものです。

↑教会跡、 祭室方向

教会↑西入口方向を見る。ゴシック時代の柱の基台部分が残っています。
1時間余りボーっとみていました。運転手も感にいったように見呆けていました。
駐車場に戻る時、矢張り彼と一緒でよかった!私は方向音痴なので、一人では入口を簡単にはみつけられなかったでしょう。
1時間ほどドライブして今度は迷わず一直線、カルフの町の横を走ってホテルへ
18:10到着
今日は夕食フリー、近くのイタリアンレストランに行こうとしたら、閉店
結局あり合わせのお菓子などで済ませましたが、心は満足感でいっぱいでした。
教会のこととなると、延々と書きたくなってしまいます。随分セーブはしましたが、長くなったので 一度切ります。
コメントにお答えして ヒルデスハイム大聖堂のイルミンの柱の写真を 追加します。

拡大したので 頁の地模様がうつっています。
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ピーチ様
思いがけなくまた ヨーロッパ中世に浸ることができて 嬉しく思っています。
この ヒルデスハイムのイルミン柱の上の十字架。きれいです。
でもウイキの記事で イルミンを図案化したものがネオナチに利用されている、という記事を読みまして、少し嫌な感じがしてしまいました。 異民族に対する勝利、と捉えると現在の世界情勢からは不穏です。シャルマーニュ当時は 当然のことも 時代によっては見方が違ってきます。
祭壇奥において 両方を崇拝する、という考えならいいのですが。
なお樹木崇拝を廃する、ということでは トゥールのサン・マルタンの話も有名です。 これはイルミンではありませんが。
異教徒が崇拝する神樹を切らせようとしたとき、木が倒れる側に聖マルタンが立つことを条件に木を伐ります。倒れる瞬間に マルタンが手を挙げると木は反対側に倒れた、というエピソードです。 このエピソードを彫った柱頭がヴェズレーのサント・マドレーヌ教会にあります。
http://ykharuka.s113.xrea.com/UK_France/ukfrmain.html 7日目
キリスト教布教の際のエピソードなど、 初期中世、なかなか面白いです。
投稿: yk | 2020年10月23日 (金) 11時06分
yk様
お手数おかけしました。ありがとうございます。
ヒルデスハイム大聖堂のイルミンの柱ですが、今では水晶の十字架が
飾られているのですね。美しく立派ですね。貴重なものを見せて頂きました。ガイドブックはもちろん一般的な本に出ていませんから、こうして見せていただくとうれしいです!
いろいろ教えていただきありがとうございました。
投稿: ピーチ | 2020年10月22日 (木) 15時29分
ピーチ様
其の後イツミンズールについて調べているうちにドイツ語版のウイキペディアで Irmisulの柱がヒルデスハイムにあることが記されていました。 そのページの写真を 参考にしていただければいいのですが、旅行時に撮った写真からみつけて 東ドイツロマネスク 4日目http://ykharuka.s113.xrea.com/2016eastG/eastG0401.html
に拡大写真を追加しました。 (反映されるには数日かかると思います)
買ってきた小冊子には
Irmin’s columun felled by Charlemagne - which now carries a pure quartz cross by the Hildesheim artisuts
とありました。この冊子に載せられていた写真、コメント欄には 貼り付けられないかと思い この本文の最後に貼り付けます。
投稿: yk | 2020年10月22日 (木) 11時36分
yk様
いろいろ調べていただきありがとうございました。
おっしゃるとおりにベーベンハウゼン修道院の柱そのものが樹木という感じがします。
樹木や自然を崇拝しモチーフとしたものが教会の装飾に取り込まれてきたということ
なのですね。古代の人々にとって自然はとても身近で崇拝の対象だったのですね。
ですから各地の古い教会の装飾に残っているのだなと思いました。
ご紹介いただいた旅行記も読みました。本当に歴史や建築の知識は豊富でいらっしゃる
のですね。私は阿部謹也さんや増田四郎さんの本が好きですが、こちらの旅行記を読むと
実際のヨーロッパの街や教会の写真と詳しい解説をしてくださっているので知識が具体的な
ものになり大変勉強になります。
ヨーロッパの歴史でも戦乱がとても多かったので、現在残っている古い教会や文物は
奇跡なのだなといつも思います。ですからそうした貴重な物を自分でも訪問したり
あるいは本や旅行記で読んだりすると、今素晴らしいところに来ているなとか
知ることができたのだなと感動するのですよね。もう海外旅行はできませんが
大好きな古代と中世ヨーロッパのお勉強はできますので続けたいと思いました!
投稿: ピーチ | 2020年10月21日 (水) 23時28分
ピーチ様
コメントありがとうございました。
カール大帝が 772年に パーダーボルン近くで ザクセン人と闘って 聖樹を倒壊して ヴィードキントを降伏させたことは、東ドイツロマネスクの旅 の旅日記 http://ykharuka.s113.xrea.com/2016eastG/eastG0301.html 3日目 を書くときに調べましたが、イルミンズールそのものをモチーフとして彫刻などに取り入れたかどうかは知らなくて、 少し調べてみたのですが、手元にある数少ない資料からは分かりませんでした。 マリア・ラーハ修道院で買ってきた本にもそのような記述はありませんでした。ウイキに出てたIrminsulの 図案化したものから、マリア・ラーは修道院教会のクリプトの柱頭が、もしや? と思い旅路はるか の写真は暗かったので、 明るく加工した写真を 付け加えました。http://ykharuka.s113.xrea.com/2018wgroma/wgrtop.html 7日目-Ⅱ
ベーベンハウゼンの柱はどうでしょうか?柱自体が木のように思えますが。
イルミンズールそのもの、というより 一般的に樹木崇拝としての木ということでしたら教会内に 葉のモチーフはたくさんあります。 大体 Gothicの教会は 森 教会の中に取り込んだ、といわれるくらいですから。生命の樹、という概念もあります。
北欧には イグドラシルの話もあります。イルミンズールについてはまた調べてみたいと思います。
コメントをくださったので 久しぶりに 胸躍る体験をしました。ヨーロッパの中世、初期中世は大好きですので。
投稿: yk | 2020年10月20日 (火) 23時29分
はじめまして。ピーチと申します。ベーベンハウゼン修道院について調べていまして
こちらのブログを知りました。よろしくお願いいたします。
私はヨーロッパの古代から中世にかけての歴史に関心があり、本で調べたり現地に行かれた
方の旅行記を読むのが大好きです。私も旅行が好きなので、こうして旅行記の写真や感想
を読むと新しい知識が増えてとても有意義だなと思います。
ベーベンハウゼン修道院の柱頭の装飾ですが、もしかしてイルミンズールをモチーフに
しているのかなと思いました。私は修道院の建築や装飾などについて全く専門知識を
持っていないのですが、以前、キリスト教化される前のザクセン人の神木である
イルミンズールがその後も教会の装飾に使われていることがあると読んだことがあり
ます。カール大帝によってイルミンズールは切られてしまったそうですが、モチーフに
した装飾は密かになのか容認されていたのかわかりませんがドイツの教会で使われて
いることもあるようです。マリア・ラーハ修道院の柱頭にもイルミンズールの装飾が
あるそうです。ですから今回の写真で、もしかしたらそうなのか、単に素人の楽しい
妄想かわからないですが、とてもワクワクして楽しいです。
それから聖アウレリウス教会とカロリング朝の書見台の一部ですが、これも素晴らしい
ですね!私は特定の信仰を持たない人間ですが、こうした古い教会や品がとてもありがたい
感じがして好きなのです。長い風雪を耐えてきたものに対する畏敬の念を持つからですね。
貴重な写真を見せて頂きとても勉強になりました。ありがとうございます。
本当に素敵な旅をなさっていると思いました。まだすべての旅行記を読んでいないのですが
ゆっくり読んでいこうと思います。
投稿: ピーチ | 2020年10月19日 (月) 11時50分