パラジャーノフ 「スラム砦の伝説」
次に観たのは「スラム砦の伝説」1884年制作 です。
中世、トビリシのスラム砦建設にまつわる人柱伝説の話です。
一昨日の夜遅く観たので、不覚にも途中で意識が途切れることが何回か。そのため観終わった時にはストーリーがよくわかりませんでした。第一に私の意識がとんだせいですが、この映画の事情にもあります。旧ソヴィエトでは多民族、多言語のためロシア語のボイスオーバーというのがついて、男性の声ですべてのセリフが流れるのです。女性の言葉もその男性です。元の言語はほんの少ししか聞こえません。それで誰がしゃべっているかわかりにくく、顔も遠景だと区別がつきにくいのです。
そこで改めてkikuko様のブログを読ませていただいて、ストーリーを確認。ごちゃごちゃになってしまった原因も分かりました。昨夜再度観ました(今回は一睡もしませんでした!)
ストーリーを書いてしまいますが、ともかくパラジャーノフの作品は映像が素晴らしいのでこれからご覧になる方の妨げになるとは思いません。でも心配な方は以下お読みにならないでください。
トビリシ(現在のグルジアの首都)では王は町を守るために砦を築いています。しかし一か所南の門のスラム砦だけは造ってもすぐ崩れてしまうのです。
こういう国の情勢の中、主人公のドゥルミシハンは奴隷身分から解放されるのですが、恋人のヴァルドーは王の所望でダンスをすることになります。(踊るだけでなくどうやら囲い者に召し出されるということのようです)
嫌がるヴァルド―をお金をためて身受けするから、と王のもとに連れて行きます。

(この映画も舞台の一場面のように正面を向いて活人画てきなところがあります。ザクロも出てきます)
ドゥルミシハンは王宮から帰る途中、王の使いによって馬を奪われます。

(映し出されつ雄大な景色は感動ものでした)
一人さまよっているうちに隊商の長の目に留まります。
そこで彼の身の上話を聞かされます。(私はここで誰の話か分からなくなって混乱したことが判明しました)。
長オスマン・アガはグルジア人だが公爵を殺す羽目に陥ったため名前も宗教も変えてイスラム教に改宗しています。
ドゥルミシハンは隊商に加わり、改宗し、妻をめとります。

(グランシャロの港、どこかで、この名前、聞いたことがあるのです、現在の地名も、思い出せません!)登場人物は操り人形のような動きをする場面が随所にみられ、「ざくろの色」を思いださされました。この場面では手旗信号を送る人物の機械的な動き、下の荷物を転がす人達の動きも単純労働、苦役? 現わすためか規則正しき行ったり来たりします)
イスラム圏に行きます。

(中東の隊商宿が出てきたなつかしかったです。またイランで観たよう蜂の巣型装飾(ムカルナス)も観られました。)
一方ヴァルド―は恋人を探し求めてさまよい歩きます。
あるところで占い師の所に行き、その老占い師が亡くなった後、後を継いで占い師になります。
そこへある女ががおなかの子の性別をききにやってきます。彼女がドゥルミシハンの妻であることを知ります。
その子ズラプは青い目の男の子。

(何かを暗示するような仮面をつけた踊り、これは彼の他の作品にもありました)
オスマン・アガは仕事をドゥルミシハンに任せ財産も半分を譲ります。
この場面で背景に現れた道化師。別の場面でも違った道化師が現れました。どうやらオスマン・阿賀の心の変化の時に現れるのかな?というかんじもします。
オスマン・アガは再洗礼を受けてキリスト教徒に、グルジア人に戻ります。
ズラプは背の高い美しい青年になります。
またしても崩れたスラム砦、どうすればよいかを聞くために占い師ヴァルドーの所に行くことになります。ズラプも一行の中にいます。占い師はズラプ一人だけに、砦が崩れないようにするには 青い目の背の高い男を人柱に、と告げます。
スラブは誰にもそのことを告げず一人で造りかけの壁の中に入り自分自身をそこに閉じ込めます。
子供の頃ズラプにいろいろ教えたシモンがそれに気づき、なんてことを、と言いながらも手助けします。
この場面では馬の落ち着かない動きと異変を感じるまなざしが印象的でした。

幼いころのズラプの姿が一瞬現れます。
聖ニノ、グルジアではもっともすうけいされている聖人
崇高な自己犠牲、というわけです。(途中で手助けする人がいました。その人が戦士の帽子?兜?をかぶせさせます。戦士の中の戦士、というわけでしょうか)

やがて砦は完成し、もう崩れないため、農作業も始まります。
ズラプは父がイスラム教徒であるのにたいしてキリスト教徒のようです。それもあって自分が該当すると確信したあと迷いがなかったのでしょうか。私はヴァルドーのさか恨みみたいでいやな感じがして、ズラプの純粋さが哀れでした。
ずっと以前サトクリフの子供向けの小説で『ケルトの白馬』というのを読んだことがあります。殆ど忘れていたのを思い出しました。王たるものの在り方として進んで犠牲になることを引き受ける話でした。サトクリフという人は海軍将校の娘で病気のためずっと車いすで過ごした人ですが、指揮官としての心得というか責任ということを父親の姿をとおして感じていたのだと思います。
これを思うと、この映画では王あるいは王子が引き受けるべき、ということになるのですが。
一度目に見たときは内容がよく把握できなかったせいか、ときおり、「ざくろの色」のようなあやつり人形風な動き、とか絵画的場面とかが入るのが亜流っぽくて、どうかと思いましたがストーリーがわかって見ると、そういうところも楽しめました・
一番感動したのはコーカサス(でしょうね)の雄大な景色です。
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kikuko様
広場の 周りの壁の間に立つ像、よく見ると やはりセットという感じがします。この立像をみて アテネのエレクティオンの女人柱を思い出しました。
セットであればなおのことなぜ女人像を持ってきたのかも気になります。ギリシャ悲劇の運命的なものを予感させたいとか。単純に 人柱、でもありますし。
この映画、含むところが多すぎます!
投稿: yk | 2020年7月28日 (火) 05時46分
kikuko様
ズラプの人柱になることについての見方、とても深くていらしてなるほどと思いました。
私は少年スラブが突然出てきた意味がわかりませんでした。
少年の頃の戦士への無邪気な憧れとシモンによる教育があったというわけなのですね。
少し画像を追加して文章を変えたところがあります。
イエスの十字架を背負ったのがシモン、ということを考えると、シモンの手助けもなるほど、シモンという名も暗示的にと考えたりもしました。
どうやらオスマン・アガの決心を示す場だけだったと思うのですが、仮面をかぶった道化が出てくるのも意味ありげな感じがしました。
なにかにつけて体を左右に揺らすのも気になりました。振り子、でしょうか。
パラジャーノフの作品は 考え始めると深みにはまってしまいます。
投稿: yk | 2020年7月27日 (月) 16時07分
この作品を最初に観たときは、物語の展開にあちこちでつまずいて、訳がわかりませんでした。映画館で2回観て、さらにパソコンで観て、少しずつ理解できつつあります。イスラム教徒になってオスマン・アガと名乗っている人物をバグパイプ吹きのシモンと同じ俳優が演じ、回想や夢想と現実が入り混じっているので、混乱します。ブログに書き足したいと思いますが、いつになるやら。
ズラプの運命は父のかつての恋人の復讐でもありますが、壁に自らを埋め込む場面で、上のほうに綱が張られ、人形がぶら下がっていること、兜や胴鎧を渡し、漆喰を注ぐのが、シモンであること、少年時代のズラプが甲冑姿で喜びに満ちた表情で浮かび上がることで、幼いころからシモンによって植え付けられたヒロイズムがあって、子ども時代からの英雄になる夢を実現し、父の不実の清算と敵の侵略から人々を護るために進んで身を捧げたのだと思います。
オスマン・アガについては、結婚式の代父になった場面で、黒いワインで酔って、聖母マリアにキリスト教の聖堂で十字を切ることを許される夢を見たのはわかりますが、死にいたるいきさつがいまだに腑に落ちません。レンタル期間内に何度か見て、考えてみます。
いろいろな場面で何度も出てくる曲線を描く塀が中央で切れ、両側にアルカイックかなと思える人物像が立っている広場は、セットですかしら。
とても幸せなのは、こうしたお話ができることです。Ykさま以外に身近にパラジャーノフを観た方が見当たらないのです。、
投稿: kikuko | 2020年7月27日 (月) 10時47分