カタリ派の時代『聖杯の暗号』を読んで
家にはない思っていた『聖灰の暗号』帚木蓬生著 が本棚の奥から出てきました。
kikuko様が <今村らしき場所や天草がでてくる>と書かれていましたが、その記憶がなかったので確認したくてパラパラめくりながら結局 上下二巻 読み返しました。
小説はトゥルーズの図書館でカタリ派に関する古文書を発見したことから起こる事件の話です。

2007年刊行で、発売されてすぐ買って読み、ほかにもカタリ派に関する本や小説を読んで、カルカソンヌには行ったことがあるけれど他のカタリ派地域ベジエ、フォア、サン・ジロンなどへも行きたいとプランをねったこともあったのですが、実現させることはできませんでした。
この本を読み返しながら、カタリ派が広がっていった時代に思いをはせました。
私は以前、10年間以上ヨーロッパ中世のキリスト教の歴史に関連するカルチャー講座をうけてきました。その当時のレジュメを取り出しまた当時買った本などをひっぱりだして、少し頭の中を整理してみました。
この小説で扱われている古文書は1316年に書かれたもので、書いたマルティの祖父が子供の頃目にしたモンセギュールの火刑は1244年。火刑までせざるをえなかった、ということはそれまでに非常に異端が蔓延していた、ということです。
紀元1000年頃から社会は大きく変わったといわれています。商業交易が盛んになり貨幣経済が発達、鉄製 農機具の使用などによる農業の発展。一方、政治権力が崩壊して各地の城主層のフェーデと呼ばれる私闘なども頻発してこれに対処するために「神の平和」運動なども起こりました。
一方 教会はシモニア(聖職売買)・ニコライズム(聖職者の妻帯)により腐敗していました。聖職者はろくにラテン語も読めず、説教もいい加減、教会内を子供がちょろちょろしている(司祭の子!)、こういう教会を民が信頼するはずはありません。
個の観念は普通ルネサンス期からといわれていますが、12世紀にはすでに個の覚醒があったと言われています。(1215年には年に一度の告解が義務付けられています、これなども自分を振り返るこよにより、個の意識を目覚めさせた、と考えられています)
そういう中で民衆的異端が広がっていったのです。
カタリ派の異端はボゴミル派の異端からきているといわれ11世紀~14世紀まで続き12世紀には100万人の信者がいたともいわれています。
11,2世紀は大好きなロマネスクの時代です。起源1000年頃教会はそれまでのボロ布を脱ぎ捨てて白い衣をまとって現れた、といわれるように教会は新築ラッシュでした。
2019年秋に行った西フランスロマネスクの旅で参考にした『ロマネスクとその美術の周辺』では壁画解釈として、当時の異端を年頭に置いた解釈がされていました。
カタリ派は善悪二元論をとりこの世は悪と考えますが、こういう考えは人が苦しい状況の時にとる考え方でなので12世紀になぜ起こったかは疑問だそうです。
宗教的に目覚めた人々が腐敗した教会を頼らず、清貧に甘んじ納得のいく教えを説くカタリ派の僧に引き寄せられていくのは理解できる気もします。でも火あぶりは、、、。
サン・チャゴ巡礼が盛んだったのもこの時代。12世紀って面白い時代です。
カルチャーセンターで世界史の講座をとっていたころが懐かしい、本当に今は勉強しなくなってしまって、情けないこと。
くだらないことばかりかいてしまいました。
『聖灰の暗号』についてストーリーなどは書きませんでした。古い本で読まれた方も多いかもしれません。まだでしたら、お薦め。ミステリーとしては人物が都合がよく集まりすぎている感はありますが、カタリ派の人々の真摯な生き方も書かれていて感動的でもあります。
« このごろ 目、「ジョーンの秘密」、ジョン・ル・カレ、見星寺 | トップページ | オンライン講座 »
「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事
- 誕生日(2026.05.31)
- 子供達の来訪(2026.05.24)
- あけましておめでとうございます(2026.01.03)
- 息子夫婦の来訪(2025.10.14)
- 腰痛 ヘアカット オーガニック調味料 「沈まぬ太陽」 (2025.09.21)


コメント