天草・長崎旅行 2日目―1(天草コレジョ館、崎津)
12月17日(金) 8:00 出発
教会巡り観光タクシー4時間コースで最後は鬼池港につけてもらうよう頼んであります。
ホテルを出てまず祇園橋へ
昨日行ったことは告げてありますので車から見ただけです。
石造桁橋では日本最大で、長さ28.6m幅3.3mあり45脚の石柱によって支えられています。

「町山口川の 流れせきとめし 殉教者の むくろ数百千にして 名をばとどめず 徳壽」と刻まれています。
市街地を抜けると山の中を南下、時計回りに回ります。

運転手さんから懐かしい名前を聞きました。園田直元外務大臣(1913~1984年)(厚生大臣なども務めた、夫人が天光光)は天草の出身で天草五橋や今走っているサザンカロードを造ったのだそうです。

ずっとサザンカの並木道がつづいていましたが、車の中からはおかしな写真しか撮れませんでした。
私は崎津をしっかり見たいのでコレジョ館は割愛してもいいかとおもっていましたが、運転手さんは「素晴らしいので是非見て行ってください」と車を停めました。結果的には入ってとてもよかったので運転手さんに感謝です。
天草コレジョ館(8:50頃~9:30)
天草にはキリシタン資料館は3館、それと崎津資料館があります。一つは昨日行ったキリシタン館で祈りがテーマ。17世紀の弾圧・禁教時代を扱っています。
このコレジョ館は交流がテーマ 16世紀の伝来・展開を扱かっています。

かかりの方(あとで知ったのですが、館長さんでした。)が丁寧に説明してくださいました。
他に見学者はいなくて館員の方が多い、という状態です。
まず最初に「ザビエルはよくご存じでしょうけれど、キリスト教伝道に力を尽くした人として大事なのはアルメイダなのです」とルイス・デ・アルメイダの足跡(九州から近畿まで)を記した地図の前で話し始められました。葉室麟の『守教』でおなじみでヴィヴァ・ローダ(生ける車輪)と言われたほどあちこち布教に回った修道士です。
ルイス・デ・アルメイダ(1525年頃~1583年)
リスボンのコンベルソ(ユダヤ教からキリスト教に改宗した人)の家に生まれ、医学を学んだ後貿易商となった人物。
1552年に来日、ザビエルと共に来日して日本布教の礎を築いたと言われるコスメ・デ・トルレス神父と出会い、感ずるところがあって宣教師として生きることを決意。然し布教にお金がいることを知ってしばらく貿易に専念。巨万(?)の富を得てイエズス会入会。私財を投じて大分に乳児院、病院などを建て、お金は全て会に寄付、宣教師として活動をはじめたのです。(今も大分市にはアルメイダの名を冠した病院があるそうです)
1566年には天草最初の宣教師としての志岐(島原半島に近い地域)にやってきました。河内浦には1569年にやってきて天草氏父子など多くの住民がキリスト教徒になりました。アルメイダは1583年この地で亡くなりましたが終焉の地は確定されていませんし、お墓もみつかっていないそうです。禁教時代、秘密にされそのまま分からなくなってしまったのでしょうか。信者たちは嘆き感心だでしょうし、主が嘉みし給えばそれでよしなのかもしれませんが、のちの人々にも賞賛されてしかるべきなのに、そのよすががないのはと残念な気がしました。
館長さんは「天草と言うと天草の乱で知られた哀しい町と思われるでしょうけれど、実は南蛮文化の華開いた所でもあるのです」と 印刷機などを指し示しながらおっしゃいます。
天草のコレジョは1591~1597年まであり、その後長崎に移転。場所ははっきりと特定はされていないのですが、本渡の東向寺のある場所ではないかと言われていました。この東向寺も初代代官、鈴木重成が建てた天草四か本寺の一つです。
然し、最近イエズス会の施設一覧の中に「肥後国 河内浦にコレジオ」とあることがわかったそうです。河内浦(この博物館の所在地)のどこかはわかっていません。
セミナリオを出たあとさらに勉強する場所がコレジョ。履修科目はラテン語、ラテン文学、倫理学、歴史学、宗教学、日本文学、哲学、天文学など。正式な神父になるにはマカオにいって叙階される必要があったそうです。
横には大きなグーテンベルク印刷機(複製)が置かれています。天正の少年使節(1582~1590年)が持ち帰ったものです。四人の少年たちも帰国後このコレジョで勉強しました。

この印刷機で印刷された本のコピーをいただきました。ポルトガル式ローマ字で書かれていて にふぉんのことばとひすとりあを習いしらんとほっする人のために世話にやわらげたる平家の物語 と読めます。(はひふへほを H ではなく F で表しています)
当時、ヨーロッパの出版部数は300~500部でしたが、ここでは平均1500部、多くは3000部を印刷したと言われています。これは日本人の識字率の高さをしめすものであり、また、世界で最も大きい出版事業であったろう、とのことでした。
7年間に29種類のキリシタン本が出版され、現存するのは12種類(コレジョ館所蔵)。日本語、ローマ字、ラテン語など 様々な本が展示されていました。
宣教師の国外追放とともに印刷機もマカオに送り返されたそうです。
又少年たちが乗った南蛮船の模型も展示されていました。航海に使ったであろう天文儀のレプリカなども。
パイプが竹でできているパイプオルガンもありました。弾いてみてください、といわれてドレミファソラシドと弾いてみました。ちゃんとオルガンの音がしました。
この後 特別展も見ていってください、と別の部屋に案内されました。

チラシ裏

南蛮貿易を物語るものとして発掘、あるいは海底から引き揚げられた陶器の展示がかなりありました。
私が見られて最もうれしかったのは墓碑です。写真が撮りたい、と思わず口走ってしまったのですが、あっさり「いいですよ」そういえばここはカメラ禁止の表示はなかったのです。慌ててカメラを取り出しました。

慶弔11年IHS銘半円柱形墓碑 1606年に作られた墓碑で、天草上島の正覚寺で発見されたものです。
正覚寺は南蛮寺(教会)跡地に一揆後1646年に鈴木重成によって建立された曹洞宗寺院。寺のある上津浦地域は一揆軍の根拠地となっていました。切支丹墓碑は1985年の本堂解体時にみつかりました。寺の礎石として使われていて、これは意図的なものであったとみられています。(逆にこのことからここが南蛮寺跡地と特定されたのです)。このカマボコ形の墓碑は全国に4基しかなくそのうち2基がこの正覚寺にあります。
それを目にすることができたので大感激でした。
横を見ると、あら秋月で見たものと同じ、いえ、そのものでした。
「罪表十字紋瓦」特別展のために運ばれてきたようです。
カメラOK なので遠慮なく撮らせていただきました。


花十字紋の瓦も美しいです。
その他 メダイ、これまでもいくつか目にしたことがありますが、白蝶貝に彫られたものは初めて見ました。

白蝶貝のメダイ(16世紀後半から7世紀初頭、崎津製)聖ロヨラ 裏面はIHS と受難具が描かれています。
これは世界に3点あり一つはローマ、もう一つは長崎26聖人記念館。いずれも崎津製です。
小さい方
同時代の崎津製で金属製メダイを模倣したもの。磔刑と、裏面は、無原罪の聖母

二つとも 聖遺物入れで16世紀後半~17世紀初頭のヨーロッパ産
その他



中段のクルスは鉄砲玉からつくったもの。これらを手に最後まで戦ったのかと思うと胸にせまるものがありました。
大満足の見学でした。
企画展の図録を売っていましたので、もちろん購入。出品物すべての写真に説明がつけられていました。
館長さんの丁寧なお見送りをうけて恐縮しながら館を後にしました。
9:40 ああ、遠くに崎津教会が見えてきました。

崎津教会はこのように海辺にたっているので後陣側は湾を隔ててでなければ写真は撮れません。このまま集落の中に入っていくのかと思ったらそのまま少し山の方に入っていきます。どうしたのかと思ったら、対岸の写真スポットにいってくださったのです。


墓地を拡大すると

十字架がつけられているお墓も見られます。ここは多分右下がお寺でそのお寺の墓地ではないかとおもうのですが。
その後 集落に入っていきました。
「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」は1637~1638年の島原・天草一揆の後、江戸幕府によりキリスト教が禁じられている中で、日本の伝統的宗教や一般社会と共生しながら信仰を続けた、潜伏キリシタンの信仰継続にかかわる伝統の証となる遺産群です。一揆終焉の地や信仰が続けられた集落など12の資産で構成されていて「崎津集落」はそのうちの一つです。

まず行ったのが上の地図の1番 よらんかな旧網元岩下家です。勝手に入っていいそうなのではいってみました。



お玄関を入ると土間が突き抜けていてそのまま海側に通じています。

神棚もあります。

海側に出ると

奥の海につきでているベランダは「カケ」と呼ばれています。
カケは縄棚ともよばれ、延縄やその他の漁具を干したり、網の修繕をしたりする作業場でした。漁師たちは棕櫚や竹を使って 自分たちでカケを造っていました。棕櫚は脂分が多いので柱につかっても くさることがないそうです。 棕櫚の柱に 檜の垂木、その上から竹を使って床を造っていました。

お隣さんのカケはもう耐久年限をすぎているようです。海に突き出して家をたてているところも見えます。
海側から見た 岩下家

ここを出て諏訪神社下に移動。
長くなりそうですのでひとまず今回はここまでにします。



































































































































































































































































































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