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2022年3月19日 (土)

テレビ映画「美しきイタリア 私の家」

ウィリアム・トレヴァ―の『ふたつの人生』を読んだことを先日ブログに書きましたが、それを読んでくださったお友達のFさんがその中の一つ「ウンブリアのわたしの家、がドラマ化されていてWOWOWでやったのを録画してあるから」とDVDを貸してくださいました。

キャストにマギー・スミスの名があるのを見てこんなお年寄り、あの小説に出てきたかしら?でも大女優です。主役でしょうけれど、、、。
早速観ました。

美しきイタリア 私の家

イタリアの田舎を砂埃をあげて車が猛スピードで走っている所から始まりました。やはりミセス・デラハンティに扮しているのがマギー・スミスでした。丁度ミラノに行くために駅に急いでいる場面でした。
マギー・スミスって実年齢は何歳なのでしょうか?失礼ながら見かけのしわくちゃ度から行くと80代?小説ではエミリーは56歳ですが、どうしても57歳には見えません。運転しているのは長年の相棒のクェンティン。やせたアイルランド人のはずですが、でっぷり太っています。

乗り込んだ列車はコンパートメント。小説ではプルマンと書かれていないのですが、ここに登場する人たちだけでなく他の人物も目にしていますから、コンパートメントだとはおもえませんでした。

そういうわけで、本を読んで具体的なイメージを抱いていたわけではないのですが、最初の内かなり違和感をもって映画を観てしまいました。

マギー・スミス扮する宿(宿とは言いたくないらしい)の女主人エミリー・デラハンティ、原作の年齢設定を考えなければさすが大女優、観ているうちにだんだん、この役者でなければこの役は勤まらない、と思えてきました。
エミリーはオートバイ曲芸の両親に売り飛ばされ、けっして上品とはいえない(ベッドルームで稼ぐ仕事によってたたき上げられた、と書いています)波乱万丈の人生を送ってきた女性です。
何年か前からロマンス小説を書くようになってファンもいて今ではかなり裕福なようです。
上等そうなドレスに身を包み大ぶりなアクセサリーをつけたお金持ちの有閑マダム役に、押し出しの立派なマギー・スミスはぴったりでした。
そうして遭遇した列車での爆撃事件の被害者三人をウンブリアの屋敷に招きます。そのうちの一人8歳のエイミーは両親を亡くし一時的に失語症になっていました。豊かな自然の中で優しい樋地人に囲まれて暮らすうちにエイミーも言葉を発するようになってきます。
孤児になったエイミーの伯父が見つかります。みんながっかりです。
アメリカにいかせたくなくて、迎えに来た伯父ミスター・リバースミスにデラハンティが迫る所、ものすごい迫力でした。もともと上品な育ちでないのですから、品位を欠くなどという心配はしていないようです。氏が嫌がろうがお構いなし、強引に付きまとい、挙句の果ては夜中に寝室にまでおしかけるのですから。ちょっときちがいじみていますが、そこを堂々と演じていて凄みがありました。

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辺りの景色も石造りの屋敷はいかにもイタリアらしいのですが、その室内の調度品が凝ったアンティークでとても雰囲気がよいものでした<一階の部屋べやと内玄関に点在する骨董家具だ。刺繍をあしらった布張りのソファ、淡い色の椅子とテーブル、象嵌模様で装飾した書き物机、脚載せ台、ガラス張りの書棚、そして ダイニングルームのシャンデリア>
と本に書かれている通りの室内が再現されていてうっとり。

庭や室内での全員揃ってのディナー、それまでは全く縁のなかったひとたちですが、打ち解けてきてとても調和がとれた穏やかないい場面も見られました。

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誰もエイミーをアメリカにいかせたくないのです。

写真はネットから拝借
これはエイミーがアメリカに連れていかれる前、全員でシエナに遊びに行ったとき。左がミスター・リバースミス。ここでも ミセス・デラハンティは氏と話しをしようと皆から離れて飲みにさそうのですが、氏は注文したお酒を飲もうともしません。堅物らしく、接客業おてのものといった彼女と親しく口をきくつもりはなさそうです。(少々滑稽でもありました) 

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映画と本の大きな違いは最後です。
作家としてのミセス・デラハンティはハッピー・エンドでなくては、と言う考えの持ち主です。
この映画もそれに沿ったものにしたかったのか、最後、もう列車に乗ってしまったはずのエイミーが戻ってくるとことろでおわりになっていました。爆撃犯も本では不明のまま捜査は終了になっていたのですが、、、。

観る人にとっては「ああ、よかった!」ということになるのでしょうけれどトレヴァーの意図としてはどうなのでしょう。
映画が作られたのはトレヴァ―が存命中ですから、許可は得られたのでしょうけれど。映画はこれでよし、とされたのでしょうか。

ミセス・デラハンティ、そしておそらくこの屋敷の使用人たちにとってもこの1987年の夏は特別なものだったのです。
親に売り飛ばされ、波乱にとんだ人生をおくって子供をもつこともちゃんとした結婚もすることもなかったミセス・デラハンティです。彼女にとって生き残った者たちどうしの特別の愛の中で、いわば疑似家族のような絆で結ばれた小さなサークルのまるで奇跡のような尊いひと時、それは終わってしまったからこそ忘れられない貴重な思い出でとなるのではないでしょうか。
エイミーが引き返してきたら話は続いて、閉じた夏の思い出にはならないのです。
マギー・スミスの演技は迫力があり屋敷も素晴らしいものでしたが、結末が?の映画でした。

同じDVDに録画されていたのは

ル・デヴォース パリに恋して」 

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フランス人と結婚した姉のロクサーヌを訪ねて妹のイザベルがパリにやって来ます。ロクサーヌには娘がひとりいて今は次の子を妊娠中です。ところが、ちょうどその日、ロクサーヌの夫は浮気相手と一緒になる、と家を出ていくのです。

この離婚騒動に巻き込まれ、そのなかでもイザベルで恋人をみつけ楽しくおでかけ。
姉夫婦の離婚は決定的、で財産分割の話になります。そこでロクサーヌが実家から持ってきた絵がラ・トゥールの絵だということが分かってもめます。ふしぎなのは、結婚したら妻が持ってきたものでも夫にも権利があって「半分よこせ」になるのことです。日本の制度もこうなのでしょうか?まあてんやわんやの大騒ぎ。
またイザベルが恋人から送られるのがエルメスのケリーバッグ、それもクロコです。それが最後にほおりだされるのですから、まあもったいない!

おしゃれでちょっと贅沢、気分転換にもってこいのラブコメでした。監督が「ハワーズ・エンド」などを作ったアイヴォリー監督だと知ってちょっと驚きました。
楽しい映画でした。

 

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