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2022年11月15日 (火)

京都 4日目ー2 南禅寺  

南禅寺
1291年亀山天皇がこの地にあった離宮を禅寺としたものです。開山は大明国師。創建当時の伽藍は三度の火災により一宇も存在しません。現在のものは江戸時代初期以降のものです。
京都五山、鎌倉五山よりも上に置かれる別格の陣です。

境内図

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中門
1601年伏見城松井邸より勅使門として拝領。
「日の御門」拝領の後は幕末まで脇門と呼ばれていました。
皇室にゆかりのあるお寺なので塀に5本線が入っています。

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勅使門
1641年、御所の「日の御門」を築地とともに明正天皇より拝領したもの

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三門
火災で焼失していたので1628年、藤堂高虎が大阪夏の陣に斃れた家来の菩提を弔うために再建。

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法堂
1909年再建

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ここは無料で自由に入れました。幡龍。写真はいいのかどうかわからなかったのですが、皆さん撮っていらしたので撮りました。

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やっと受付のある本坊に到着しました。

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方丈、小方丈庭園を拝見します。(10:30~11:00)

座ってじっくり拝見ということはできず廊下を歩いていきながら拝見するので以外に短時間で見終えました。

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大方丈は天正年間の御所の清涼殿を移したものといわれていますが、女院御所の対面殿を移築したものです。
内部は桃山前期の狩野派の絵師たちの障壁画で飾られていますが、劣化がはげしいのでデジタル復元画に置きかえられています。

そのせいか、金地背景まばゆいばかりの花や鳥の華麗な絵が見られました。
大方丈の背後の小方丈は寛永年間の建築で伏見城の遺構とされています。
内部には探幽筆の群虎図
虎の絵も結構おもしろかったです。 

頂いたパンフレットの写真から

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ゴージャスな障壁画に目を奪われながらお庭もしっかり見ました。

小堀遠州作とも伝えられる方丈庭園 巨石の姿から「虎の子渡し」とよばれています。

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このお庭はいいな、と思いました。

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如心庭 心字形に石を配した枯山水庭園(昭和41年作庭)

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蓬莱神仙庭 奥の立石が蓬莱山らしい。

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蓬莱は霊山、海の中にありながら仙人が住むといい、その不老不死の御利益を求めて古来より憧れられてきたそうです。

六道庭 (昭和42年作庭)六道輪廻の教えを考える庭。

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角度を変えてみると

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花厳庭 この垣根を南禅寺垣というそうです。
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茶室 窮心亭へ

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窮心亭
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前にあるのは織部灯籠です。

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花厳庭の反対側には 鳴滝庭 繁りすぎて石組みが分かりません。
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角度を変えてみると
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還源庭
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龍吟庭と涵龍池
見えにくいですが灯籠とその横の一並びの石の向こうの暗がりが池です。
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龍吟庭は華厳庭(けごんてい)とともに1984年植彌加藤造園設計施工によるものです。
左の巨石(鞍馬石)は三門の西にあったものを運んだそうです。

これで庭園は拝見しおわりました。廊下を巡りながら進むと趣の異なったお庭が次々現れて楽しかったです。

***

本坊を背に少し歩いて左を見る水路橋、水路閣です。

明治18年起工、23年竣工。全長約93m、幅約4m
西欧技術が導入されて間もないころ、日本人のみの手で設計・施工されたものとして土木史上、貴重なのだそうです。

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この間を抜けて階段を上がって行くと南禅院です。

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南禅院については次回に

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