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2022年11月21日 (月)

京都 5日目―1 一休寺 ランチ

10月21日(金」
今日はもう横浜に帰る日です。パッキング、といっても海外のような長期ではありませんから楽です。 
今日の予定は 一休寺→昼食→河井寛次郎記念館→六波羅蜜寺→建仁寺→ホテルで荷物をピックアップ です。

5:45 起床 荷物整理
7:00 いつものように朝食
8:20頃お部屋を出てフロントで荷物を預けました。
クロスホテル 左が木屋町通り、奥に少し建物がみえているところが河原町通り、ホテルの前は龍馬通りです。

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今日は少し遠出して一休寺に行きます。先達のブログでよさそうだとおもったからです。お庭が有名らしいです。

京阪三条駅 8:43→8:54丹波橋(京阪から近鉄に乗り換え)近鉄丹波駅8:59→9:12新田辺駅
新田辺駅前 バス4番乗り場 ソフィアモール行き9:31→9:44一休寺

少し時間をあまくみたせいか、滑り込みセーフで予定の電車に乗れました。丹波橋の乗り換えも心配でしたが、駅の案内通りに行けば間違わずに行けて時間ぎりぎりでしたが間に合いました。
新田辺駅バス乗り場は駅前のいくつかある乗り場の内を一番遠い所(駅の真向かい)でした。待ち時間がもったいないので タクシーを利用しようとしましたが、どうしようかと迷っているうち、バスが来ました。途中、停留所があるのかないのか ループ状に寄り道するおかしなルートでしたが、無事一休寺バス停へ。もう田舎です。

白い看板に一休寺とかいてあります。そこを右におれて道なりに数分進みます。(帰りのバス停は信号の先左側です)

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一休寺(酬恩庵

一休寺は元の名は妙勝寺で、鎌倉時代、臨済宗の高僧大應国師が禅の道場を建てたのが始まり。その後荒廃していたのを六代の法孫にあたる一休禅師が1455から1456年に堂宇を再興し、師恩に酬いる意味で「酬恩庵」と名付けました。
一休禅師は81歳で大徳寺住職となってもここに住み続け88歳で亡くなるまでここに過ごしました。
そのことによりここは一休寺とよばれるようになったのです。

総門

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浴室

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突き当たって右に曲がると

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右手に「一休禅師墓所」
一休禅師、というと「頓智の一休さん」でただの小僧さんしか思い浮かないけれど、どうやらやんごとなきお生まれのようです。
後小松天皇の皇子だとか。それでお墓もこのように菊の御紋章の扉の奥にあり、宮内庁管轄となっています。塀に五本線が入っているのもうなづけます。

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菊の花びらの隙間から、

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上の道の奥を左に折れると庫裡 ここから方丈庭園を拝観します。

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方丈は1650年 加賀三代目の大名前田利常公の寄進によるものです。

偶然うつってはいますが、室内は撮影禁止。(撮影禁止の札があったのは祭壇のあるお部屋だけでしたので他はよいのかもしれません)襖絵は狩野探幽筆ですが、ここにあるのは複製で実物は宝物庫。

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↓ホームページからの写真、奥の椅子状のものは一休禅師が大徳寺に行く時乗っていた輿です。

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庭園は石川丈山、松花堂昭乗、佐川田喜六昌俊、三名の合作によるといわれています。

南庭
従来、方丈南庭は白砂だけ敷いた儀式のための空間だったが、次第に儀式は室内で行うようになり庭としての体裁が整えられるようになりました。

白砂に引かれた線の方向はふつう方丈に対して平行だが、ここでは垂直になっているのが珍しいようです。 
奥に見えるのは左、一休禅師墓所、右は虎丘庵(茶室、普段は入れない)

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左に曲がって 東庭 十六羅漢の庭
16個の石を羅漢になぞらえています。(16個を一度には撮れませんでした)

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次のお庭に目が行ってしまいました。
お天気がいいのは嬉しいのですが、日の当っているところと当たらないところの差がくっきり分かれてしまっていい写真が とれません。

北庭 枯山水の蓬莱庭園

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右奥は蓬莱石を中心とした枯滝石組で左手前は鶴亀石組

左の大石が蓬莱山、その右尖った石と平たい石の間をくねって、小さめのゴロゴロした石から下の緑の細い流れへと滝が落ちているのだそうです。また木の下の黒い(光でまだらになっている)石が鯉魚石だそうです(大きすぎる気がしますが)。
手前の少し日が当たっている平たい石が礼拝石。

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鶴亀石組み 右から見ると亀、左から見ると鶴

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蓬莱庭園の一枚目の方が鶴らしく見えるかもしれません。

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さらに左に進むと

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方丈の周りを一回りして(25分くらいでした)庫裡に戻ってきました。ここで絵葉書を買っているとき横に一休寺納豆というのを見つけました。大徳寺納豆と同じだそうです。当然ですよね。一休禅師は大徳寺の住職にもなった方ですから。ここでは納豆を砕いた「ふりかけ」を売っていたので買ってみました。パスタやチーズト―ストにふりかけて楽しんでいます。

外回りを歩きます。ここでバスにうまく乗れないと困るのでタクシーの番号をお聞きしておきました(結局バスに乗りましたが)。

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本堂 
本堂は仏殿ともいい内部には本尊釈迦如来坐像、文殊普賢菩薩像が安置されています。
当本堂は山城・大和地方の唐様建築中で最も古い建造物であります。1429年から1441年の永享年間に
室町幕府六代目将軍足利義教公の帰依により建立されました。(お寺のホームぺージより)

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その後裏山といった感じのところを散策しました。

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お掃除をする一休さん。

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旧墓地

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おりてきました。

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鐘楼 慶安3年の再建時に前田家より

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この写真を撮ったのが10:54 バス時間に丁度よさそうです。バス停へ

時刻通りにやってきたバスで新田辺駅に戻りました。

帰りバス11:04→11:16  新田辺11:24→京都11:57 
帰りは少し時間がかかるな、とおもったら行きが特急ではやかったからでした。 

今日のランチ、予約は12:00。(ランチはなんと4部制、各回1時間15分)
12:15までは待つけれどそれ以上予告なしに遅れると待っている人をいれてしまう、ということになっている人気店です。あらかじめ12:15までには着きますから、とメールはしてあります。ともかく大急ぎ。
駅から5分ほどのところの 
ISOISM という、おつけものやさんです。漬け野菜といっていますが。

ランチ ISOISM (12:10~12:50)
この時は満席ではなく少し空席がありました。

ランチのメニューは1種類だけ
漬け野菜12種に土鍋ご飯とスープです。

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漬け野菜にほんの少し動物性たんぱく質が載せてあります。この取り合わせがよくてお漬物だけ頂いている、ということにはなっていません。オードブル・ヴァリエといったところでしょうか。

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主人はどれもの肴にぴったり、と大喜び。でもまだ午後の観光があるので飲みませんでした。
私は小食なので途中から、どれも半分づつくらいにしました。(手伝ってくれる人がいますから)
炊き込みご飯も美味しいのにもてあましていたのですが「おにぎりにしますよ」と言って残りを握ってくださいました。帰りの新幹線でおいしくいただきました。
又来たくなるお店です。おすすめです!

このあと河井寛次郎記念館に行きましたが、写真が多くなってきたので今回はここまでにします。 

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2022年秋 京都の旅」カテゴリの記事

コメント

kikuko様
一休禅師、一休さんって子供の本に出てくるお話以上のことは知りませんでした。 
kikuko様の一休寺の記事を読ませていただいて初めて凄い(色々な意味で)お坊さんだったのだと知った次第です。
京都からは出ますが、少し郊外もいいかと思い行程に入れました。期待を裏切らないお庭のすばらしさ、 裏庭歩きも気持ちがよかったです。教えてくださってありがとうございましたる
ISOISMは好みもありかもしれませんが美味しかったです。ただ非常な人気店でシーズンは混むようで、友人も満席で予約できなかったそうです。 
今回行ったお店はどこも当たり!でした。閑臥庵以外はお一人様OKです。
お部屋でお弁当、というのも好きです。ただ受け取りに行かなければ、というのが、どうも。次の京都、いつになるかわかりませんが、別のお店の仕出し弁当も開発してみたいと思っています。

 とくに意図したわけではありませんが、一休禅師のお墓のある一休寺は、関西に住んでいたころ近かったので軽自動車の後部座席に子どもを乗せて何度か訪ねましたし、青年時代を過ごされた堅田の祥瑞寺にもご縁を得ました。今年になって、生誕の地とお寺では言われる地蔵院にお参りし、住職夫人のTwitterをフォローして、美しい紅葉を毎日見せていただいています。風狂といわれ、盲目の妻・森侍者の美しさを公然と称える破天荒な生き方に目を見張りながら、凄い方だと思います。

 Isoismというお店、カウンターがあるので、一人でも入れそうですね。ご紹介、ありがとうございました。

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