『スウェーディッシュ・ブーツ』
2020年にヘニング・マンケルの『イタリアン・シューズ』を読みました。その時続編も書かれていることは知っていましたが、それがつい最近(4月)翻訳出版されたことに気がつきませんでした。aiai様の情報で知って、早速、購入。
出版は2015年夏、その年の10月に、マンケルは癌で亡くなりました。67歳でした。『スウェーディッシュ・ブーツ』はマンケル最後の作品です。
届いた本は分厚くて470ページ、少しひるんだのですが、1日ちょっとで一気読みしてしまいました。
『スウェーディッシュ・ブーツ』ヘニング・マンケル著 柳沢由美子訳 東京創元社

スウェーデン近海には文字通り無数の小島が散在しています。
試しにグーグルマップでスウェーデンをひらいて拡大、拡大していくと、スゴイです。沿岸はまるでクッキーを砕いて散らばしたように点々と無数の島が散在しているのが見られます。
そういう小島を個人所有している人もいるようです。多くはそこにサマーハウスを建てて、休暇を過ごすようですが、この物語の主人公フレドリックは祖父母から贈られた島の家に一年中、住んでいます。
変人と思われていはいますが、元医師ということで一応存在は認められています。
これは前の本で知らされていることだから書いてしまいます。外科医として働いているとき、腕を切り落とさなければならない患者がいたのですが、看護婦がまちがえてその必要のない婦人を手術台に乗せてしまったのです。多分、直接的には看護婦の責任でしょうけれど執刀医は本人確認をしなければならないはず。恐ろしいミスです。
このことを悔いて医師をやめて島にこもってしまっているのです。
前作で、昔付き合って捨てた女性との間にルイーズという名の娘がいたことを初めて知ります。気性が激しく、ヒッピーのような暮らしをして社会運動にのめりこんだりしていました。
小説は一人称でフレドリックの語りとして書かれています。
およそ一年前の秋、家が全焼した、という記述から始まります。
夜、寝ているときに家が火事になったのです。調査の結果、放火によるものと判断されます。そうしてあろうことか保険金狙いでフレドリック自身が自宅に火をつけた、と疑われるのです。
家が全焼して持ち物をすべて失ったのですが、逃げるとき長靴を両足とも左用を履いてしまっていました。それでトレトン社の長靴を注文するのですが、それがこのタイトルの由来です。(調べてみると、このブーツ日本でも通販で買えるようです)
幸いにもルイーズが置いていったトレーラーハウスがあるのでそこで寝泊まりすることにします。ボートもあります。もう一つ、小島(岩礁)も所有しているのですが、そこにテントも張ります。
ネタバレ!ですが、書いてしまいます。
フレドリックは一人でいて、あれこれ子供の頃のことなどが浮かんできます。ものすごいパニックにも襲われます。そうして老いを自覚します。この時フレドリックは70歳という設定です。後悔、体の不調など。
体調不良を感じるようになった今の私なので、この本はすっと入ってくるのですが、若い人は投げ出すのではないか、という気がしました。重苦しいところがあります。孤独のうちにあれこれ思い出して悶々としている様が描かれるのですから。
そうしてあろうことか(というのは老いをグタグタ言っているのに、という意味で)インタビューに来た40歳くらいの女性リーサ・モディーンに恋心をいだいてしまうのです。それも抱くなどという淡い簡単なものではないのです。
群島の人達は集まって放火犯を探そうと話し合います。移民が怪しい、見知らぬ人は入れるな、フレドリックはそれはない、というのですが。そういう偏見が残っている地域でもあるのです。でもフレドリック自身も偏見があるのかもしれません。間に合わせに買った衣類がどれも中国製だった、ということに不快感をもっているようですから。たんに品質の問題だけかもしれませんが。
またブーツもスウェーデンのトレトン社のブーツにこだわっています。おしゃれではなく、普通のワークブーツらしいのですが。
前後しますが、これは火事直後に注文して結局最後に届くことになるのです。スウェーディシュ・ブーツがない、最も身近にあるべきものがない。それが手に入る(日常が戻る)までの異常な出来事、ということになるのでしょうか。
知らせを聞いて娘のルイーズもやってきます。
島も家もルイーズにあげる約束です。家をまた 建てるかどうかもルイーズの希望次第です。
ルイーズは家を再建するのは当然と思っています。そうして「庭」を作る、といいます。この島で花を育てるのは無理なのに?
なんとルイーズは日本に行ったことがあり、ダイセンインで見た石と砂利のみでできている石庭「虚空の大海原」をここに作ろうというのです。京都のダイセンインといえば、大徳寺の大仙院? でもソウアミという僧が作ったというので違う気もします。
大仙院の庭を作ったのはソウアミ(相阿弥)ではありませんから。あとで後ろの解説を読んで龍安寺だと知りました。
フレドリックは見せられた石庭の写真に感動しないのですが、ルイーズの受けた感銘は多分、マンケル自身が石庭を見と時の受けたものだったのでしょう。
その時ルイーズに妊娠していることを打ち明けられます。しかし相手がだれか、現在どこに住んでいるか、仕事は何かも話さず帰ってしまいます。
ところが、暫くして
警察に捕まったから助けに来てほしい、とルイーズから電話。パリからです。
すぐ駆けつけます。大使館の助けを得て、どこの拘置所にいるか探して、娘を救い出すことができます。罪状はここでは書きません。善良な市民には考えられないことをやっていたのです。
その間、若い頃の思い出をたどりながらパリの町を歩くのですが、いよいよ老いの自覚を深めるばかりです。
ルイーズは自分の住まいへ案内します。相手の男はアルジェリア人で障害を持つ弟も同居しています。元医師である自分の娘が、このような底辺の暮らしをして生業というのがまた、、、。彼には全く理解できません。ルイーズは打算で人生を考える娘ではないので世間的評価など受け付けません。警備員の仕事をしているムハンマドに従属しているように見えるのもショックです。
ほかにも同じように放火されて全焼した家もあり、フレドリックに対する容疑は晴れます。
家は再建され、早産でしたが、ルイーズの子供も無事生まれました。
これはフレドリックにとって非常に大きな喜びだったのです。名前はアグネス。ルイーズは知らないでつけたのだと思いますが、確か腕を亡くした女性がアグネスだったような。
近所の人の死があり、また昔の患者の若い死も書かれています。しかし、孫の誕生でフレドリックは新たな命を吹き込まれたようなラストでした。
老人の繰り言みたいな出だしから最後は 改めて自分の人生を生きよう、という前向きなものになっていました。
これを書いているとき著者はもう死期を悟っていたのかもしれません。
昔の患者の若い死、この若者の病状はマンケルと同じらしいです。若者のその時の反応はマンケル自身の反応だったのかもしれません。痛ましいかぎりです。
しかし新しい生命の誕生は嬉しく、素晴らしいもの。それできっとすべてを受け入れて与えられた命を生ききろうと決意したのではないでしょうか。
多分、人生、生きるにあたいすることだ、といいたかったのではないでしょうか。
それにしても67歳の死は早すぎます。とても残念です。
翻訳が出ていることを教えてくださったaiai様 ありがとうございました。



























































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