『ウクライナ戦争はなぜ終わらないのか』
トッド・池上対談がもの足りなかったので違った視点のものを、と買ってみました。できるだけ新しいもので星の数の多いものを目安に考えました。
理論的にきちっとしていて、なるほどと説得力のあるものでしたので、台湾海峡にふれてるところでは、怖くなりました。
『ウクライナ戦争はなぜ終わらないのか』デジタル時代の総力戦 高橋杉郎編著 文春新書
小さく書かれていますが、高橋氏は防衛省防衛研究所の方で、専門は現代軍事戦略論、日米関係論だそうです。
日本にも軍需戦略論、などという怖そうなことを研究していらっしゃる方がいるのですね。お顔はテレビで拝見したことがあるような。
私はあまりにもものを知らなさすぎで防衛省の仕事って考えたことはこれまでありませんでした。なんとなく自衛隊の事務部門程度にしか思っていなかったと思います。
でも考えてみると、人員がどれだけ必要か、潜水艦を作らせたり戦闘機を買い入れたりするのに、なぜ、何を想定して買い入れるのかなど筋の通った考え、理論が必要だったのですね。
怖い世界、読んでいて鳥肌がたって、冷房を止めてここは紅茶ではなく熱いコーヒーをいれなくては、という状態で読みました。怖い、というのはいまだ紛争はおきていないが南シナ海、台湾海峡、東シナ海、朝鮮半島のような武力紛争にエスカレートしかねない要因を持つ地域おいて中国の軍事バランスは米国をうわまわっているという事実があるというからです。
第1章 ロシア・ウクライナ戦争はなぜ始まったのか
ロシアがウクライナに侵攻したことから始まった今回の戦争であるが、ウクライナを支援するのはアメリカやヨーロッパ諸国。つまりロシアと米欧の大国間の対立という形になっている。
冷戦終結後、東欧諸国はヨーロッパの一部となることを選択した。米欧はロシアを組み込んだ形での「協調的安全保障」の枠組みを作ることを考えていた。
しかし、ロシアはエネルギー資源の開発による経済の安定化に伴い、政治面の独立性を強めていくようになった。独自の「極」を形成する大国であるというアイデンティティを持つことになり、そのアイデンティティが故にNATO拡大が脅威とみなされるようになった。
一方ウクライナも「ロシアの一部」となる選択肢はあったが、親ロ派のヤヌコビッチ政権が倒されたあと、ロシアがクリミアを併合し、ドンバス地方でも戦闘を開始、結果的には親露派住民をウクライナの政策決定から切り離してしまうことにもなった。
ウクライナはロシアの一部ではなくヨーロッパの一部となることを望むようになった。
ロシアが「旧ソ連的な勢力圏」の再構築を目指し、それを抑止できたであろうアメリカ、の主要課題は中国の抑止であったためロシアに対して軍事的抑止の行動をとらなかったことから結果的にこの時に侵攻を許すことになった。
第2章 ロシア・ウクライナ戦争 その抑止の破綻から台湾海峡有事に何を学べるか
抑止破綻から導かれる八つの知見
①ロシアによるウクライナ侵攻は「力に基づく」一方的な現状変革
②ロシアの政治体制(競争的権威主義)(競争的、というのは一応選挙はするから)がプーチンの個人意思をロシアをの国家意思として体現した。
③侵攻前にロシアは全般的な国際関係が現状変革に有利と認識していた。(イラク戦争後アメリカの優位が大きくゆらいだ。中国の台頭で米欧が対中およびインド太平洋重視に傾斜したことなど)
④侵攻前に核を含む戦略兵器のバランスも現状変革に有利と認識された。(新START条約により、米国の戦略核戦力に上限を設けるとともに、条約制限の範囲内でロシアが米国にキャッチアップするための時間稼ぎに有効だった)
⑤侵攻前に現地の軍事バランスもロシアに有利と認識された
⑥現状維持側の「探知による抑止」は有効でなかった。(偵察衛星や通信傍受などでロシア軍の行動や意図を把握し、それを公表することが奇襲効果を失なわせしめ「現状変革糸」を挫くのに有効とされるはずだったが、確信的な現状変革の意図を持った相手には通用しなかった。しかしウクライナ軍への情報提供やロシア軍の虚偽を暴くことにも有効であった)
⑦経済制裁の脅しによる「領域横断的抑止」は有効でなかった。(経済制裁はその中身において不十分であった。日本もサハリン2の権益を維持している)
⑧「戦争の終わらせ方」を巡っても現状維持側に混乱がある。
*2022年2月24日以前の状態に復帰させる(事実上の領土放棄ではウクライナは拒否するであろう)
*2014年2月以前の状態に戻す(ロシアの徹底抗戦を招き場合によっては核エスカレーションも覚悟する必要があろう)
*ウクライナの領土を取り戻すだけでなく再度の侵攻が不可能なまでにロシアの弱体化目指す。戦後のウクライナの安全確保には究極的にはこれが必要だが明らかに「第三次世界大戦」のリスクを覚悟しなければならない。
→この戦争の終わらせ方についての確たるビジョンは持てない。
台湾海峡有事への含意
台湾海峡についても上記八つの項目をあてはめて考えることができることを示したうえで、ウクライナでの抑止破綻の事例を教訓に現状維持勢力としての抑止の強化に努めるほかないであろう。
*全般的な国際関係が中国に有利でないと中国に認識させること
*(米国の核エスカレーション上の優位維持を通じて)戦略核兵器のバランスが現状変革に有利でないことを中国に認識させること。
*(米国と同盟国、友好国との協調を含めた域内での通常戦力の強化を通じて)現地の軍事バランスが現状変革に有利でないと中国に認識させること、 などが抑止のカギ。探知による抑止や経済政策は役にたたない。
確信的な現状変革の意図を持つ相手に対しては、矢張り物理的手段での対抗措置を採るほかないであろう。
軍備強化の必要性を説いている! 友好国とは日本も入るのですよね、鳥肌が立ちました。
この戦争が デジタル時代の総力戦であることが
第3章 宇宙領域からみたロシア・ウクライナ戦争
ロシアとウクライナ双方の宇宙利用について、特に商業用宇宙利用(イーロン・マスクのスターリンクなど)の支援を受けることで、独自の宇宙作戦能力を持たないウクライナが、有効な形で宇宙空間を利用していること
第4章 新領域における戦い方の将来像 ーー ロシア・ウクラウナ戦争から見るハイブリッド戦争の新局面
この戦争におけるサイバー空間のかかわりについて、マルウェアによるサイバー攻撃だけではなく、フェイクニュースを流すなどのの情報戦などを利用したハイブリッド戦争
などが具体的に詳しく説明されているのですが、詳細を書くには本の丸写しをしなければならないので、省略
このようなロシア(中国も同様)に対してアメリカでは統合抑止によってこれをうち破ることを考えている。
安全保障政策の執行にあたり外交(Diplomacy)のD,情報(Information)のI、軍事(Military)のM、経済(Economy)のEという、DIMEをすべて動員しての真剣勝負をしようというものである。従来の外交と軍事に偏った安全保障から情報と経済を加えたすべての手段を使った安全保障に代わりつつある。日本でもDIMEによるwhole of governmentアプローチを採用した安全保障観が必要。
第5章 ロシア・ウクライナ戦争の終わらせ方
この戦争は「旧ソ連的な勢力圏」を再構築するためにウクライナを「ロシアの一部」にすることが目的だとすれば、ウクライナが大勝利をおさめ侵攻軍がウクライナから排除されてもそれ自体は戦争をやめることにはならない。
戦争を終わらせるシナリオをあえて考えるとすると
①軍事的現実の政治的固定化 合意成立時点でのロシア占領地をロシア領とする一方、ロシアがウクライナに対する軍事行動を停止するという形での終戦。
難点、 停戦合意がそのまま遵守されるかどうかの保証がない。ブチャの虐殺のように、ロシア側に取り込まれたウクライナ人への人権侵害の懸念もある。このシナリオは激しい消耗戦が続いたのちのことであろう。
②軍事と政治にまたがるバーゲニング 一方が軍事面において譲歩し一方が政治面において譲歩する。(ウクライナが領土の一部奪回をあきらめるかわりにウクライナが「ヨーロッパの一部」になることを認める。)→ロシアが「旧ソ連的な勢力圏」の構築をあきらめるとは考えられない。
③ワイルドカードイベントの発生
*プーチン政権の転覆などモスクワでの政変→その後の政権が穏健な政策を鶏とは限らない
*ベラルーシにおける政変 親露姿勢を撮り続けたルカシェンコ体制が崩壊し、親米的な民主化体制が成立すればロシア・ウクライナ戦争の前提にある地政戦略的構造が一変することになる。ウクライナを撤収してでも事態収束に向かうであろう。ルカシェンコ大統領の体調はよくないらしい。
とはいえ現実的ではない、が、政変は何の前触れもなく起こるものである。文字通りのワイルドカードである。
戦争が長く続かず終わるとしたら③だが現実の可能性として議論するものではない。
ロシアの目的が「旧ソ連的な勢力圏」の構築であるかぎり、戦争終結を見通すことは難しい。一ロシア占領地に取り残されたウクライナ人に対する人権侵害は許容されるものではない。ウクライナが占領地をすべて奪回すればさらなる人権侵害のような事態は避けられる。
だとすれば、戦争を終わらせるために国際社会がなすべきことは、ウクライナが占領地をすべて奪回できるように支援していいくことであろう。それが実現すれば、少なくともウクライナの側には戦争を終結させる理由が生まれるからである。もちろんそれでも戦争の終結は難しいであろう。しかし双方に戦争を継続させる理由があるときよりも、少なくとも片方が戦争を終結させたいと考えているときの方が、戦争終結の可能性は高くなる。
と結んでいます。
双方ボロボロになるまで戦争をつづけるだろうという予測です。なんとか早く終わらせて、これ以上、人を死なせたり、国土を荒廃させないようはかればいいのに、と思うのですが。
終章 日本人が考えるべきこと
台湾海峡有事が懸念されている。「中華人民共和国とは分かれている」現状の継続を望む台湾と「中華人民共和国に台湾を名実ともに組み込む」ことを狙う中国とのアイデンティティを巡る戦争になってしまう。そういうこともあり、台湾海峡有事は一度始まってしまうと、おそらく「終わらない戦争」になってしまう。
そう考えると大切なのは「戦争を始めさせない」ことである。そのために不可欠なのが、軍事的な抑止力の強化である。DIMEにおける軍事力遺骸の主ds段も重要な役割。特に外交は重要。しかし外交は「落としどころ」がある状況で機能する。アイデンティティを巡る対立のように「落としどころ」がない状況では話し合いによる妥協は成立しない。重要になってくるのは自らのパートナーを増やし抑止力を強化したり、万一抑止が破れて紛争になってしまっても自らが有利な位置にいられるような形で世界各国との関係を構築しておくことである。
現在中国の戦闘機や水上艦艇の数はアメリカの7割。米軍全体の半分がアジアに展開しているとすれば 米対中は 5対7になる。日本が2ないし3の力を持つことが出来れば7対7あるいは8対7となり、抑止が成功する可能性が高くなる。
具体的な数字まででてきてしまって、怖くなります。
防衛省の方だから当然なのかもしれません。今日のニュースをみていても防衛費の大幅増額要求が報じられていました。
こういう考えを防衛省は政府に提出しているのでしょうね。
具体的に説明して諄々と説かれているとそれ以外に手はない、という気がしてしまいますが、落ち着きません。
自分の言葉では書きにくくて引用が多くなりました。
一読にするに値する本だとは思います。
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