最近のトラックバック

2024年6月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
無料ブログはココログ

« 映画「ロストキング」 | トップページ | 『海への巡礼』岡本勝人著 »

2023年10月17日 (火)

映画「福田村事件」

昨日16日は コロナ以後初めてジャックアンドベティに映画を観に行ってきました。

ずっと気になっていた「福田村事件」を観るためです。
重そうとためらう気持ちもありましたが、知っておくべきだという思い、それに出演する俳優陣がいいことにも後押しされました。
今年は関東大震災が起こって100年になる年です。関東大震災はまだ私たちの周囲では経験したことがある人がいるものとしては最大の被害をもたらした地震です。その際、単に地震や二次災害としての火事だけでなく、人災ともいえる、恐ろしい事件も起こっていたのです。

大震災の時、朝鮮人が井戸に毒をいれた、などというデマが流れたということは知識としてもっていましたが、具体的なことは何も知りません。
この映画は大震災後の不安の中〈朝鮮人が襲ってくる〉と不安におびえた村人が香川県から来た薬売りの一行を惨殺した、という事件を扱ったものです。

福田村事件 映画『福田村事件』公式サイト (fukudamura1923.jp)

 23101701

1923年、澤田智一は教師をしていた日本統治下の京城(現・ソウル)を離れ、妻の静子とともに故郷の千葉県福田村に帰ってくる。澤田は日本軍が朝鮮で犯した虐殺事件の目撃者であったが、静子にもその事実を隠していた。その年の9月1日、関東地方を大地震が襲う。多くの人びとが大混乱となり、流言飛語が飛び交う9月6日、香川から関東へやってきた沼部新助率いる行商団15名は次の地に向かうために利根川の渡し場に向かう。沼部と渡し守の小さな口論に端を発した行き違いにより、興奮した村民の集団心理に火がつき、後に歴史に葬られる大虐殺が起こってしまう。

沢田夫妻が帰ってきた村の、人々様子が丁寧に描かれていきます。虐げられる嫁、舅に慰められる嫁、威張る警察官、もう軍人でもないのに軍服姿でのさばる人たち、少し離れた存在である船頭(一時、話題になった東出昌大、なかなかよかった)。
そういう中で静子(田中麗奈)は田舎では見られない洋服姿で軽やかに散歩します。智一(井浦新)は頼まれても教職にはつこうとせず、なれない畑仕事をします。京城でなにかあったらしいです。井浦新(とてもよかった)は言葉を発しなくても背中だけで語れる人だと思っています。

 23101703

四年前の朝鮮での出来事のため、智一の中では時がとまってしまったのです。その理由がわからない静子のもどかしい気持ち。二人の間はうまくいっていないようです。(静子は朝鮮にある国策会社の重役の娘、日本に帰ってきた理由が銀座若松のあんみつが食べたいから、ですって。ああ、私も食べたい!)静子は育ちからもくるのでしょうか、臆することなく率直に自分の考えを述べ、大胆ともいえる行動をします。智一はそういう静子をみているだけ。「あなたはいつも見ているだけで何もしない」となじります。

村長(警察官も村長も皆澤田の昔の友達)は大学出で大正デモクラシーの影響を受けた人で何とか理想を追求しようとはしている人です。

9月1日東京から少し離れているこの村も地震が襲います。
そうして鮮人(朝鮮人の蔑称だそうです)が集団で襲ってくる、朝鮮人が略奪や放火をした、といううわさが飛び交います。村では自警団が組織され、竹やり、鍬、鋤などを手に人々が集まってきます。

一方四国の香川県を出発した、女子供を含めた総勢15人行商団,がいます。団長格は沼部新助(永山瑛太)。
彼らは えた と呼ばれる被差別部落の人たちです。妊婦もいる中、助け合いながら気も晴れ晴れと楽しそうに旅をして、今利根川を渡ってやってきました。

 23101702
〈朝鮮人が襲ってくる〉元軍人たちは、村人を守る、といきまいて折あしくやってきた行商団を、彼らこそ悪をもたらす朝鮮人だと決めつけ、朝鮮人なら発音できないと思われる言葉をいわせて試します。日本人ですから、ちゃんと発音できるのですが。
その時新助はその挑発にはのらず「朝鮮人だったら殺してええんか」と叫びます。えた(こういう言葉は使いたくないのですが、映画の中では自分たちのことをこう言っていました)と呼ばれる人だからこそ朝鮮人と差別されることの理不尽さ痛みが分かるのだとおもいます。強烈な一言でした。しかし真っ先に殺されます。手製の竹やりや刀(サーベル?)で突き刺す、切りつけるなどの暴行におよび15人の内9人が殺されました。

なすすべもない村長 右端は止めようとする船頭

 23101704

当時の村の人々の描写(どこにもある普通のまあ、因習的ともいえる村で起こった出来事であることを表したのだと思います)、主要登場人物など背景もよく描けていてよくできた映画だ(なまいきないいかたですね)と思いました。

現在、一応理性、良識を備えた人々は差別意識を持っていない、あるいは持ってはならないと自戒していると思います。
でもどうでしょう。一応5類移行でフタをしてしまった、新型コロナ。
流行の兆しが見え罹患をおそれ心配していた頃、地方の小さな村では患者を出してしまった家は村八分状態だったと聞きます。娘が都会からもどってきた、というだけでもその家とは交際を断つ、ということも起きたと聞いています。
朝鮮人が襲ってくる、が病原菌が襲ってくるに変わっただけです。これはデマではなく事実ですが、かかった家をつまはじきする、ということとはどこか通じるものを感じます。

公式ホームページの大森監督の言葉 

こうしてヒトは群れる生きものになった。つまり社会性。だからこそこの地球でここまで繫栄した。でも群れには副作用がある。イワシやハトが典型だが、多くの個体がひとつの生きもののように動く。だってみんながてんでばらばらに動いていたら、群れは意味を失う。特に不安や恐怖を感じたとき、群れは同質であることを求めながら、異質なものを見つけて攻撃し排除しようとする。
この場合の異質は、極論すれば何でもよい。髪や肌の色。国籍。民族。信仰。そして言葉。多数派は少数派を標的とする。こうして虐殺や戦争が起きる。悪意などないままに。善人が善人を殺す。人類の歴史はこの過ちの繰り返しだ。だからこそ知らなくてはならない。凝視しなくてはならない

間違いをおこさないためにしっかり心に刻んでおきたい言葉だと思います。

 

« 映画「ロストキング」 | トップページ | 『海への巡礼』岡本勝人著 »

映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

aiai様
お父様はずいぶん怖い思いをされたのですね。 あの映画を観るとあの状況で朝鮮の人とみなされることは死の恐怖を感じさせられることだったのだろうと想像できます。父は大正6年生まれで、金沢ですから 事件と縁はなかったと思われます。
しかし戦時中、工場には朝鮮人が働きに来ていて「まだ年もいかない子もいて、家に帰りたいと泣いていて、かわいそうだった」と言っていたことがあります。
大統領が変わってあまり言わなくなりましたが、 強制労働といっても 工場で働かされていた人たちは上に立つ人が父のように普通の(良識を備えた)人で多くは気の毒だ、と思いながら働いてもらっていて、特に日本人でないから、といじめたられたりは決してしていなかったと、おもいます。
私自身は 地方の社宅育ちで東京に引っ越してきてもすぐ私立女学校に編入しましたから、地域社会にふれることなく育ち、朝鮮、韓国の人を知ることなく育ちました。こういう映画をみて何となく知っていたことが現実として実在していたことに考え込んでしまいました。
パレスティナ問題、そもそもの根源は三枚舌の バルフォア宣言のようですね。 
バルフォア外相は、マンチェスター大学教授で初代イスラエル初代大統領となったヴァイツマンと親しく(確かアセトンの発明で大儲けして選挙でバルフォアを応援したはず。かなり前にイスラエルについて数年カルチャー講座で臼杵陽先生の講座を数年を受講したことがあります、でももううろ覚え) 。それで ポグロムでつらいおもいをしているユダヤ人のために国を作ろう、ということになって最初はアフリカ(ウガンダ?)も候補にあったけれど、ヴァイツマンがイスラエルを主張したので、このようになった、ということだったはずです。根源はバルフォア宣言。
第二次大戦でイギリスが国力を失い代わりにアメリカが中東問題にかかわるようになったのです。バイデンさんしっかりしてほしいものです。

気になりながらも観に行けません。出演者が魅力的なのは惹かれましたが。この様な話は他人事ではなくて、私の父からも話を聞いたことがありました。私は、父が45歳のときの子供で、6人兄弟の末っ子でしたので、父は明治生まれです。彼自身が朝鮮の人と間違われたのです。その恐怖心は事件のことを知らなかった10代の私にも伝わってきました。大震災のとき、父は薬の買い付けに名古屋へ行くことになり、列車の中でのことだったと言ってました。人は、何故根拠も無く、他人を攻撃するのか?それは、ひとえに無知ゆえだと思います。ウクライナのこともパレスチナのことも、やり切れません。ユダヤの人たちが騙されたのはイギリスであって、パレスチナ人ではないはずです。何時の時代も列強と言われる国の指導者は、信用できません。

kikuko様

私は福田村事件、というのをこの映画のタイトルで初めて知りました。重そうとためらいはありましたが、 出演者がいいこともあって見に行きました。
善人というのは、文字通りではなく、普通にどこにでもいる人、という意味でつかわれたのだと思います。福田村、という現実の場所をさしているので、監督としては そのことに対する配慮もあったのだと思います。 村のえがきかたも当時の因習的ではあるけれど、日本全国どこにでもあるような田舎、ということを示そうとしていたように思えました。
事件は元軍人、異常なほどの愛国青年が率先していたように描かれていました。 しかし、やはり普通の人にも蛮行にはおよばないまでも、朝鮮人が、、、という扇動に乗ってしまうような心理状態が未曾有の混乱の中では あったことは事実なのでしょう。
今でもヘイトスピーチがあるように民族差別意識を持つ人はいますが、それは限られて人たちで 大多数の人たちは たとえおもったとしても理性でコントロールしていると思います。しかし監督がおいっしゃっているように、異質なものを排除する、という気持ちは 気が付かないけれど、持ってしまっていることはあると思います。コロナのことをかきましたけれど、根本は人を人として大切に思う、ということなのですが。
ウクライナが大変とおもっていたら、パレスティナでも、、、。
それにしてもイスラエルのパレスティナ人からの土地の奪い方はひどいものです。昔(栄光への脱出)の映画を観たときの感動がむなしくなります。ガザの人たちの姿が気の毒で画面を正視できません。

 この事件のことは、大杉栄事件とともに知ってはおりましたし、映画も吉祥寺のアップリンクで異例のロングランを続けていますが、どうしても足が向きません。世の中はあまりにも理不尽なことが多すぎて、向き合ってしまうことの辛さを避ける臆病者です。「善人が善人を殺す」と言い切っていいのかどうかもわかりません。
私自身の体験では、差別をする人は善人とはとても言えない人だったような気がします。
 ガザの惨状を知ると、テレビも見られなくなりました。旅先のホテルでイスラエル建国にまつわる番組を見て、過去のイギリスの二枚舌、三枚舌に改めて憤っています。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 映画「ロストキング」 | トップページ | 『海への巡礼』岡本勝人著 »