島根旅行 1日目ー2 神社巡り
熊野大社の次は 神魂(かもす)神社です。大社造りが垣根にさえぎられることなく見られる、ということで何としても行きたかった神社です。
神魂神社 15:05~15:20
本殿は、現存する日本最古の大社造りです。天穂日命の子孫の出雲国造が住んだと伝わる場所です。
神社の創建は平安時代ですが、現存する本殿は1346年建立です。
ネットで検索して石の階段が厳しいな、と思っていたところ、横の坂道を車で上がっていったので、ラクでした。
本殿にむかって左手の方に上がりました。山側に境内社をみながら進むと本殿が見えてきます。


永年月、風雨にさらされた古寂びた様子が非常によくて、暫く動けませんでした。厳粛というべきでしょうか、心にズーンとくる感じがしました。
ここは先代が亡くなられた後、女性の神主さんになったのですが、非常に厳しい方だそうです。今はそれほどでもなくなったそうですが、車で上がったあの道も車では以前はあがらせてはもらえなかったとか。写真も正面からは撮ってはいけない、と言われました。そういうわけで拝殿の中などものぞきませんでした。
ただあとで主人は正面の階段を歩いて降りてふりかえって撮った写真はあります。
拝殿が見えています。

この手水舎でななく手水鉢もいい感じのようです。本来はここから入ります。この階段の先を右に曲がると上の写真になります。

木造鳥居もいい感じのようですが、実は私はこれらを見ていません。帰りに主人があの石段をおりて写真を撮ってきたのです。私は車で坂道のほうからおりましたから。

さて本殿、拝殿に戻ります。

内そぎで、女千木になっています。
大社造り、本殿は掘っ立て柱といって礎石などがなく、直接地面に柱をたてているのですが、どうやら全体が石で固められているようにも見えます。高床式、妻入りで屋根は栃葺き。
大社造りの本殿内部は田の字型になっていて二種類あります。(図はウイキから拝借)
柱9本全部撮ることは難しい。

神魂神社は女造りで右図です。(出雲大社は男造りです)女神を祀ってあると女造りで女千木になります。内部は畳敷きだそうです。
↓反対側から

神紋は 二重亀甲に有 分解すると十月、神有り月。ここも周りを雲が飾っておます。
屋根の上の横棒を鰹木、というそうです。ここには三本あります。ふつう男神を祀る場合が奇数なのですが。
正面入り口の本殿、向かって左の扉は「月の扉」、右の扉は「日の扉」とよばれ、それぞれ満月と太陽が昇る舞楽の図が扉内側に描かれていて、扉は祭礼の日には開けられるため、舞楽の図を見ることができるそうです。
貴布祢稲荷両神社本殿 1356年建立 これは重要文化財に指定されています。写真がピンボケ。

御釜宮
天穂日命(あめのほひのみこと)が高天原からのってきた、と言われる釜が置かれているそうです。いつもなら絶対のぞきにいくところですが、神主さんが怖い、という話でしたので、無作法はいけないと近寄りませんでした。

ここで写真を拡大してみると、アラっ、売店があったのね!気が付きませんでした。そういえばこの日行ったところどこも神社案内のパンフレットを貰っていません!私は御朱印集めをしていないし、お守りも特にかわいいものがありそうな時意外は買わないので売店にはいかないのですが、失敗でした。

本殿の周りをうろうろしていて向こうを見ませんでした。
でもこの地方独特の大社造りをしっかりみることができたので、よしとしました。
深い気持ちになる、非常に雰囲気のいい神社です。お薦めです。
さあ、次に行きましょう。主人は階段を下りる、というので私は車で下に降りました。
15:20~15:28 移動
八重垣神社 15:28~15:50
【公式】八重垣神社 (yaegakijinja.or.jp)

入り口手前に夫婦椿がありました。稲田姫が二本の椿を植えたところ、地上で一体となったので夫婦の契りの象徴とされているそうです。

上記ホームページの紹介から
高天原から出雲の斐の川上に降り立った素盞嗚尊は、老夫婦(脚摩乳、手摩乳)と稲田姫が泣いている様を御覧になられ、八岐大蛇を退治し、稲田姫の命を御救いになったのです。
この時、素盞嗚尊は、斐の川上から七里離れた佐草の郷"佐久佐女の森(奥の院)"に、大杉を中心に『八重垣』を造り、稲田姫を御隠しになりました。八岐大蛇を御退治になった素盞嗚尊は、ご両親の脚摩乳、手摩乳の御許しを得て夫婦となり、この佐草の地に宮造りされ、御夫婦の宮居とし縁結びの道をおひらきになられたのです。
随神門から拝殿をみる。

狛犬がほっそりしています。来待石(きまちいし)。砂岩なので風化したということもあるらしいです。
この来待石は宍道湖あたりで採れる石で(御留石」として松平直正公は藩外への持ち出しを禁止していたほど重要視していたそうです。

本殿は全体像がよく見えませんが、横から見ると、大社造り、ということはわかります。

神紋は二重亀甲に花剣菱、女千木 鰹木は三本
主祭神は素戔嗚尊だが、稲田姫命も祭られています。

脚摩乳神社(あしなずち・稲田姫の父親)男千木になっています。と伊勢宮
手摩乳神社(てなずち・稲田姫の母親)女千木になっています。と貴布禰神社


「八雲立つ 出雲八重垣 妻込めに 八重垣造る その八重垣を」
写真右手奥から鏡の池に行くことができます。今更「恋占い」でもあるまいし、と戻ることにしました。大失策はここで宝物館に入らなかったこと。後から調べると、
かつては神官のみが拝謁できた本殿内の壁画は、寛平五年(八百九十三年)、平安時代の宮廷画家・巨勢金岡の筆と伝えられ、板絵三面に素盞嗚尊、稲田姫命、天照大神、市杵嶋姫命、脚摩乳命、手摩乳命の六神像が描かれています。古色蒼然、雄渾な筆力は、神社建築史上類例のない貴重な壁画と推賞され、国の重要文化財の指定(昭和三十四年)を受けました。現在は宝物収蔵庫で保存・公開しています。
(13世紀ごろ作成されたらしいです)

非常に残念です。気が付かないまま駐車場に戻りましたが、主人は折角だから鏡の池もみておく、といいます。下の駐車場の近くだから、と車に乗って下の駐車場へ。

境内奥地の佐久佐女の森は、素盞嗚尊が八岐大蛇を御退治になる際、稲田姫を難からお救いになった場所です。森の大杉の周囲に「八重垣」を造り、稲田姫をお隠しになりました。「八重垣」とは、稲田姫命をお守りした八つの垣根で、大垣、中垣、万垣、西垣、万定垣、北垣、袖垣、秘弥垣と呼ばれ、今も一部地名などに残っています。この森を、かの文豪・小泉八雲は「神秘の森」と称しました。身隠神事が執り行なわれる「夫婦杉」、縁結び占いの「鏡の池」も、この森の中にあります。

占い用紙に百円か十円硬貨をのせてお祈りします。用紙が早く沈む(15分内)だと遅い(30分以上)だと縁が遅いと言われ、又近くで沈むと身近な人と、遠くで沈むと遠方の人と結ばれると言われています。
稲田姫命が八岐大蛇の難を避けるため、八重垣にお隠れになった時に飲料水とし、また御姿をお写しになられた池と伝えられています。稲田姫命の御霊魂が深く滲透した池は、ご縁の遅速を占う池として知られ、池の奥には稲田姫命をお祀りする「天鏡神社」が鎮座しています。
やはり若い女性が多いですね。なかなか沈まないものが多いようです。
16:00頃出発。
16:10頃ホテル帰着。エクセルホテル東急


運転手さんにおすすめのお寿司屋さんを聞いておきました。ワンメーターで行けますよ、ということでした。ひとやすみして6時少し前に車を頼んで出かけました。
呉竹鮨
感動的においしかったです!

私はごはんは少なめにお願いしました。それでも一口ではいただけません。たべにくそうなのをみていて切りましょうか?とどれも半分に切って下さっていただきやすかったです。
のどぐろの握りは初めてです。あぶりで塩を振ってあるのをいただきました。どれもネタが新鮮。久留米で頂いて以来のおいしさ。横浜では以前時々行っていたところがある時、行ってまずかったので、それ以後久しくお寿司屋さんに行っていません
お酒のことを書き忘れていました。
地酒を、とお願いしたら出てきたのが、月山と玉鋼。私はお酒はお猪口に一杯ですが、ここでいただいたお酒は非常においしかったです。
すっきり、少し辛口でミネラルというか、フルーティというのでしょうか?キレがありするっと飲めてしまう、これまで飲んだことのないお酒で非常においしかったのです。帰りに月山を二本、空港で買って帰りました。
月山といっても山形県ではありません。会社は安来の月山富田城近くらしいです。
大満足で戻りました。
8047歩 普段殆ど家から出ないのに、倒れませんでした。
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