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2024年4月 5日 (金)

島根旅行 3日目ー1 松江市内観光

3月17日(日)

5:45 起床 
6:35~7:20 朝食 このホテルは朝食バイキングの品ぞろえが豊富でした。

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主人はお蕎麦。

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今日は出雲市へ移動する日です。パッキングをしてキャリーはホテルに預け昨日に続いて市内観光に出かけます。

9:00のバスに乗るつもりでホテルを出ましたが、結局タクシーで小泉八雲旧居前まで行ってしまいました。
といってもとまったのは少し手前塩見縄手公園という公園前。(9:01)
公園というより小さな広場です。お堀端で小泉八雲の銅像が立っていました。
 

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左端が記念館 中央が八雲旧居です。昔(昭和40年ごろ)の記憶では小さな家だけがポツンと建っていたのですが、、、。
埃っぽかった道も、舗装され落ち着いたとてもきれいな武家屋敷通りです。

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小泉八雲旧居(9:09~9:38)
小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の生涯についての説明パネルや遺品の展示がありました。また著した本も紹介されていました。『怪談』だけは知っていましたが、ずいぶん膨大な書物を著していることに驚かされました。

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ラフカディオ・ハーン(1850~1904)
ギリシャ赴任中のアイルランド人軍医とギリシャ人の母のもとにうまれ、アイルランドに戻った後、移民としてアメリカにわたり、記者として生活していました。万博で日本文化に出会ったことなどから、1890年来日。この年の8月に島根尋常中学校に赴任。翌年には熊本第五中学校に転任。お手伝いの小泉セツとはのちに夫婦となります。そうして日本に帰化します。

特に小泉八雲に関心があるということはないので、適当に眺めてから

小泉八雲旧居へ。(9:39~10:00)

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旧松江藩士根岸家の持ち家。庭は先代(当時)の根岸氏が明治元年に造ったものだそうです。八雲はこの家に5か月住みました。

入って廊下を行くと一ノ間、二ノ間、三ノ間と南から北に並び、その後ろ側に居間と書斎がありました。

一ノ間の前の南庭 奥にしゃちほこがあります?お城のやねのよう。

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木の陰にかくれていた灯籠

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南側の庭から西側の庭へ

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西側の庭
白砂の流れがきれいです。

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苔むした水鉢もいい感じです。

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苔も美しい。

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奥に土蔵がありました。

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北側の庭 ここは、 南、西とりがって全面、青玉石が敷かれています。

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八雲はこれらの庭を愛したようで、いとおしんでいるような文章を残しています。
いいお庭です。

お部屋を見ましょう。奥から一ノ間、二ノ間。三ノ間。

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左が書斎。
八雲は事故により16歳で左目を失明。右目も強度の近視で眼鏡をかけなかったため顔を机にすりつけるようにして読み書きをしたそうです。そのため机の高さが通常より高いものを特注していました。

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帰りに見た案内板には昭和57~58年に半解体修理がなされた、とありました。きれいなわけです。(学生時代に行ったのは昭和40年頃でしたから)

この後、武家屋敷をみにいきましたが、写真が多くなりましたので、次回に

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