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2024年4月26日 (金)

島根旅行 5日目ー2 伝承館続き 雲州平田

3月19日(火)
内露地に行きますが、その前に中露地の中潜からのぞくことができます。
もう一度図面を確認
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赤印から見ています。
二つの石灯篭の立つ中ノ島をめぐる空堀が見えます。右、護岸石が空堀の縁にきっちり並べられています。

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遠目に見ると、この苔の上の白(お花?)が空堀の小石の白と紛らわしく、うるさく感じるのが難。

左に目をやるとお茶室が見えます。

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中露地から一度外に出ます。
向こうに見えているのは「松籟亭」です。
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上図 青印からみたところです。
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飛び石が二筋、腰掛待合とお茶室へ、どちらを行こうか迷います。このお庭(露地)道筋が何通りもあって行き方に迷いました。

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左を進むと蹲がしつらえられています。奥、空堀の護岸の石がきっちり高さがそろっています。
飛び石で島へ渡れました。このお庭、構図としてはいいと思うのですが、苔に白い花(?)これがうるさい感じがして、ちょっと好きになれないところがありました。木も少々邪魔です。蹲のすぐ下で写真を切ってしまえばよかったのですが。全体を見まわして白いものがチラチラして落ち着かなかったです。ネットで検索すると、皆さん、もっと緑の多い時期にいらしたようで、お写真とてもすてきでした。中央の灯籠は「石清水八幡型石灯籠」と名札がついていました。

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奥の灯籠(東大寺法華堂型石灯籠)のところです。滝というほどではないのですが、水が流れ落ちるさまをあらわしているようです。右端は汀で少し大きな石を配しています。(勝手に解釈)
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さてお茶室です。
船越席 (二帖台目)
大名茶人、船越伊予守「1597~1670)好み。床柱は杉のなぐり、床框は真塗、手前座は赤松皮つきの中柱に、突き上げ窓を持つ。古田織部の流れを汲んだ江戸初期の茶室。(躙り口だけで、中の様子が分かりませんね)

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左が「独楽庵」正面が「苔香庵」

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利休席(独楽庵)一帖台目向板 千利休(1522~1591)が太閤秀吉の許を請うて、名橋と謳われた長柄の橋杭3本を譲り受けて、宇治の田原に建てた、桃山時代の茶室。

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泰叟席 (四帖)
裏千家六世泰叟好み。洞床で、入り口は四枚障子の貴人口、部屋から手水を使う趣向は珍しい。裏千家鵬雲斎宗室家元が苔香庵」の追号を送られました。
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右突き当りが水屋になります。部屋のすぐ横に手水鉢。

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説明は案内板を書き写しただけです。
娘時代、一応お茶は習いましたし、母はお茶名ももっていました。茶室風にした部屋もあり、お正月に帰ると姉妹並んで座って、母のたてるお茶をいただいたものですが、もう全て忘れました。今続けているのは下の妹だけ。「お初釜、着物どうしよう。買おうかな」などと言っています(お茶は正座したまま摺って移動するので 着物が傷みやすいのです)。しっとりした生活とは縁が無くなりました。

どうやらこれで一回りしたようです。あの白いチラチラがなければもう少しすっきりしたいいお庭なのに、と少し残念。
こうやって今写真をみると、どうしてあの位置から、この位置から、撮らなかったのだろう、と後悔しきりです。

もどって、松籟亭で

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不昧公好み腰高朧饅頭 でお抹茶をいただきました。
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たいへん結構でございました。

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ここでタクシーを呼びました。10分ほどで着く、というので少し休んで外に出ました。
結局最後まで私たち二人きりでした。お茶をたててくださった方によると「昔は観光バスが来たこともあったのですよ」とのことでしたが、交通の便がよくないので、訪れにくいのだと思いました。これほど素晴らしいところなのに、もったいない話です。
堀のそばに柳の木がありました。銀座の柳だそうです。
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約400年前、今の銀座を造成した時、その出身者の国の名前をとって出雲町(今の京橋当たり)と名付けられたそうです。それで銀座と出雲とつながりがあり、銀座からは柳を、出雲からは藪椿をおくりあったそうです。

タクシーの中から「竹島は島根県のものだ」という立て看板が見えました。松江の町でも見ました。竹島は島根県にあるのだったのですね。竹島問題、忘れていました。調べてみると、日本のものだそうなのに、今は韓国が実効支配しているそうです。
そこで、ふと思ったのです。全くの憶測ですが、出雲歴史博物館でも朝鮮半島からの影響について殆ど触れ
られていないのは、触れたくないからでは?これは全くの推測で、書くべきではないかもしれませんが。
私のように横浜という、太平洋側でかなり地理的に離れて住んでいると、なんというか、平らに考えられるのですが、目の前には日本海、向こうはすぐ別の国、その向こうはミサイルを飛ばす国。対馬ほど近くではないにしても国境を意識させられる県なのかもしれません。

10:50 出雲市駅に戻ってきました。これから一畑電車で雲州平田に向かいます。

真新しい車両ですが、一両です。座れましたがそこそこ人は乗っていました。時刻はチェックしていませんが 11:20発くらいだったと思います。
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雲州平田までは22分かかります。
駅を出ると雨が降り始めていました。ともかくタクシーに乗ります。まず、平田本陣記念館へ、ところが「火曜日はお休みですよ」ええーっ。「それでは木綿街道交流館へ」そこも「火曜日はお休みのはずですが、、、、。」それでは康国寺へ「さー、いるかなー」ともかく康国寺へ行ってもらいました。道中「先代が亡くなって子がついでいるけれど一人で、いないことが多いから、どうかなー」雨はかなり降ってきています。直接本堂の手前につけていただきました。「いるかどうか見てきましょう」雨でなければ私も降りるのですが、傘をさすのも面倒なので中で待っていました。やはりお留守でお庭はみられそうにありません。そのまま引き返して交流館辺りまでいってもらいましたが1,2軒開いているだけで町はひっそりしています。
(12:06)

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そのまま駅に戻りました。駅は振られたであろう人たちでごった返していました。博物館のようなところなら定休日はわかりますが、町自体が定休日なんて考えもしませんよね。

約25分の車窓観光、ま、一応平田にも行った、ということで雲州平田はおしまいです。

丁度電車が入ってくるところでした。それに慌てて乗って出雲市駅に戻りました。
宿泊ホテルに続く一福というお蕎麦屋さんでお昼にしました。 

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目いっぱい観光するつもりで飛行機は19:30発にしてあります。延々と待つことになります。どこかへ?雨はあがったようですが、もう気力がありません。荷物をピックアップしにホテルに戻ったのですが、受け取るのは後にして、このロビーで休みました。

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椅子の座り心地は申し分なし、探偵小説も持ってきています。
それでも14:30頃の空港バスで出雲空港に向かいました。
カードラウンジに入ろうとしてそれ用のカードを持ってくるのを忘れていることに気が付きました。でも有料(820円)で入ることが出来ました。長時間、普通の待合室では耐えられませんから。

最後の一時間半くらいはショップでお買い物。主人がお酒を買ったほかは全てお菓子。名菓というものが多くて殆ど全種類買いました。買いやすいようにか、3個入りくらいの小箱も用意されています。求肥をつかったもの、お干菓子を少し柔らかめにして大きくしたようなものなどが多かったです。平田の生姜糖、これもおいしかったです。キャラメル状ですが、口に入れるとすぐ溶けてかむとジャリっとすぐ崩れます。生姜の刺激はほとんどありません。これはもっと大袋を買えばよかったと思いました。
ひとつだけ写真を載せます。
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だめ押しのように「航空機の到着が遅れております」のアナウンス。「この飛行場は20:30を過ぎると閉鎖されます」
「エーっ」です。ぎりぎり間に合って飛び立てました。
羽田に着いて空港内を歩いているうちにどっと疲れが出て、もったいないとおもいながら(我が家の最寄り駅は羽田から乗り換えなし)羽田から家までタクシーにしてしまいました。(6328歩)

見られなくて残念なところもありましたが、それでも収穫の多い旅だったと思います。
島根県って古代が現存しているところなのですね。
古代がマイブームなのでいまだに思い出しては嬉しくなっています。
神社、鉄器製造、四隅突出型墳墓。。
そうして特徴的なお庭があり、世界に名を知られた美術館もある、体がいうことを聞いてくれるうちに行けてよかったと思っています。初日朝がダメだった以外嬉しいことに体調はずっとよかったのです。

 旅行記完

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2024年3月島根旅行」カテゴリの記事

コメント

kikuko様
お返事コメント差し上げたつもりで 、、、うっかりしておりました。遅くなってもうしわけありません。
町全体がお休みなんてビックリです。
曜日をずらす、というのは短期の旅行者にとっては残念なところがあります。
お庭は非常に残念でしたが、伝承館一つはみられたので、よし、と思うことにしました。 なかなか山陰は行きにくいところがありますので、もう次はないでしょう。
もうずっと最近は二人旅で、一人では自信が無くなってきています。 
主人はたまにですが、 同窓会、ナントカ会など色々な折に知り合った人たちとの食事会、ゴルフなどお出かけが々あり、おまけにベランダ園芸もあって、いつでもでかけられるわけではありません。 
お元気で身軽にお動きになられるkikuko様がうらやましいです。

 雲州平田は残念でしたね。康国寺の庭園は足立美術館と並んで海外にも紹介されていますから、はるばると来られる方も多いと思います。移築ではなくて作庭された場所に残っている出雲流庭園の数少ない作例ですから、ご住職がいらっしゃらないと拝観できないのは、なんとかならないものでしょうか。隣接した町が休館日をずらしているのは、前回の旅でも経験いたしました。益子は月曜が休み、真岡は火曜が休みというのは、一種の棲み分けかもしれません。
 それでもいい旅をなさったようで、嬉しく存じます。とても心惹かれる地域ですよね。私は日程の都合で行けなかった日御碕と吉田に未練があります。

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