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2024年5月

2024年5月30日 (木)

奈良・伊勢神宮旅行 3日目ー1 ホテル ザ・クラシックの朝~伊勢神宮内宮

5月21日(火)
6:00 起床
7:00~朝食 レストランは昨日の夕食と同じです。
和食セットメニューまたは和洋食ビュッフェです。
ビュッフェにしました。和朝食は私には分量が多すぎではないかと思ったのです。

それにしても美味しそうなものがたくさんあるのに、小食がなさけないです。
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卵料理の注文をとりにきましたが私はパス。
主人は、海の幸オムレツ
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このお皿だと、たかがオムレツとは言えなくなります。頼めばよかったかな。

景色を眺めながら
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7:43頃終わって
ロビー 広くてゆったりしていますがクラシック家具ではありませんでした。
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屋上で湾を眺めて
浮かんでいるのは真珠の養殖いかだでしょうか。
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荷物の整理などして9:00~15分ほどお庭を散歩しました。
ホテル玄関を出て少し右に行くと庭園入り口がありました。
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サミット出席の首脳たちが記念写真を撮った場所です。
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安陪さん、オバマさんの時代だったのですね。
コロナがあってウクライナ侵攻があって世界がまるきり違ってしまった気がします。
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私はここから中に入りましたが、主人はもう少しあの赤い屋根の建物あたりまで散歩を続けました。
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こういうところがあったようです。

藤棚会談の場所
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1987年4月24日~27日四極貿易大臣会合(四局通商サミット アメリカ、カナダ、EC,日本)が催され、本会議の前にここで会談したそうです。
館内ツアーで説明されているところにぶつかりました。
ライブラリーとかラウンジとかあるのに、どこにも行っていなかったことに気が付きました。お部屋でぼんやりしていないで 館内を歩けばよかったのに、これも残念。
お部屋に戻る途中ショップがあって皆さんいらっしゃいました。あら、真珠ね、もういいわ。でも後から考えるとピアス くらいなら記念に買ってもよかったのに、とちょっと残念。残念が多いです。つまり再訪しなさい、ということ!

今回のツアーは 奈良ホテルとザ・クラシック、といいホテルに泊まることも魅力でした。
そうしていいホテルって建物やお食事だけでなくホスピタリティと感じました。
スタッフの方が皆さんにこやかで優しいのです。私などのようなものにも場違いな感じはさせません。どちらのホテルでも気持ちよく過ごせました。(京都のブライトンもそうでした)

9:45 バスで伊勢神宮・内宮に向かいました。昨日は五知峠を超えたけれど今日は伊勢道路を行くそうです。

書き忘れていましたが、ホテルは賢島という島にあります(橋を渡る)。 
バスは昨日と同じ。運転手さんは女性でガイドさんはまだ新米のかわいいお嬢さんでした。

途中のお話。 
一般の神社に会って伊勢神宮にないもの
*狛犬 *おみくじ *
賽銭箱 *神社の前の鈴
これらは伊勢神宮より後から入ってきたものだからだそうです。そういえば春日大社にもこれらがなかった気がします。

途中、ダム湖や天岩戸(遠くて見えない)などのあるところを通りましたが、殆どは深い森の中を走りました。
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10:35 内宮 宇治橋前に到着、昨日の案内人さんと会いお話を聞きます。

伊勢神宮内宮
およそ2000年前、垂仁天皇の御代から五十鈴川のほとりに鎮まります皇大神宮は皇室の御祖先であり、我々国民から総氏神のように崇められる天照大御神をお祀りしています。


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宇治橋

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木除け杭(流木が直接橋にあたらないように)
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橋は20年に一度架け替えられます。橋桁は欅、床板は檜。
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神苑
昔はこのあたりは神職の住む家やお土産物屋がひしめいていたそうです。
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斎館 神職が潔斎のためおこもりするところ。皇族方はここでお着換えなさったりおやすみになられたります。この前愛子様もここで休まれたのでしょうね。車はここまで。皇族方もこれから先は徒歩です。(天照大神は皇室の御先祖様ということになるらしいです)
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五十鈴川御手洗場 ここに手を浸して浄めます。
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滝祭神  五十鈴川の守り神 石が敷かれているだけで建物はありません。
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風日祈宮橋を渡って
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風日祈宮(かざひのみのみや) 風の神を祀る別宮
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建物の形式は外宮と同じですが、違うのは屋根の上。千木が内削ぎ(女千木)、鰹木が6本、つまり偶数になっていることです。外宮と違って内宮では全ての宮の千木は内そぎ、鰹木は偶数でした。

神楽殿の横を通って正宮へ(11:27)
正式名は皇大神宮
外側の板垣南御門(写真に見えている垣)内、外玉垣までしか近寄よれません。
白絹の御幌がかかっています。

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瑞垣南御門まで行けるのは皇族のみだそうです。


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(神宮ホームぺ時から拝借)

正殿にはご神体であり三種に神器の一つ 八咫鏡 が祀られています。
ここで唯一神明造りについてのまとめを書いておきます(神宮home pageより)

 

 

  • 檜の素木造りであること
  • 丸柱の掘立式で礎石を使用しないこと
  • 切妻・平入の高床式で棟木の両端を支える棟持柱があること
  • 萱葺の屋根の上には鰹木が置かれていること
  • 千木は屋根の搏風が伸びた形状であること

少し歩いて御稲御倉(みしねのみくら)
神宮神田で収穫された稲を収めるところ。
ここは玉垣などでおおわれていないので小さいけれど唯一神明造りの全体像をしっかり見ることができます。
掘っ立て柱までちゃんと見えます。見えにくいですけれど、あがるためのはしごが床下に置かれていました。
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横の下幣殿も同じ造りでした。

この後は緩い坂を上がり緩い石段をおりてあがって荒祭宮へ。(11:46)
形は風日祈宮と同じ
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お祀りしているのは 天照大御神荒御魂(あまてらすおおみかみのあらみたま)

おりてきました。
神楽殿 ご朱印をいただく方はここで

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このあたりで馬やを見たのですが、写真撮り忘れ、馬はいませんでした。なくなると皇居からくるような話でした。

お守りをここで買いました。(11:50)

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このあたりと御手洗場、正宮以外の場所では私たち一行だけでした。

神苑をテクテク。宇治橋を渡っているとき到頭倒れそうになりました。
何とか集合場所に。丁度12:00でした。1時間半歩き続けたことになります。中にベンチはありません。
説明なしに歩けばもう少し短時間で回れるとは思います。広いので外宮より疲れます。
ここで解散、各自おかげ横丁で自由昼食です。

この後は次回に

2024年5月28日 (火)

奈良・伊勢神宮旅行  2日目ー2 伊勢神宮外宮~志摩観光ホテル・ザ・クラシック

5月20日(月)続き

14:30~15:40
伊勢神宮外宮 GEKUUと濁らずに発音するようです。
伊勢神宮観光案内人が一緒にまわりながら説明してくださいます。

火徐橋を渡って
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外宮は豊受大御神という天照大神の食事を司る神様をお祀りしています。

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14:30を過ぎているせいかお帰りになる方が多いようで、わりに閑散としていました。

鳥居
神明鳥居とよばれるものでとてもシンプルです。
上の笠木にくっつけてもう一本島木というのがあるのが多いですが、これにはなく、
中央に〇〇神社などとかかれた額「神額」もありません。また下段の貫は柱をつらぬいてはいません。
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笠木の切り口は五角形です。(説明がなければ気が付かないところです)
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鬱蒼とした木立の中を進みます。こういう感じはなかなかいいです。

斎館 神職が寝泊まりするところ
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神楽殿 
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10分もしないうちに正宮到着
20年に一度建て替え(遷宮)するので、そのための古殿地
左に奥が本殿
豊受大御神って女の神様では?それなのに、千木が外そぎ(屋根の上に角のように出ている棒が縦にそ落とされている)なので、ガイドさんにお聞きすると、伊勢では下宮が外そぎ、内宮は内そぎ、と決まっているのだそうです。

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板垣南御門 奥は外玉垣南御門

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入れるのは 下の赤丸のところまでです。

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↓ホームページより 鰹木は9本ですね。
切妻平入です。

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別宮に行きます。

三ツ石 三個の石を重ねた石積みで、この前では御装束神宝や奉仕員を祓い清める式年遷宮の川原大祓が行われます。 
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亀石

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石垣にハート型石

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15:13 土宮
地主の神である大土乃御祖神をお祀りします。別宮で唯一、東を向いています

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この後多賀宮に行ったのですが、階段が長いので私は下で待ちました。

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多賀宮
豊受大御神の「荒御魂」をお祀りする外宮第一の別宮です。荒々しく顕著なご神威をあらわす御魂の働きを荒御魂と称えます。

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降りて風宮へ
風宮 
風雨を司る級長津彦命級長戸辺命をお祀りしています。内宮別宮の風日祈宮のご祭神と同じです。
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別宮も20年毎に建て替えで、どれも横にそのスペースがありました。

これで終わりで戻ります。
人気の途絶えた広大な森の中を歩くのは気持ちがよかったです。

15:45頃バスに乗って志摩に向かいました。五知峠経由です。
別宮の伊雑宮のすぐ横を通りました。ホテルからタクシーで15分くらいなので、行くことも検討しましたが、建物はどれもおなじようなので、行かないことにしました。 

16:30 志摩観光ホテル ザ・クラシック到着
一度は泊まって有名なフランス料理を味わってみたかったところです。
(翌朝撮った写真)

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クラシックというより、モダンなお部屋でした。

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スリッパ、フカフカでいいものでしたのでお持ち帰り。

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そうこうしているうちにお夕食。 
レストラン「ラ・メール・ザ・クラシック」へ
ドレスコードありで男性はジャケット着用。
ドレスコードなんて言われると困ったーです。頑張りすぎは浮きそうだし、貧相に見えても、、、。
でも普通にホテルでお食事の恰好でいいはず。着慣れたものにしました。
(打ち明けた話いよいよ痩せて買い物好きなのに既製のもので合うものがほとんど無くて買えないのです。昔の方がウエストも小さいサイズがありました。)
最近はツアーでも全員でテーブルを囲むのではなく夫婦毎のテーブルです。

ワインはとりあえず飲みやすいリースリングを頼みました。

アミューズ ブーシュ
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海の幸オードブル 海の幸と野菜 甲殻類のジュレとともに
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伊勢海老クリームスープ
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これが美味しいと評判らしいです。おいしかったです。でも分量が私には多すぎ。

伊勢まだいのポワレ ヴァンブランソース
このあたりでおなかがいっぱい。 後に備えて殆ど残しました。おさかなのポワレというのがあまりすきではありません。 主人が「伊勢に来て伊勢海老が出ない
なあ」「もうワンランク上のコースなのよ」と私。
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黒毛和牛フィレ肉ステーキ マデラソース ドーフィーヌポテト添え
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これはおいしかったです。お刺身級?に柔らかいお肉でした。でも半分は主人に回しました。 

いちごとチェリーのソルベ チェリーコンポートとともに
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これは完食。

コーヒー 小菓子(お干菓子のようなお菓子でしたが、写真撮り忘れ。スタッフの方がおもちかえりになるのでしたら、と箱に入れくださいました。
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19:27頃満足してお席を立ちました。

このホテルは2016年に開かれた伊勢志摩サミットの会場となったことで有名です。その時のテーブル(ワーキングランチ)

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8517歩

2024年5月27日 (月)

奈良・伊勢神宮旅行 2日目ー1 奈良ホテルの朝~二見興玉神社

5月20日(月)
夜中はかなり降ったようですが、朝は曇り、今日はどうやら傘無しですみそうです。
6:00 起床
7:00 ~7:40 朝食 
お部屋は洋食レストランである三笠です。
定食で和・洋・茶がゆが選べます。相方と別メニューでも大丈夫。私は朝がゆにしました。
前は二泊して一回目は洋にして、この時パセリオムレツを覚えたことを思い出しました。もう一回は朝がゆでしたが、覚えているのとは違っていました。

二段重ねの細長いお重で運ばれてきました。
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残念、一段目が切れてしまいました。

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茶粥は煮出したほうじ茶や緑茶の中に冷ご飯を入れて炊いたものだそうです。ほうじ茶の香りがしておいしかったです。
いつも思うのですが、おいしい和食ってだしの香りがしないのに、いいお味なのですね。茅乃舎の出しに頼り切りはやめた方がいいのかもしれません。

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部屋の明かりが映り込んでいます。
外を見るとお庭を歩いていらっしゃる方が見えました。

一度部屋に戻って一休みして、パッキングもすませてお庭に出ました(レストランに行く廊下の途中から外に出られました)。
お庭といっても細長い通路のようなところです。(8:55~9:10)
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下に見えているのは荒池です。
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写真は載せませんが「乃木大将お手植えの松」というのもありました。
私はこれで部屋に戻りましたが、主人はもう少し写真を撮る、と言って残りました。
上から見下ろした旧大乗院庭園

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ホテル玄関
1909年開業 辰野金吾・片岡安氏設計。年月を感じさせられる和洋折衷の独特の佇まいです。また来たい!

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9:50集合
出発が遅いのがありがたいです。
近鉄奈良駅に向かいます。
10:33発 観光特急しまかぜ 入線してきたので乗車して待ちます。

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座席は2-1で新幹線グリ-ン車よりもっとゆったりしています。 
沿線には田植えを終えたばかりの水田が広がり長閑な風景でした。
12:03 宇治山田駅到着
すぐバスの乗り込み二見浦に向かいます。
12:30
バスを停めたところにある夫婦横丁でまずお昼をいただきました。

いいお肉でおいしかったのですがおなかがいっぱいで後から来た茶碗蒸しには手が付けられませんでした。

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牛の時雨煮もおいしくて帰りに買って帰ろうと思いつつ忘れてしまいました。

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多分(13:10)海沿いに歩いて神社に向かいました。
嬉しいことに晴れてきました。
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7,8分歩いて二見興玉神社(おきたま)
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浜参宮
「禊」の参拝ということで中にはいって宮司さんのお話を聞きました(扉を閉めて私たちだけ)。

ここではお払いの棒に付いているのが紙ではなく無垢塩草という興玉神石(注連縄のある石の向こうにあるが地震のため現在は海面下になって見えない)付近でとれた海藻でした。でもこれを振り回したりはしませんでした。
↓こういうものをいただきました。

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猿田彦大神は天孫降臨の節、天八衢にて天孫をお迎えご先導を以て御神威を顕わされました。
その後、「吾は伊勢の狭長田五十鈴川上にいかん」と仰せられ、天鈿女命の侍送により伊勢に還りこの地に住まわれました。垂仁天皇の皇女倭姫命が天照皇大御神を奉戴され、この二見浦に御舟を停められたとき、興玉大神は海上の厳島に出でまされ、御神幸を守護し奉り五十鈴の川上に大宮地を定められました。そして、未来永劫、皇大神宮大宮地の守護神として鎮まられ、内宮御垣内に興玉神が奉斎せられるに至りました。(神社ホームページの説明から)
祭神は猿田彦です。道案内の神といわれ、交通安全などにいいらしいです。

二見浦といえば夫婦岩です。
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伊勢海の守護、ということで龍神信仰。龍神は雨を喜ぶので蛙があちこちにいるそうです。
無事かえる、とか貸したものがかえる、とか ご利益があるらしいです???
うっすら見えているのが知多半島。

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少し進むと 天の岩屋。ふーん、ここにもあるのですか。

そろそろ集合時刻らしいので戻ります。

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14:10 バスで 伊勢神宮外宮に向かいました。
 外宮は次回に

2024年5月25日 (土)

奈良・伊勢神宮旅行1日目ー2 春日大社~奈良ホテル

バスで春日大社へ移動
春日大社も以前きたことがあり丁寧な説明をうけたのですが、あちらが三笠山です、と言われたこと、灯籠がたくさんさがっていたことなど断片的にしか覚えていません。平成28年になされた20年に一度の式年造替のおかげか真新しい感じがしました。

春日大社
1300年くらい前に創建され、平城宮の守護神として、常陸からの武甕槌命、下総からの経津主命、河内からの天児屋根命、比売神が祀られています。
768年に本殿が創建されるまでは三笠山、春日山への祈りがなされていました。春日大神の使いである神鹿の殺生も禁止されています。

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15:00 P駐車場にバスを停めて歩き始めます。再集合は15:40です。
二之鳥居

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祓戸神社

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伏鹿手水所

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参道は二本あり私たちはここでなくもう一本の方を歩きました。

苔むした石灯籠がずらり立ち並んでいます。

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15:11 本殿下で15:40までフリータイム。本殿に入ってよし、若宮まで行ってよし。

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出現石
太古の昔、神様が降臨された神聖な「磐座」であり、赤童子(若宮様の荒魂)が出現したと伝わる事から「出現石」と言われています。

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私たちは南門で500円なりを払って御本殿(大宮)回廊内に入りました。

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雨はいつしか上がっていました。
中門・回廊
手前は林檎の庭 神楽、舞楽など神事芸能が奉納されるお庭、平安時代天皇が林檎の木を献木されたことから、こうよばれています。

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こういう朱塗の建物、以前はぞっとしましたが見慣れてくると、これも美しいと思えるようになってきました。

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大杉 樹齢1000年高さ20m

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↓内侍殿から御廊をむすぶ渡り階段、古くは登廊(とうろう)と呼ばれていた建物です。この建物は斜めに階段が付けられており、柱や棰、桁などのほとんど部材が捻じれをもって建てられています。その極めて高い技術を要することから、江戸初期に活躍した伝説の大工、左甚五郎(ひだりじんごろう)の作であるとの説があります。

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中央を御手洗川が流れているのですが、残念、蓋がされています。

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釣り灯籠が飾られているここが一番好きでした。

藤浪之屋 万灯籠再現
2月の節分、8月14,15日の年3回行われる万灯籠神事を感じさせるためにもうけられたものです。暗くした室内に灯りがともって少し怖かったです。

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後殿各所参拝所

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この右手がご本殿の後ろ側になります。 ご本殿は見られません。

home pageから拝借
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そろそろ集合時刻です。

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15:40これから東大寺大仏殿に向かいます。もう大仏はいいので別行動をとることにして一行とお別れしました。

このバスのたまり場のところにタクシー乗り場があるので、そこで待ちたかったのですが、主人は通りに出た方が拾いやすいと歩き始めます。まあ、一の鳥居まで遠いこと!少し下り坂でしたので、つらくはありませんでしたが、ともかく私はノロイのです。↓地図、うえのPから下方の赤いの鳥居マークまで25分くらいかかったでしょうか。

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予定としては元興寺に行くつもりでした。もう時間がありません。流しは無理なのでアプリでタクシーをよぼうとしたら、 主人が「さっと行って写真を撮ってくるから、あなたはホテルに行ってて」写真でなく、この目でみなければ、でもいそいで 歩く余力はもうないので、ホテルへ。
旧大乗院庭園が16:30までは入れます。今、16:20 そこでこちらを観ることにしました。
ホテルの建物に行く途中坂をおりればすぐです。
ホテルで入場券がいただけるようですが、券なしで入りました。

旧大乗院庭園 (16:20~16:30)
大きな池がゆったりひろがっていました。
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奈良ホテル

一行の到着は17:15.主人は 17:00には戻る、と言っています。ホテル玄関のベンチで待ちました。ホテルの方は「お部屋にはいってていいですよ」(部屋割りはもう決まっていた)といってくださったのですが、荷物のこともあるので玄関、途中からラウンジで待ちました。ここは前に来たときはティールームで美味しい紅茶がいただけたのですが(もちろん有料)今は17:00からドリンクフリーになっていました。
やはり老舗ホテル、スタッフの方たちはみなさん丁寧で親切でした。

お部屋は前は新館でしたが今回は本館1階。お部屋に続く廊下は非常に幅が広く天上が高いです。
お部屋の天井も高い。ただ古いホテルのせいか、コンセントは二つでした。

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18:00~夕食 「花菊」で和食でした。
 本酒とビールを頼みました。

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先付け 海老とじゃが芋の素麺仕立て 細いのがじゃが芋細切り、シャキシャキ感があっておいしかったです。
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前菜 浅利と大和まなお浸し みつせ鶏つみれ照焼 筍と烏賊木の芽味噌和え ミニ笹餅
   白魚アスパラカダイフ揚げ

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吸物 玉葱仕立て 蛤 蕪 菜の花

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御造里 お造り五種盛り 芽物一式
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鮪の向こうにある薄い京野菜(奈良野菜?)
焼物 ミナミイセエビのポワレ 和風ソース

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油物 眼張変わり揚げ  もうこのあたりでおなかがいっぱい、ホトンど残してしまいました。

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ご飯 奈良県産ひのひかりの浅利ご飯 香の物
留椀 味噌仕立て

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水物 杏仁豆腐 苺ソース
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20:00ごろ終わってお部屋へ、

   (12491歩)

2024年5月23日 (木)

奈良・伊勢神宮旅行 1日目ー1興福寺

5月19(日)~21(火)2泊3日の奈良と伊勢神宮に行ってきました。 
今回は特にこだわりもないのでツアーにしました。
目的はただ一つ、神明造りをこの目で見ることです。お伊勢参り、といった殊勝なものではありません。

クラブツーリズム利用です。さすが超大手だけあって、毎月三本は出ています。
今回もプレミアムステージ夫婦旅で7組14人参加でした。
観光箇所が少なくあくせくしなくてよさそうなことで選びました。
もう少し前ならせっかくだからと、もっと貪欲に見ようと考えたと思いますが、もう体がいうことをきいてくれません。

初日は新横浜10:18乗車。二日目、三日目は朝の出発がそれぞれ9:50、9:45 でした。

19日 新横浜→京都駅→奈良→興福寺→春日大社→東大寺→奈良ホテル(泊)
 (東大寺はパスするつもりです)

余裕を持って8:29のバスに乗り、9:50に新横浜駅の新幹線待合室に入りました。いつもながら、スイカでここまで来ると入場券を買う所でまごつきます。きょうは昼食がついていないので途中でお弁当を買いました。

この会社のプレミアムステージの旅というのは新幹線はグリーン車利用が決まりらしいです(そのほか三本列車に乗りましたが、どれもワンランク上の車両でした。私たちには分不相応ですが、ペアシートなので夫婦旅にはいいかもしれません)。
添乗員さんは年配でいかにもベテランといった感じのM氏。資料もたくさん準備してくださっていました。 

私たちは朝食抜きでしたので乗車して落ち着いたところで早速お弁当を広げました。
私はいつもの崎陽軒、主人は深川めしです。

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深川めし
の方が美味しそうです。でも私は白いごはんが好きなのです。

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崎陽軒、美味!とおもったことはないけれど、安心の味。新横浜駅にはこれは!と思うものがあまりないのです。

12:16京都駅着 すぐ近鉄京都駅に行きます。改札を抜けホームで待ちます。すぐ列車が入ってくるので座って待ってていいですよ、ということで、去年ものめずらしげに眺めた観光特急「あおによし」に乗り込みました。

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13:00発 13:34近鉄奈良駅着
奈良駅に着く少し前に平城宮・朱雀門が見えます。
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着くとすぐ移動してバスへ。私は急がれるとすぐ息苦しくなるので、バスに乗り込んだ時はフラフラでした。でも興福寺に着いたときは何とか平常(私の)に戻っていてやれやれでした。観光バスは興福寺の境内、それも宝物殿のすぐ前に停まります。
バスをおりると雨でした。

興福寺 藤原氏の氏寺

『宝字記』によると、天智8年(669)に藤原鎌足の夫人であった鏡女王が、夫の病気の回復を祈願するために、堂舎の建立を夫に再三願い出て許しを得て建立を果たしたとされています。山科にあったので「山階(やましな)寺」と呼ばれていましたが、のちに近江から飛鳥に遷都され、さらに平城遷都に際して710年再度平城京に移建されて興福寺と改称されたと伝えられています。

国宝館
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ぐるぐる回って最後に阿修羅さまにお目にかかりました。やはりいいですね。
前と展示の仕方がかわっているようです。前はもう少し後までみえたような、、、。

阿修羅像
阿修羅はインド神話に登場する戦闘の神で、仏教に帰依してその守護神となった。一般的には激しい怒り顔で3つの顔と6本の腕を持つ姿で表されるが、興福寺の像には怒りや激しさが見えず、表情は繊細で内面的であり、腕と体が細い少年の姿で表される。その表情には懺悔という仏教で重要な宗教行為が投影されていると想定される。(パンフレットより)
絵葉書とクリアファイルを買いました。

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懺悔というより、少し辛そう、といった感じの表情。少年、でもお胸が、、、。
矢張り素敵で見とれてしばし、立ち止まりました。
館内かなり人がいましたが、鑑賞の妨げとなるほどではありません。出た後に修学旅行の高校生たちがやってきました

銅造仏頭 685年(白鳳時代)
1180年の平家の焼き討ちで一山ほぼ全焼となった興福寺の鎌倉復興期に、東金銅の本尊として山田寺から迎えられた如来像の頭部。山田寺は蘇我倉山田石川麻呂が建てた寺で、この像は彼の冥福を祈り、685年に完成された白鳳彫刻の傑作として知られる。1411年の火災時に首から下が失われ、その後1937年の東金銅修理の時に、現本尊の薬師如来像の台座の中から発見された。(パンフレットより)

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仏像は苦手ですが、これは気に入りました。

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五重塔は修理中でした。

中金堂

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高田崇文の小説に『采女の怨霊』というものがあります。その采女神社が猿沢の池のほとりに立っています。そこに行きたいのですが、坂道で私の足では時間内行ってくるのは無理。主人が行って写真を撮ってきました(この目でみなければ意味がないのに、、、)。

采女神社
奈良時代、天皇の寵愛が薄れたことを嘆いた采女が猿沢の池に身を投げ、その霊をなぐさめるために祀られたのがこの采女神社です。入水した池を見るに忍びないと、一夜にして神社は池に背を向けたということです。中秋の名月の日に管弦船を池に浮かべてお祭りが行われるそうです。その日に来てみたいものです。
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多分14:40集合だったと思います。バスで春日大社に向かいました。 
今回はここまでにします。 

2024年5月 8日 (水)

『王女に捧ぐ身辺調査』 アリスン・モントクレア著

『ロンドン謎解き結婚相談所』シリーズの第二弾です。

全く他愛もない話ですが、楽しい時間が過ごせましたので、つい次作も買ってしまいました。

王女に捧ぐ身辺調査』 アリスン・モントクレア著創 元推理文庫

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この物語は1946年の話、イギリスで王女といえば少し前に亡くなられたエリザベス女王のこと。
結婚相談所なのですが、ある日、グェンのいとこで王妃の部下がある人の身辺調査を依頼してきます。
当時エリザベス王女はギリシャのフィリップ王子に恋していたのですが、色々問題ありです。
その中でも何とかしなければならないのが、フィリップ王子の母親アリスに関するスキャンダルをほのめかす手紙が届いたことです。それで事の真相を調べてほしいという依頼です。
活劇シーンの合間に二人の他愛もないおしゃべりが延々、でもこれがとても楽しいのです。
なんだか大山鳴動、、の感もなきにしもあらずでしたが、一気読みしてしまいました。

イギリス好きには楽しく時間のたつのを忘れせさせてくれる本でした。   

2024年5月 5日 (日)

『風に立つ』 柚木裕子著

新聞の評が良かったので買ってみました。

『風に立つ』 柚木裕子著 中央公論者

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問題を起こし家裁に送られてきた少年を一定期間預かる制度ーー補導委託の引受を突然申し出た父・孝雄。南部鉄器の職人としては一目置いているが、仕事一筋で決して良い親とは言えなかった父の思いもよらない行動に戸惑う悟。納得いかぬまま迎え入れることになった少年と工房で共に働き、同じ屋根の下で暮らすうちに、悟の心にも少しずつ変化が訪れて……。家族だからこそ、届かない想いと語られない過去がある。岩手・盛岡を舞台に、揺れ動く心の機微を掬いとる、著者会心の新たな代表作!

南部鉄器の工房「静嘉」は親方孝雄とその息子悟(38歳)それに還暦近い林健司が働いています。時にアルバイトを入れることもあります。悟から見ると、親の孝雄は偏屈でおよそかわいがってもらえたという記憶はありません。
それが預かった春人に対しては別人としか思えないやさしさです。
前科者を家に入れるなんて、と悟は反対ですが、頑固者の父親には抗えません。
ひょうきんなところのある健司が間を取り持ち結婚して家を出た妹も時々顔をみせて空気を和らげます。
岩手の伝統行事も取り入れて描く春人の変化、それに悟の変化、そうして父の理解へ、、、。

ハートゥオーミングノベルといえばいいのでしょうか。
私はちょっと甘い、現実はこうではないのではないか?という気がしました。 

読み終わってマンションの中庭を散歩しました。 

ベニバナとちの木です。

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2024年5月 3日 (金)

映画「オッペンハイマー」

話題になっている映画「オッペンハイマー」を観てきました。

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原爆を開発・製造したオッペンハイマーの物語です。

第二次世界大戦下、
アメリカで立ち上げられた極秘プロジェクト「マンハッタン計画」。
これに参加した J・ロバート・オッペンハイマーは優秀な科学者たちを率いて
世界で初となる原子爆弾の開発に成功する。
しかし原爆が実戦で投下されると、
その惨状を聞いたオッペンハイマーは深く苦悩するようになる。
冷戦、赤狩り―激動の時代の波に、
オッペンハイマーはのまれてゆくのだった―。
世界の運命を握ったオッペンハイマーの栄光と没落、その生涯とは。
今を生きる私たちに、物語は問いかける
第二次大戦中のことです。ナチスドイツが開発している原爆にドイツより先に造らねば、とマンハッタン計画がたてられ、そこに開発のリーダーとして参加を要請されます。
彼には研究者として原爆を完成させる、ということ以外見えていないのです。
ナチスドイツを攻撃するための開発でした。ところが開発直前の45年5月ドイツは無条件降伏したのです。
原爆はもう必要がない?しかしトルーマン大統領は「日本だ」

7月15日 実験成功。

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そうして8月広島に投下。
日本人としては体が硬直してしまい、しばらく息をとめてしまった場面でした。
しかし、ロスアラモスでは万歳、大喜びです。
オッペンハイマーにとっては自分たち研究が成功した、という感激でその時はむごい亡くなり方をした十数万もの人々がいることなどに考えは及んでいなかったのです。
アメリカ政府としては、これで戦争を終わらせることができた、多くの人を死なせずに済んだ、という評価です。

しかし、その後オッペンハイマーは後悔し水爆には断固反対。それもあってか、赤狩りにあい公職追放。解けたのはジョン・F・ケネディが大統領になったときです。  

ともかく圧倒されました。まずはその見せ方。音、映像。画面は原爆開発当時と戦後が絶えずれ変わります。カラーと白黒。そうして宇宙をあらわしているのか、星空。まるで パッチワークのように入れ替わります。

オッペンハイマーを演じたキリアン・マーフィー、研究に関しては容赦ない態度をとるけれど、人間としては繊細でナイーブ、それに女性関係係もあり、どこか危うさを感じさせる役どころをうまく演じていると思いました。他にもそうそうたる俳優が出ていました。ニールス・ボーア、誰かと思ったらケネス・ブラナーでした。

3時間という時間が短く感じられるほどで、集中が途切れることはありませんでした。

今ロシアはウクライナでの核使用をちらつかせています。ガザを巡っても心配な状況です。

映画館で見るべき映画です。(映画がはじまってみれば分かります)

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