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2024年5月23日 (木)

奈良・伊勢神宮旅行 1日目ー1興福寺

5月19(日)~21(火)2泊3日の奈良と伊勢神宮に行ってきました。 
今回は特にこだわりもないのでツアーにしました。
目的はただ一つ、神明造りをこの目で見ることです。お伊勢参り、といった殊勝なものではありません。

クラブツーリズム利用です。さすが超大手だけあって、毎月三本は出ています。
今回もプレミアムステージ夫婦旅で7組14人参加でした。
観光箇所が少なくあくせくしなくてよさそうなことで選びました。
もう少し前ならせっかくだからと、もっと貪欲に見ようと考えたと思いますが、もう体がいうことをきいてくれません。

初日は新横浜10:18乗車。二日目、三日目は朝の出発がそれぞれ9:50、9:45 でした。

19日 新横浜→京都駅→奈良→興福寺→春日大社→東大寺→奈良ホテル(泊)
 (東大寺はパスするつもりです)

余裕を持って8:29のバスに乗り、9:50に新横浜駅の新幹線待合室に入りました。いつもながら、スイカでここまで来ると入場券を買う所でまごつきます。きょうは昼食がついていないので途中でお弁当を買いました。

この会社のプレミアムステージの旅というのは新幹線はグリーン車利用が決まりらしいです(そのほか三本列車に乗りましたが、どれもワンランク上の車両でした。私たちには分不相応ですが、ペアシートなので夫婦旅にはいいかもしれません)。
添乗員さんは年配でいかにもベテランといった感じのM氏。資料もたくさん準備してくださっていました。 

私たちは朝食抜きでしたので乗車して落ち着いたところで早速お弁当を広げました。
私はいつもの崎陽軒、主人は深川めしです。

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深川めし
の方が美味しそうです。でも私は白いごはんが好きなのです。

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崎陽軒、美味!とおもったことはないけれど、安心の味。新横浜駅にはこれは!と思うものがあまりないのです。

12:16京都駅着 すぐ近鉄京都駅に行きます。改札を抜けホームで待ちます。すぐ列車が入ってくるので座って待ってていいですよ、ということで、去年ものめずらしげに眺めた観光特急「あおによし」に乗り込みました。

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13:00発 13:34近鉄奈良駅着
奈良駅に着く少し前に平城宮・朱雀門が見えます。
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着くとすぐ移動してバスへ。私は急がれるとすぐ息苦しくなるので、バスに乗り込んだ時はフラフラでした。でも興福寺に着いたときは何とか平常(私の)に戻っていてやれやれでした。観光バスは興福寺の境内、それも宝物殿のすぐ前に停まります。
バスをおりると雨でした。

興福寺 藤原氏の氏寺

『宝字記』によると、天智8年(669)に藤原鎌足の夫人であった鏡女王が、夫の病気の回復を祈願するために、堂舎の建立を夫に再三願い出て許しを得て建立を果たしたとされています。山科にあったので「山階(やましな)寺」と呼ばれていましたが、のちに近江から飛鳥に遷都され、さらに平城遷都に際して710年再度平城京に移建されて興福寺と改称されたと伝えられています。

国宝館
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ぐるぐる回って最後に阿修羅さまにお目にかかりました。やはりいいですね。
前と展示の仕方がかわっているようです。前はもう少し後までみえたような、、、。

阿修羅像
阿修羅はインド神話に登場する戦闘の神で、仏教に帰依してその守護神となった。一般的には激しい怒り顔で3つの顔と6本の腕を持つ姿で表されるが、興福寺の像には怒りや激しさが見えず、表情は繊細で内面的であり、腕と体が細い少年の姿で表される。その表情には懺悔という仏教で重要な宗教行為が投影されていると想定される。(パンフレットより)
絵葉書とクリアファイルを買いました。

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懺悔というより、少し辛そう、といった感じの表情。少年、でもお胸が、、、。
矢張り素敵で見とれてしばし、立ち止まりました。
館内かなり人がいましたが、鑑賞の妨げとなるほどではありません。出た後に修学旅行の高校生たちがやってきました

銅造仏頭 685年(白鳳時代)
1180年の平家の焼き討ちで一山ほぼ全焼となった興福寺の鎌倉復興期に、東金銅の本尊として山田寺から迎えられた如来像の頭部。山田寺は蘇我倉山田石川麻呂が建てた寺で、この像は彼の冥福を祈り、685年に完成された白鳳彫刻の傑作として知られる。1411年の火災時に首から下が失われ、その後1937年の東金銅修理の時に、現本尊の薬師如来像の台座の中から発見された。(パンフレットより)

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仏像は苦手ですが、これは気に入りました。

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五重塔は修理中でした。

中金堂

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高田崇文の小説に『采女の怨霊』というものがあります。その采女神社が猿沢の池のほとりに立っています。そこに行きたいのですが、坂道で私の足では時間内行ってくるのは無理。主人が行って写真を撮ってきました(この目でみなければ意味がないのに、、、)。

采女神社
奈良時代、天皇の寵愛が薄れたことを嘆いた采女が猿沢の池に身を投げ、その霊をなぐさめるために祀られたのがこの采女神社です。入水した池を見るに忍びないと、一夜にして神社は池に背を向けたということです。中秋の名月の日に管弦船を池に浮かべてお祭りが行われるそうです。その日に来てみたいものです。
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多分14:40集合だったと思います。バスで春日大社に向かいました。 
今回はここまでにします。 

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コメント

kikuko様
まあ、どこでもお宝はほしいもの。
ヨーロッパの教会なら聖遺物ですよね。
コンクのサント・フォア教会にある聖フォアの聖遺物もアジャンにある教会からコンクの僧が盗みみだしたもの。 当時は聖遺骨や聖遺物の盗みは罪にならなかったとか。 
聖人がここにとどまりたい、といったとかいう理屈もつけられる場合もあったらしいです。
飛鳥は20年近く前にツアーでいきましたがまた行きたいです。 個人で回るのはなかなか大変そうですね。

 興福寺は昨年、何十年ぶりかで参りましたので、懐かしく拝見いたしました。そのあと、明日香に行って、飛鳥資料館で復元された旧山田寺の東回廊を見せていただきましたが、旧山田寺側では、講堂本尊を興福寺の僧兵に強奪されたと言っています。まあ、興福寺としては「お迎えした」としか言えないでしょう。五重塔は廃仏毀釈で焼かれなくては幸運でしたね。

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