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2024年6月

2024年6月27日 (木)

『厳冬之棺』 泌文著

初めて中国ミステリーを読みました。アマゾ〇で、よくあなたにお薦め、とかであげられてくるものの中から見つけました。☆マークが四つ半ついていてクチコミもよかったので、これなら!と購入しました。あたりといえるでしょう。面白かったです。

厳冬之棺』 孫泌文著 ハヤカワ文庫

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表紙裏の内容紹介から
湖のほとりに建つ陸家の半地下の貯蔵室で、当主陸仁の遺体が発見された。この地下小屋は大雨により数日間水没していたにもかかわらず、その床は乾いており、誰かが外から侵入した形跡はない。まさに完全な密室状態だった。そして殺害現場には、なぜか嬰児のへその緒が。梁良刑事は直ちに調査を開始するが、それを嘲笑うかのように新たな密室殺人が陸家を襲う.....

湖のほとりに陸家の大きな屋敷が建っていいます。 
ページをを開くと、まず陸家の系図と屋敷の間取り図。
もうこれだけで期待大。最近は読んでいない正統派謎解き小説の感じがします。
表紙絵と相まってなんだかゴシック風な感じ。次々人事件が起こるようです。

この家に間借りをしている声優・鐘可と漫画家で探偵も頼まれる安縝も捜査にかかわります。
人里離れた湖のほとり、男の子しかいない陸家の秘密とか謎めいたところもあってゾワゾワ。 

凝った仕掛けを次々解き明かしていくのがちょっとあっけない感じもしましたが、、、。さて犯人は?

面白かったです。

2024年6月24日 (月)

『オリ-ヴ・キタリッジの生活』

エリザベス・ストラウトの本をもう一冊読みました。

オリーヴ・キタリッジの生活』 エィザベス・ストラウト著  ハヤカワepi文庫 

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表紙裏の紹介から
アメリカ北東部にある小さな港町クロスビー。一見何も起こらない町の暮らしだが、人々の心いは、まれに嵐も吹き荒れて、いつまでも癒えない傷跡を残して行くーー。
住人のひとりオリ-ヴ・キタリッジは、繊細で、気分やで、傍若無人。その言動が生む波紋は、ときに激しく、時にひそやかに周囲に広がっていく。人生の苦しみや喜び、後悔や希望を静かな筆致で描き上げ、ピューリッツアー賞に輝いた連作短編集。

クロスビーは架空の町ですが、メイン州にあることになっています。
メイン州の海辺、といえばかなり以前に観た「八月の鯨」という映画を思い出します。
私はアメリカには行ったことがありません。行けたとしたらこのカナダに近い北東部に行きたかったです。

クロスビーという小さな町で起こる様々なことが描かれるのですが、オリーヴ・キタリッジは元中学の数学教師。三十年も教師をしていたので、町のかなりの人が教え子、ということになります。慕われていたというより、多分先生として寄りかかれる存在だったのではないでしょうか。

元々背は高かったのですが、徐々に太ってきて、かなり大女のようです。

最初は時々顔をみせる程度だったのが後の方は彼女の物語になっています。
ルーシー・バートンものとはかなり雰囲気が違います。

圧がものすごく強いのです。ある時、夫のヘンリーに言われます。「結婚してからずいぶん長いことになるが、それだけの間に、おまえからあやまったということは一度もないな」。

夫のヘンリーは薬剤師でおとなしく心優しい人のようです。
第一話「薬局」 は経営している薬局の店員デイジーに密かな思いを寄せる話、とてもよかったです。全体の中でこれが一番好きでした。

後に行くほどオリーヴの毒が強くなって、最後は投げ出したくなりました。 
父親がなくなってからのようなのですが、息子に対する独占欲ともいうべきものがとても強くなります。息子の結婚相手が気に入らないからと言ってあんなことをするなんて。自分自身の品位を保つ、という考えはなさそうです。
自分自身でもどうにもならないのでしょう。 
この小説には そういう自分自身ではどうにもならない人々の哀しさ、喜びが描かれています。
誰にも多かれ少なかれある気持ちですが、それを外に出すか出さないかは人それぞれ。出されると厄介です。 

年のせいか、少し私には荷が重い小説でした。

2024年6月20日 (木)

『さまよえる神剣』 玉岡かおる著

新聞に紹介されていた本を読みました。

さまよえる神剣』 玉岡かおる 著 新潮社

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壇ノ浦の合戦(1185年)の際、安徳天皇は祖母の二位の尼に抱かれて三種の神器とともに入水されたのですが、安徳天皇は生きていてここにいらした、という言い伝えがあちこちにあるようです。私も対馬や徳島でそういう話を聞きました。
対馬でここで安徳天皇は75歳まで生きた、という話も聞きましたが、遠すぎて?でした(ガイドさん自身も信じていらっしゃらないようでしたが)。
徳島県は屋島から近いですから、ふむふむです。去年の四国ツアーでは大歩危に行くとき、ここが安徳天皇の御典医、
堀川内記の家だった、というところを通りました。

帯後ろ側には
天皇家に忠義を尽くす小楯家の次男・有綱は、は
承久の変(1221年)に敗れ隠岐に流される後鳥羽上皇を警護する最中、上皇寵愛の伊賀局から謎めいた使命を受ける。有綱はそれを源平合戦の際、壇ノ浦で失われた三種の神器の剣を探すことと理解し、備前の刀工・伊織、大三島の幼い巫女・奈岐とともに探索に旅立つ。やがて辿り着いた山中の集落で、彼らを待っていたのはーー。日本史最大の謎を独創性豊かに解き明かす、かつてない一台歴史ロマン!

と紹介されていて興味津々、読み始めました。
備前、生口島をへて四国山中を奥へ奥へと獣道のような道なき道も歩いて剣を求めて旅を続けます。

伊賀局には謎めいたところがあり、奈岐には神がかったところがあるなど非現実な要素もあります。

最期は肩すかしをくらったような、ま、そうかもと思ってみたりでした。

ことの顛末を書いてしまうと、これからお読みになる方の楽しみを奪うことになりますから、途中の話で個人的にあらっと思ったところを。

京都の法然院から霊鑑寺へ行く途中に安楽寺というお寺の前を通りました。ここも霊鑑寺同様、一年の内ほんのわずかな期間しか一般人は入れないお寺です。
拙blogから安楽寺の説明を引きます

法然上人の弟子、住蓮上人と安楽上人,両上人の讃える礼賛が素晴らしく多くの人が集まったのですが、その中に後鳥羽上皇の宮女、松虫姫と鈴虫姫がいました。二人は上皇の留守の夜、御所を抜け出して、両上人より剃髪を受け、法名も賜ります。
上皇は激怒。両上人は斬首。両姫は瀬戸内海の生口島で念仏三昧の日を送ります。 

有綱、伊織は上皇に近しいこの二人の住むところと聞いて訪れる生口島、ここも去年の四国ツアーで通った島ではありませんか。

日本史に詳しくないのですが、このようにところどころ知って場所が出てくることもあり面白く読みました。

2024年6月16日 (日)

またまたベイ・ビューへ

息子の誕生日祝いを兼ねて4人でランチをしました。
行ったのはこのところ続けて利用している、横浜駅西口広場にあるベイ・シェラトンホテル28階のレストラン、ベイ・ビューです。
これまでホテルでランチというとニューグランド一択でしたが、ベイ・シェラトンをおぼえてからはこの横浜駅前という便利さには負けます。
お天気が心配でしたが、晴れました。暑かったようですが、電車を下りて地下通路を6分ほど歩いて行けるので問題なしです。

11:45の集合。顔を合わせるのはお正月以来です。

席におちついて、ワインは昼なので軽い方が、とリースリングをボトルで注文。

メニューは少しづつ変化をもたせているようでした。

まずアミューズドブッシュ 烏賊と何とかの酢の物風でした。
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続いてパンが4人だからでしょうか、ビックリ、バゲット一本丸ごとデンと置かれました。切り込みは入っています。
途中からバターロールや胡桃パンなども運ばれてきました。横の小さい入れ物はバターで黒い粒粒はオリーブです(もちろん各人に)。

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オードブル :ノルゥエー産サーモンのコンフィと水茄子のプレゼ アボガドとクスクスのタブレ

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美味しい!量もしっかりあります。頂きながら、これはまだオードブルでお魚料理ではないのだ、と思って少しセーブ。

スープ :小田原産たまねぎの冷たいポタージュ コンソメのジュレ バジルの香り

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これもおいしい、かなり量があります。先を考えて控えましたが、全部頂きたかったです。

スズキのオーブン焼きヴィエノワーズ カーダモン風味のナージュしたてポワローとアサリのエチュベ

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私はもうかなりおなかがいっぱいでこれはパス、でしたが、他の方がめしあがられますか?と中央においてくださったので、 誰かと誰かが頂きました。

他の人たちは牛にしましたが、私は軽いかとおもって、
はかた地どりのガランティーヌ トマトとパプリカのクリームとバルサミコソース 

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私はまわりのお野菜とお肉はほんの一口、残りは誰かさんと誰かさん。

デザート :クレームビュルレ ストロベリーマスカルポーネアイスと季節のフルーツ

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飲み物、私は紅茶にしました。

前よりバージョンアップしたようで分量もおおめ。お味も良かったです。

ここは3回目です。前2回は平日でしたが、土曜日となると雰囲気が違いました。平日昼は殆ど女性グループ。
土曜日は家族連れもいればお隣のテーブルは老人男性4人組、これは珍しい。賑やかにおしゃべりに興じられていました。間隔は十分にあるので仔細に内容が分かるというようなことはありません 結構全体に賑やかでした。 

息子はこの間家に来ようとしたけれど、風邪をひいてこなかったのですが、その時渡すつもりだったらしい 私への誕生日プレゼントを受け取りました。
フォーションのセットです。この頃息子は色々気を使ってくれます。私が「おいたわしや」だからだしょうか?

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少し歩いても疲れるので帰りは高島屋へも成城〇井にもよらずまっすぐ帰りました。

2024年6月14日 (金)

『私の名前はルーシー・バートン』

先日読んだ『ああ、ウィリアム』の前編である本を読みました。

私の名前はルーシー・バートン』エレザベス・ストラウト著 ハヤカワ文庫

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『ああ、ウィリアム』ではルーシーは60代、ウィリアムは70代で二人はずっと前に離婚していましたが、この作品ではまだ若く、もちろんウィリアムとは夫婦で子供も5歳と6歳。そういう時ルーシーは盲腸で入院。ニューヨークの窓からクライスラービルディングの見える病室です。

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ところが余後が悪かったのか、結局9週間も入院することになった時の話です。
個室に入れてもらえたのは良いけれど、寂しさをかこっていた頃、窓からふとベッドの足元に目を移すと母親が椅子に腰かけていたのです。多分、何年も前結婚するころ ウィリアムとイリノイ州の実家まで行って会った時以来。
母親はニューヨークは初めてのはず。多分飛行機に乗ったのも初めて。
その母が照れ臭そうにベッドの足元の椅子に座っていたのです。
5日間の滞在のあいだ、ベッドに横になることもなく。
その母と当時の友達その他の噂話、、、ルーシーの過去の生活も分かってきます。
時間はいったり来たり、退院した後の話も入ります。
でも私は、母親がウィリアムが飛行機代を準備したとはいえ、初めての飛行機を使っての遠出をして娘を案じてやってきた、というところでもう、なんだか涙が出そうになりました。 
これもよかったです。エリザベス・ストラウトの本また読むつもりです。

2024年6月 9日 (日)

『逃げても、逃げてもシェイクスピ』』

逃げても、逃げてもシェイクスピア
  翻訳家・松岡和子の仕事   草尾生亜紀子著 新潮社

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新聞の書評欄に出ていたので買いました。
松岡和子さんは朝日カルチャーで講座をもっていらしたらしいのですが、私は知らなくて一昨年『ジョン王』を観に行く前にプレトークがあったのでお話を聞いただけです。といってもオンラインでしたので 直接お顔を観たわけではありません。
でもそういうご縁でこの本を買う気になったのです。
なぜこんな本を読んでいるのだろう?と読みながら何度か思いました。歴史上の昔の人ならともかく現在生きている人が対象です。ひと様のおうちをのぞいているようで落ち着かなかったのです。

しかしながら意外でした。
翻訳者、というと家事はお手伝いさんまかせで、書斎にこもり切りでお仕事、というイメージですが、そうではなく、いわば生活者なのです。親子三代同居でしっかり家事をこなしています。

満州生まれで苦労の末母親と子供3人は引き揚げてきて、父親は判事ですが、シベリア抑留11年、その間家族は生死もわからないまま、という状況で子供時代を過ごしています。

彼女の家は阿佐ヶ谷。私は同じ杉並区でも世田谷寄りでしたが、当時は蛙の合唱が聞こえていました。
高校は富士がいいか、でも楽しそうということで豊多摩にしたとか、という(私は私立の中高一貫でしたから高校受験はしませんでしたが)状況はよく分かります。私は2歳下ですから。恐れながら少し近しい気持ちを抱きました。

大学は津田と東女両方受かってどちらにしようか、というところがあるのですが、受験の時、国立は数学があるから、という文章がありました。この著者は当時の受験事情をご存知ないのではないかと思いました。その後はどうだか知りませんが当時はどちらも試験科目に数学はありました。
東女は自転車通学圏です。遠くの国立は視野の外、近くがお好きなのでしょう、と想像。
学校は大学までご近所。
結婚しても家事をこなしながら大好きなお芝居を見に行く(大家族ですから子供の面倒を見てくれる人はいます)
大家族は大変でもそれを当然のこととして受け入れ、上手にのりきっていいっているのは見事です。
どこかの家に嫁として入っているはないので自由に(お姑さんには嫌味をいわれたようですが)過ごせていたのでしょう。

大家族でご近所の学校で、(こういうのを私はうっとおしく感じるのですが、そういう感覚はなかったのでしょう)と自分の根っこははしっかり確保された中で、大家族の日々の仕事に埋没せず(だからかもしれませんが)芝居をみる、という自分の「好き」をつらぬいたこと、これが彼女のすごさというか特異なところだと思いました。
芝居好きがシェイクスピア翻訳につながっていくのですから。

あら、っと思ったのは劇団「雲」の旗揚げ公演「真夏の世の夢」の話がでてくるところ、これは私も観ているので嬉しくなりました。
私も演劇は好きで文学座アトリエの会に入って毎月公演を観に行っていました。

こういう事はさておいて、この本で面白いと思ったのはやはり 第五章シェイクスピアとの格闘
訳し始めたのは93年から
四百年前、まだ英語の表記や文法が「揺れて」いた時代に、散文に加えて「詩の言葉」で書かれたシェイクスピアの戯曲を読み解くのは容易なことではない。(こういうことで彼女はシェイクスピアから2度逃げている)
シェイクスピア作品は色々な版があり、一つの戯曲につき十冊程度には目をとおすそうです。さらには彼が何を元ネタにしたかを探し、それにも目を通す。大変な仕事です。

そのようにしてセリフをしゃべってみたりして仕上げたものを俳優が演じる。このところどうかな?と思っているところがある。役者がみおとしている視点を俳優がおぎなっている、というところが特に面白く感じました。
オフィーリアのセリフなのですが、それを松たか子は「私、それ親に言わされたと思ってやってます」、その後もあるのですが。
オセロでデズデモーナが何度も「あなた」と呼びかける場面がある、そのとき蒼井優に「このあなたは全部おなじですか?」と聞かれた。見ると一か所だけ違っていた。蒼井優に感謝しながら訂正した。(余計なことながら私は新珠三千代のデスデモーナを観ました。イヤーゴーは森雅之) 
このように芝居が、翻訳が
作られていく過程が面白く、こういう所だけ集めたものを読みたい、と思いました。

この本を読んでいるうち、やはり生のお芝居が見たい、と丁度web予約の広告が出ていた芝居を申し込みました。抽選なのでどうでしょう,当たるといいのですが。

 

2024年6月 3日 (月)

『ああ、ウィリアム』 エリザベス・ストラウト著

aiai様が教えてくださった本を読みました。

ああ、ウィリアム』エリザベス・ストラウト著 ハヤカワ書房 

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ルーシー・バートンと夫元のウィリアムは、離婚してからも穏やかな付き合いを続けていた。
ある日、亡き母の秘密を知って動揺するウィリアムに助けを求められ、ふたりは短い旅に出る。
家族という、時に厄介で時にいとおしい存在は何なのか。結婚とは、人を知るとは何なのか。 
静かな感慨に満ちたブッカー賞最終候補作。(帯裏より)

ウィリアムはこの小説の語り手ルーシー・バートンの元夫で現在彼は72歳、ルーシーより7歳年上です。
ウィリアムは寄生虫学者で講義はしないものの今も大学の研究室に行っています。
ルーシーは作家。ルーシーの学生時代に出会って20年におよぶ結婚生活。二人の娘も得ていますが、離婚。それぞれ相手がいたようです。しかしながらお互い憎みあって別れたわけではなさそうで、その後も交流はあります。
その後ルーシーはチェリストと結婚。
ウィリアムはジョアンと結婚・離婚の後、エステルと結婚、娘も一人います。ほかにも色々女性関係もある人のようです。
ルーシーとは、カフェで飲みながらおしゃべりをしたりします。
ウィ
リアムという人、ルーシーから見ると、立派な好人物らしい態度の下に、いじけた駄々っ子が隠れている、ということになります。
オンラインで先祖の家系を調べられるサービスのある、プレゼントを誕生日にエステルからウィリアムはもらいます。
エステルは出て行きます。別の相手をみつけたようです。
そうしてウィリアムには母のキャサリンがらみで夜の恐怖がでるようになったのです。
それを聞いてルーシーは自分の家族を思い出し、、、。

想いが飛んでいくままに、時間軸に関係なくといった感じで短いセンテンスでつづられて話が進みます。
そうして二人のこれまでのことが明らかになっていきます。ああ、この感じ分かる、というところもあって興味深く読めました。

描写も納得のいくところがいくつか。子供時代がカーテンのようにおちかかってくることがあった、などというところ。
最後も良かったです。美術館の光のところ。(詳しくは書きませんが)
ウィリアムに対する深い理解、やさしさが感じられる、つまりはルーシーの心映えの良さが感じられて気持の良い物語でした。

この作者の本、もっと読んでみたいです。
ご紹介くださったaiai様に大感謝です。

2024年6月 2日 (日)

80歳!

旅日記を書いている間に80歳を迎えました。
70になった時はさほど感じませんでしたが、さすが80ともなると老いを痛感します。

丁度娘が東京出張で泊りがけで来ました。
たまに出張もありますが、普段はリモートでの仕事なので場所を選びません。パソコンを3台抱えマイクなども持ってこちらで仕事のできる体制で来ていました。

ケーキ持参、久々のグラマシー・ニューヨークです。
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主人はつものトップスです。
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この二日間、甘ーい日を過ごしました。

私は老いましたが、娘は溌剌として自信をもって自分の人生を歩んでいるようで嬉しい限り。
息子も土曜か日曜に来るといっていましたが、風をひいたそうでこられなくなりました。

ベランダではユリが咲き誇っています。
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私は毎年、五月が体調最悪です。そろそろ元気になるでしょう。

2024年6月 1日 (土)

奈良・伊勢神宮旅行 3日目ー2 朝熊山金剛證寺

5月21日(火)
おはらい町通り・おかげ横丁で各自自由昼食 
私たちは前もってネット検索して見つけておいた入り口近くのゑびや大食堂に入りました。
混んでいることもあるらしかったのですが、空いていました。
雲丹・いくら・アワビなどがのっている海宝丼というのにしました。
私はごはんを半分にしてもらいました。
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黄身醤油をかけていただきます。残ったご飯はだし汁をかけてだし茶漬けにしました。おいしかったです。
三重って食べ物がおいしいところだと思いました。どのお食事もおいしかったです。

少しゆっくりして13:05頃お店をでておはらい町通りを歩きました。
混んでいると身動きならないほどのこともあるらしいですが、すいている方のようです。
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あまり時間もないので、ちょうど目についたお店で生姜糖をそれから定番の赤福を買ってバスのところに戻りました。

13:30~ 13:50 バスで朝熊山(あさまやま、と読みます)へ上がり(道は相当くねくねしていました)金剛證寺へ。
金剛證寺は「お
伊勢参らば朝熊かけよかけねば片参り」とうたわれた伊勢神宮の鬼門を守るお寺です。
伊勢参りは 二見興玉神社→外宮→内宮→金剛證寺 が正式ルートだそうです。

バスをおりて石段をあがりをます。私としては、もうこれ以上無理と思う頃仁王門に到着。
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朝熊山金剛證寺
6世紀ごろ欽明朝の創建とし弘法大師の中興としています。
漠然と思っていたのより山の上にありながら池まであって立派なお寺でした。

仁王門 現在のものは1979年の再建ですが、風雨にさらされて枯れた感じがしました。

内側から
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左側には平安時代に造られた木造雨宝童子像(重文)が置かれています。(レプリカでホンモノは20年に一度の御開帳)。}雨宝童子は天照大神の化身と考えられているそうです。

進んでいくと、連間の池連珠橋 池は弘法大師が掘ったと伝えられています。
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スイレンの花が咲けばみごとなことでしょう。
さらに少し石段をあがります。
本堂(摩尼殿)
赤く塗られていて神社みたいです。
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徳川家の信仰が厚く、いたるところに葵の御紋が付いていました。

本尊は福威智満虚空菩薩で、天照大神を現す神鏡も祀られています。
そうらしいものも見えましたが(↓中央奥、はばかって写真をちゃんとは撮りませんでした。
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本殿の横の明星堂
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明星天子を祀り鎮護している。明星は日、月、星の三字よりなり三光天子とも称され国土安穏智慧成就の仏神とされています。

仏足跡
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ここで卒塔婆の立つ奥の院に向かったのですが、私は行くのをやめて牛さん、寅さんのところで待ちました。
卒塔婆は大きくみごとなものなので一見の価値があるとのことでしたが。
もう一人いらっしゃらなかった方(この方は6年くらい前にもいらして奥まで歩かれたそうです)とおしゃべりしました。その時もザ・クラシックに泊まられたそうです。

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卒塔婆の並ぶ奥の院(私は行っていませんが)
以下主人の撮った写真です。

極楽門 ここまでくるのに上り坂で私ならだめだったでしょう、と言われました。
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九鬼嘉隆(九鬼水軍の将。関ケ原の河川の時西軍につき、自刃)の五輪塔。
『いきの構造』の九鬼周蔵のご先祖さまだそうです。

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さらに進むと 奥の院 呑海院 (ここまで10分くらいらしいです)
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戻ってくるのを待たないで私はバスのところまで戻りました。

14:35発
15:55頃宇治山田駅着
15:14発伊勢志摩ライナー乗車 
デラックスシートでまた2-1のゆったりタイプでした。
16:37名古屋着
そのまま新幹線の改札を通ったところで15分ほど待ちます。
お土産物屋さんがあります。名古屋といえば「ういろう」ですから小さいのを買いました。それからお弁当。
ひつまぶしが有名らしいくて高島屋でいいものを買いたかったのですが、出るわけにはいかないのでここで買いました。二つは多いしと、一つにして勝サンド。
おなかはすいていないのでおやつ用にお菓子を買って(主人はビールも)車中ではそれをいただいて夕食は家に帰ってからにしました。
17:14発 新横浜18:32着
昨日までは元気でしたが、今日の朝かなり歩いたからかもうぐったりです。 
遠出はしたくない、やはり芦ノ湖でのんびりがいいなと思って、車中でスマホで山のホテルを検索すると、なんと老朽化で当分休業だそうです!!

順調で19:30には家に着いていました。
さて、ひつまぶし
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お値段相応?時間ががたったということもあるのかもしれませんが、ごはんもウナギも硬くて。
結局お茶漬けにしていただきました。
さほどウナギ好きではないので、リベンジ!とは思っていません。

今日は朝かなりあるいたせいか、とても疲れて早く家に帰りたくて仕方がありませんでした。
帰って数日もずっと疲労感がぬけなかったのですが、今は次を考えられるようになりました。 といっても暑い時はだめです。

今回 興福寺では降られましたが、他はお天気に恵まれました。神社やお寺は芝生ということがないので、この時期で限度。これより季節が進むと熱射病です。 
 11834歩

旅行記完 


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