『逃げても、逃げてもシェイクスピ』』
『逃げても、逃げてもシェイクスピア』
翻訳家・松岡和子の仕事 草尾生亜紀子著 新潮社
新聞の書評欄に出ていたので買いました。
松岡和子さんは朝日カルチャーで講座をもっていらしたらしいのですが、私は知らなくて一昨年『ジョン王』を観に行く前にプレトークがあったのでお話を聞いただけです。といってもオンラインでしたので 直接お顔を観たわけではありません。
でもそういうご縁でこの本を買う気になったのです。
なぜこんな本を読んでいるのだろう?と読みながら何度か思いました。歴史上の昔の人ならともかく現在生きている人が対象です。ひと様のおうちをのぞいているようで落ち着かなかったのです。
しかしながら意外でした。
翻訳者、というと家事はお手伝いさんまかせで、書斎にこもり切りでお仕事、というイメージですが、そうではなく、いわば生活者なのです。親子三代同居でしっかり家事をこなしています。
満州生まれで苦労の末母親と子供3人は引き揚げてきて、父親は判事ですが、シベリア抑留11年、その間家族は生死もわからないまま、という状況で子供時代を過ごしています。
彼女の家は阿佐ヶ谷。私は同じ杉並区でも世田谷寄りでしたが、当時は蛙の合唱が聞こえていました。
高校は富士がいいか、でも楽しそうということで豊多摩にしたとか、という(私は私立の中高一貫でしたから高校受験はしませんでしたが)状況はよく分かります。私は2歳下ですから。恐れながら少し近しい気持ちを抱きました。
大学は津田と東女両方受かってどちらにしようか、というところがあるのですが、受験の時、国立は数学があるから、という文章がありました。この著者は当時の受験事情をご存知ないのではないかと思いました。その後はどうだか知りませんが当時はどちらも試験科目に数学はありました。
東女は自転車通学圏です。遠くの国立は視野の外、近くがお好きなのでしょう、と想像。
学校は大学までご近所。
結婚しても家事をこなしながら大好きなお芝居を見に行く(大家族ですから子供の面倒を見てくれる人はいます)
大家族は大変でもそれを当然のこととして受け入れ、上手にのりきっていいっているのは見事です。どこかの家に嫁として入っているはないので自由に(お姑さんには嫌味をいわれたようですが)過ごせていたのでしょう。
大家族でご近所の学校で、(こういうのを私はうっとおしく感じるのですが、そういう感覚はなかったのでしょう)と自分の根っこははしっかり確保された中で、大家族の日々の仕事に埋没せず(だからかもしれませんが)芝居をみる、という自分の「好き」をつらぬいたこと、これが彼女のすごさというか特異なところだと思いました。
芝居好きがシェイクスピア翻訳につながっていくのですから。
あら、っと思ったのは劇団「雲」の旗揚げ公演「真夏の世の夢」の話がでてくるところ、これは私も観ているので嬉しくなりました。
私も演劇は好きで文学座アトリエの会に入って毎月公演を観に行っていました。
こういう事はさておいて、この本で面白いと思ったのはやはり 第五章シェイクスピアとの格闘
訳し始めたのは93年から
四百年前、まだ英語の表記や文法が「揺れて」いた時代に、散文に加えて「詩の言葉」で書かれたシェイクスピアの戯曲を読み解くのは容易なことではない。(こういうことで彼女はシェイクスピアから2度逃げている)
シェイクスピア作品は色々な版があり、一つの戯曲につき十冊程度には目をとおすそうです。さらには彼が何を元ネタにしたかを探し、それにも目を通す。大変な仕事です。
そのようにしてセリフをしゃべってみたりして仕上げたものを俳優が演じる。このところどうかな?と思っているところがある。役者がみおとしている視点を俳優がおぎなっている、というところが特に面白く感じました。
オフィーリアのセリフなのですが、それを松たか子は「私、それ親に言わされたと思ってやってます」、その後もあるのですが。
オセロでデズデモーナが何度も「あなた」と呼びかける場面がある、そのとき蒼井優に「このあなたは全部おなじですか?」と聞かれた。見ると一か所だけ違っていた。蒼井優に感謝しながら訂正した。(余計なことながら私は新珠三千代のデスデモーナを観ました。イヤーゴーは森雅之)
このように芝居が、翻訳が作られていく過程が面白く、こういう所だけ集めたものを読みたい、と思いました。
この本を読んでいるうち、やはり生のお芝居が見たい、と丁度web予約の広告が出ていた芝居を申し込みました。抽選なのでどうでしょう,当たるといいのですが。
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