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2024年12月

2024年12月30日 (月)

『ほんのささやかなこと』

新聞の書評欄でみつけました。aiai様もお読みになっていらっしゃいます。

ほんのささやかなこと』 クレア・キーガン著 早川書房

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1985年、舞台はアイルランド南部の町、ニューロスです。町にはケルト海へと注ぐバリー川が流れています。
ニューロス、アイルランド旅行の際、通過したことがあります。ケネディ元アメリカ大統領一族のルーツはこの近くです。19世紀中頃のじゃが芋飢饉の時にはこの港町から大勢の人々がアメリカやオーストラリアへと逃れて行きました。

そろそろ40歳になろうという主人公ビル・ファーロングはここで薪・石炭などを扱う燃料商を営んでいます。彼の出自は分かっていません。ウイルソン夫人の女中の息子です。でも父親は誰だかわからないのです。
夫人のおかげで学校にもいかせてもらって、苦労はしたものの、現在は商売も順調で人並みの暮らしができる状況であり、
愛する妻との間には五人のいとおしい娘達がいます。笑いの絶えない幸せな家庭です。
しかし町には不況の波がおしよせてきています。
丘の上には女子修道院があり、ここを運営する教会には女学校、訓練学校や洗濯所もあり、町の噂では未婚で子供を産んだ女性の収容施設だということです。ここの女学校は町でも上流の子供たちが通う学校で、庶民であるビルの二人の娘もここに通わせていることが自慢でもあります。娘の一人は教会の聖歌隊に入っています。

クリスマス前、修道院に燃料を届けに行ったビルはこの教会・修道会の暗部をみてしまうのです。
修道院は町の人々に隠然たる力を持っていて、決して表立って異を唱えてはならない存在なのです。
しかし、ビルはいかに犠牲が大きくとも自分が正義と信じたことをやりぬこうとしています。

妻との家庭、個の平和を壊すことになろうとも正しいと信ずることはやる、自分はウイルソン夫人に救われた、その自分が今正しいと思ったことをやっている、その幸福感に満たされながら家に向かいます。

淡々と書かれた中にもビルの強い意思、そしてその後起こるであろう修羅場が予想されてなかなかいいラストでした。

私にはこの数年来のベスト作品と思われる一冊でした。

ここに出てくる洗濯所に関して思い出す映画があります。「あなたを抱きしめる日まで」
2014年に見た映画です。この時少しマグダレン洗濯所について検索してみたことがあります。
カトリックの掟の厳しいアイルランドでは結婚前に子どもができるなんてとんでもないことで、そのような女性は罪を洗い浄めるという意味もかけて洗濯場で働かされたのですが、これはとても過酷な労働だったそうです。この作品の最期にもしるされていますが、教会運営の母子収容施設と「マグダレン洗濯所」は1996年まで存在したそうです。ビルが行動をとったのは 1985年です。大変な勇気が必要だったはずなのです。 

アイルランド、観光客としては美しい景色にひたすらうっとりだったのですが、、、。

2024年12月20日 (金)

『リスボン日和』

むごたらしい殺人事件でなく心なごやかになりたくて、この本を選んでみました。『リスボンのブックスパイ』を読んでリスボンに惹かれた、というところもあります。

リスボン日和』イム・キョンソン著 マガジンハウス

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裏表紙も

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韓国人の書いた作品は以前、在日韓国人が書いた『ジニのパズル』を読んだだけです。北朝鮮がテポドンを発射したりして在日韓国人たちは肩身の狭い想いをしていた頃の話です。それでもしや、暗いところもあるのでは?とも思いましたが、全くそういうことはありません。

著者はおとう様を亡くして半年、喪失の哀しみに閉ざれている時期でした。突然10歳の時に両親と過ごした町リスボンに行こう、と心に決めます。両親と三人で過ごしたリスボンの一年間ほど平穏かつ幸福だったことはなかったのです。ちょうどその時の自分と同じ10歳の娘を連れて。
これはそういった意味で一種、センチメンタルジャーニーともいえると思いますが、リスボンの気配を感じられてなかなかよかったです。

名所、旧跡を訪ねる旅ではありません。昔の記憶をたぐりよせながら、街から街へ、又記憶にある建物のドアをそっと開けてみるといった、旅というより歩きながらリスボンに浸る、空気を感じるという滞在記です。

美術評論家であり小説家でもあるジョン・バーニーはリスボンのことを「亡者たちの特別な停車場」であり、ここではほかの都市でよりもさらに果敢にその姿を現す」という言葉を残したらしいが、こうして母のことをしきりに思い出すところをみるとその言葉はあたっているかもしれない、、心地よい風の感触や、目の前に広がる柔らかな色合いの夕日、漠然心の中にしまっていたある想念を解き放ったこと、それによって胸の片隅に感じた痛みといった感覚を鮮明に思い出しながら、折なく思うだろう。

ちょっとグーグルマップでストリートビューをしてみました。リスボンという町、コンクリートとガラスで出来た近代的な建物ではなく昔ながらのどっしりした4階建てくらいの石造りの趣のある建物が並んでいる街でした。
私はポルトガルには行ったことがありません。ああ、こういう街並みを歩いてみたかった、と少し残念な思いがしました。

原題は『やさしい救い』これでは意味がわからないと、このタイトルになさったそうですが、読み終わると原題の方が適切だったかもしれない、と思わされました。

名所・旧跡巡りだけでなく、このように町の空気に浸る旅もしてみたかった、と我が旅をおもいだして少し残念な気がしました。

2024年12月18日 (水)

『エンジェルズ・フライト』『正義の弧』

最近読んだマイクル・コナリーの小説が面白かったので二冊もとめ、入院の前後に読みました。

ミステリーですので、簡単にご紹介します。

エンジェルズ・フライト』(上・下) マイクル・コナリー著 扶桑社ミステリー 

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『終結者たち』と同じくハリー・ボッシュが活躍する小説。この前読んだ作品より時系列的には前でここではまだエドガーは生きていてボッシュとバディを組んでいます。 

ボッシュはハリウッド署の刑事。優秀な警官のようですが、個人的には賭け事好きな妻との関係に悩んでいます(離婚の危機)。電話を受けるときも事件関係より、まず妻からでは?とおもって受けるほどです。
一匹狼的性格で市警副本部長との関係も良好ではありません。

ロサンジェルスにはエンジェルズ・フライトと呼ばれる上の町と下の町を結ぶ、1分間程度のケーブルカーがあります。
夜中、もう殆ど人が乗っていないケーブルカー内で二人の死体が発見されます。被害者の一人は人権派の弁護士として名高い黒人のハワード・エライアス。もう一人はどうやら巻き添えらしいです。銃が撃ち込まれた場所からいっても怨恨の線が考えられます。
エライアスは市民を警察権力から守る、という姿勢だったため、警察官による殺害というせんが濃厚です。

あの人が犯人だったなんて、ちょっとひどすぎだと思いました。

 

正義の弧』マイクル・コナリー著 講談社文庫

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ボッシュはロス市警をやめて私立探偵をしているようです。そこに、市警のレイネ・バラードから電話がかかってきます。何やら因縁の仲らしいです。未解決事件班というのを立ち上げたので、手伝ってほしい、というものでした。

表紙裏の内容紹介から
未解決事件の責任者になったバラードはボッシュをチームに引き入れる。優先すべきは約三十年前の女子高校生殺人事件だったが、ボッシュは夫婦と子ども二人が砂漠に埋められた一家殺害事件に没頭して言うことをきかない。班員には事物に触れて見えない事情を感じるという共感能力者もいて バラードを困らせる。(上巻)
ボッシュが見つけた糸口から女子高校生殺しの容疑者が浮上する。バラードたちはDNAを採取するための罠を仕掛けたが、期待は思わん展開を見せる。さらに、ボッシュはいっか殺害犯の招待に迫り、潜伏先へと単身乗り込んでいく。彼を狩りへと突き動かすものはあまりにも激しく、正義を為すための道は暗くけわしいーーー。(下巻)

最期、こうするしかなかったのかもしれませんが、ボッシュ、激しすぎます。

マイクル・コナリーという作家はページ・ターナーでのめりこんでしまいました。でも警察小説っておぞましい殺人事件を扱うものが多いですね。時間つぶしにはもってこいでしたが、入院中の身にはどうだったか、夢見が悪い、というかおかしな幻覚をみたのもこの本のせいかとも思いました。

ただバラードという刑事、何とかいうブランドものらしいスーツを着こなす美人で、頭がよく、統率力もある魅力的な人物。彼女の活躍する物語ならまたよんでみたい気がしました。

 

2024年12月14日 (土)

入院していました

9日(月)から12日(木)まで入院していました。
もともと不整脈がありお薬は飲んでいましたが、体調はいっこう改善されず、夏ごろからは部屋から部屋への移動がやっとの状態だったので入院、治療ということになったのです。

日曜日には心配して娘が大阪からやってきました。

9日(月)午後1時入院

14階ですから、眺めはいいです。ランドマークタワーがすぐ近くに見えて。

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一人部屋。ホテルと違って質素ですが他人にわずらわされることがなく持ってきた本を読んでゆったり過ごせました。窓際に一人用安楽椅子があります。

公立病院ですから質素なお食事です。
9日夕食 小食なのでかなり残しましたが、あっさりしてお味はよかったです。

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10日午後カテーテル・アブレーションという治療を受けました。
心房細動だけでなく粗動というのもあり、細動だけなら2.3時間程度ですむところを結局6時間半にわたる治療でした。勿論私は眠っていて何も知りませんでしたが、長くかかったので家族はとても心配していた様です。

午前1時ごろ、麻酔が覚めてからは胸のあたりが痛くて地獄でした(私は痛がりでなのです)。
11日夕食

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その後は幻覚をみたり、まためまいも起こって(突然ベッドが回転しはじめる)色々心配でしたが、めまい止めのお薬も頂いて予定通り退院。めまいは今回の病気とは無関係だそうです。

やはり自分のベッドが一番。
大事なのは枕です。病院では家から自分の枕を持ってきてよいと言われましたが、それが退院の前日でしたのでそのまま病院のものを使用しました。又入院することがあれば枕持参です(入院するようなことにはなりたくないですが)。

今日は着替えて起きています。まだ部屋から部屋への移動だけで息切れがして苦しくなるのですが、1,2か月すればよくなるそうです。そうなればキャンセルした旅行もできるのでは?とひそかに期待しております。

追記 (12月16日)
持っていってよかったのは大判のショール
 
私のはジョンストンズの70×190㎝のカシミヤ、柔らかくて暖かい。普段は肩掛けや二つ折りにして膝掛などに使っていますが、病室で本を読むときや車いすで移動するときなどに便利でした。

2024年12月 7日 (土)

『なぜ難民を受け入れるのか』 橋本直子著

ウクライナやガザのことを思い浮かべながらこの本を注文してみました。
難民って身近な存在ではありません。シリア難民、ボートで地中海を渡って遭難したなどという痛ましい話があったことは記憶にありますが、日本からは遠い話なのでそれっきりで深く考えはしませんでした。
本書を読んで知りましたが、日本は殆ど難民を受け入れていないと、言っていいような状態だそうです。

この本は直接、ウクライナやガザの人々のことを書いているのではなく、難民の定義や受け入れなどについて書かれているものでした。(考えてみればガザの人たち外に出られないですよね)

なぜ難民を受け入れるのか』橋本直子著 岩波新書
 表紙裏から
世界であいつぐ迫害や人権侵害。「自国第一」を掲げるポピュリズムの台頭。状況が年ごとに複雑になるなか、国際社会は葛藤を抱えつつも難民保護の取り組みを続けてきている。各国はいかなる論理と方法で受け入れをおこなってきたのか。日本の課題は何か。政策研究の知見と実務経験をふまえ、多角的な視点で難民「問題」を考える。

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本書は難民に関する定義、制度、その問題点、各国の事情などがとても厳密に記述されていて、簡単に要約することは困難です。また厳密性を期し想定されることを全て盛り込むためか、私には文章が回りくどい感じがして専門家の文章はこういうものかと思いながら読みました。
章立てはこのようになっています。

第一章 難民とは誰のことか
第二章 自力で他国にたどり着いた難民を世界がどう保護してきたか
第三章 まだ他国に入る難民を連れてきて保護する方式について
第四章 日本がいかに難民をうけいれてきたか
第五章 難民受け入れの懸念としてあげられる治安悪化と財政負担について
第六章 極右政党が台頭する北欧諸国がなぜ脆弱な難民をまだ積極的に受け入れているのか

「難民」とは 、人種、宗教、国籍もしくは特定の社会集団の構成員であることまたは政治的意見を理由に迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するために、国籍国の外にいる者であって、その国籍国の保護を受けることができない者またはそのような恐怖を有するためにその国籍国の保護を受けることを望まない者及びこれらの事件の結果として常居所を有していた国の外にいる無国籍者であって、当該常居所を有していた国に帰ることができない者またはそのような恐怖を有するために当該常居所を有していた国に帰ることを望まない者。(難民条約第一条の定義)後にさらに適応範囲は広げられる。「暴力が一般化・常態化した状況」、「内戦」「重大な人権侵害」など。

政治的意見を理由による迫害その国の政府による救済に差別的な側面がないか、ということ。難民該当性にはこれが重要なポイントでウクライナ難民に関してもこれが問題になった。

日本人の殆どは宗教に関して無頓着と言えると思いますが、宗教に関してある映画を思い出しました。
「約束の旅路」イスラエルでは1984~1985年にかけてエチオピアに住むユダヤ教徒をイスラエルに連れてくるモーセ作戦というのがありました。
その時、亡くなったユダヤ教徒の少年の身代わりとして難民キャンプにいたキリスト教徒の少年がイスラエルに送りだされ、宗教的アイデンティティに苦しむという内容
でした。 

難民を受け入れるとは、迫害を恐れて庇護を求めてきた外国人に安定した法的地位を与え、地元民と同等の権利を保障し、隣人として一緒に社会を構成することである。

日本は海外にいる難民の「支援」。つまり財政拠出を通じて、海外にいる難民の衣食住や教育、医療、インフラの整備などを間接的に支えることを得意としてきた。(日本はトップクラスのドナー国)
しかしながら難民の受け入れ数は非常に少なく「難民鎖国」といわれるそうだそうです。第三国定住経由での難民受け入れは年間60人、日本社会への適応力と就職の見込みのある者だけです。
第三国定住とはとりあえず国を出て一時的に庇護され(難民の8割は途上国で庇護されている)そこから第三の国に定住するということ。例年10万人程度しか認定されていません(必要の10%しか満たしていない)。日本はその10万人のうち60人だけ。

以下は私が特に目についたことの一部を簡単に記します。

ウクライナ(避)難民は半年余りで2000人を超えています。それも迅速、寛大に住居、医療、職業相談など多岐に渡る支援がなされたました。一方アフガニスタンがタリバンに制圧され各国の政府関係機関は退去を余儀なくされたとき、日本では現地職員の退避にさいして申請の条件を厳しくして来日をできる限り阻止する意思があったと思われ、さらに来た者に対しては早く帰るよう促されたといいます(帰れば身の危険があるというのに)。
支援の寛容さ、迅速さ、柔軟さなど、これは「無差別原則」に抵触するおそれまであるのです。
難民保護に関しては「ノン・ルフールマン原則」という原則が国際的に確立しているが、これは迫害にあう可能性がある国に強制送還してはいけないという原則です。
ともかくウクライナ避難民2000人余り(差別の要件を満たすかどうかも定かではないようですが)を受け入れた、ということはその程度までは受け入れ能力がある、ということの証左にもなっています。

移民が増えると犯罪が増えるという懸念については データ上からははっきり指摘することはできないようです。
財政負担に関しても、子どもが学校を出て就職して税金を払うようになるので最初に支援費用が必要であっても日本の国益に反することにはならないそうです。

北欧について
これまで福祉大国と言われ移民を多く受け入れてきたスエーデン(スエーデンでは2017年時点で移民の全人口に占める割合は33%)、フィンランドでも政策を転換して現在はお金を払ってでも移民は出ていってもらう、という方針になっています。
デンマークは国際法違反ぎりぎりの難民排除政策をとっています。
そういう中でノルウエイは近年、年間3000人前後と設定して移民を受け入れています。
脆弱なものに対して優先度が高いが純粋な人道性だけでなく実利的な要素も加えられています。技能、言語能力、学歴など。これらは国全体の長期投資になると考えられるからです。王室も熱心な難民保護推進派です。

世界で約一億八百四十万人(2022年末段階)が何らかの理由で強制的に家を追われている(これには国内避難民も含む)そうです。

この本の最初に「生まれの偶然性」ということが書かれています。このことに思いをいたすなら、他人事として素通りすることはできません。ではどうすれば、、、?結局寄付することしかできなさそうです。

とても勉強になる本でした。 

 

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