現在一番気になるのはパレスチナとウクライナです。
外野から勝手に「住民をシリヤかどこかに移してガザをリゾートにしよう」なぞという御仁の声も聞こえてきましたが。
『中学生から知りたい パレスチナのこと』 岡真理・小山哲。藤原辰史著 ミシマ社

帯裏には三人の著者の言葉
「今、必要なのは、近代500年の歴史を通して形成された「歴史の地脈」によって、この現代世界を理解するための『グローバル・ヒストリー』です」岡
「西洋史研究者の「自分はなぜ、ヨーロッパの問題であるパレスチナの問題を、研究領域の外にあるかのように感じてしまっていたのか」小山
「力を振るってきた側ではなく、力を振るわれてきた側の目線から書かれた世界史が存在しなかったことが、強国の横暴を拡大させたひとつの要因であるならば、現状に対するする人文学者責任はとても重いのです」藤原
細かく章立てされていてタイトルだけでもかなり内容を察することができるので目次と、ところどころ要点を書いておきます。(数値などは資料によって違いはあるとは思いますが、この本のそのページでの値です)
Ⅰ 私たちの問題としてのパレスチナ問題
岡真理 「ヨーロッパ問題としてのパレスチナ問題--ガザのジェノサイドと近代五百年の植民地主義」
*「ユダヤ人のパレスチナ追放による離散」は史実にはない
十字軍に支配された一時期、エルサレム入場を禁じられたが、パレスチナからユダヤ教徒の住民すべてが追放されて、世界に離散した事実はない。
*ジェノサイドが終わるだけでは不十分
今ガザで生起していることはジェノサイドに他ならない。パレスチナの人々が自分の人生と自分たちのあり方を自ら決定し、自由に平等に尊厳を持って生きることになるようになること、これを奪っている問題の根源にこそ目をむけるべき
*ハマスの攻撃は脱植民地化を求める抵抗
*イスラエル政府の発表をうのみにしてはいけない
*ジェノサイドはいかなるシステムによって可能になったのか
国連の安保理事会は拒否権を持つ。イスラエルの国際法違反に対するアメリカの拒否権行使のため「イスラエル不処罰」とされてしまう
*人文学=ヒューマニティーズから考える
*ガザを見たとき、日本は自国の植民地主義を想起できているか
ナチスドイツ時代ユダヤ人と名指されれば何をしてもよいといわれるのと同義語。百年前の日本ではそれは「朝鮮人」だった。台湾における霧社事件、これは私も初めて知ったことですが、台湾でも植民地化のために多くの人を殺してきた。
*壁一枚を隔て、安楽な生活を享受する者
*「人種」はヨーロッパ植民地主義が「発明」したもの
まずヨ-ロッパキリスト教社会には歴史的なユダヤ人差別があった。それが近代になって人種すなわち「血の問題」にすりかえられた。信仰が人種化された。「人種」という概念はヨーロッパ植民地主義が発明したもの
人種という概念そのものが似非科学、ユダヤ教徒を信仰を理由に「別の人種」とみなすことそれ自体がレイシズム。
*シオニズム運動ー反セム主義に対する反応
シオニズムを支援したのが大英帝国。ユダヤ人が出て行ってくれるのは大歓迎。
*国家維持のためにホロコーストの記憶を利用する
ホロコーストが特権化(イスラエルはパレスチナ人の民族浄化という暴力の上に建国された)例外化され、ひたすらパレスチナ人に犠牲を強いることによってその贖罪がおこなっわれることで、パレスチナ占領の正当化、永続化が進行している。→10月7日のハマス・テロは真空状態で起きたわけではない。「パレスチナは半世紀以上にわたりイスラエルに占領されている」といった国連のグテーレス事務総長の発言に対してイスラエルの国連大使は罷免要求。
*近代学問に内包されるレイシズム
西洋は普遍的人権を掲げながら、他方で世界を植民地支配し、今なおその構造に立脚した差別、収奪の暴力を行使している。exナミビア
*****
藤原辰史「ドイツ現代史研究の取り換えしのつかない過ちーパレスチナ問題はなぜ軽視されてきたか」
*ナチズム研究者はナチズムと向き合いきれていない
ナチスに殺害されたグループはユダヤ人にとどまらず、ロマも犠牲になったし「飢餓計画」により300万人犠牲にしていることにあまり目をむけていない。また抵抗した人をテロリストと名付けて思考停止している。研究者も自分のこととして考えてこなかった(反省)
*ドイツとイスラエルをつなぐ「賠償」
戦後西ドイツはイスラエルに人道的な補償として30憶マルクを物資として支払った。工業製品として。それらにはデュアルユースとして軍事物資も含まれていた。それだけでなくアデナウアーはイスラエルに軍事支援を極秘に進めていた。脱塩施設のためといわれたが、核兵器開発に用いられた。西ドイツからの軍事物資でイスラエルはパレスチナ人の家を奪っって占領したわけだ。日本も東南アジアにたいして加害責任と向き合う形ではなく、技術移転(稲の品種改良、ダム建設)という日本にも利益の多い方に転換した。
*ふたつの歴史家論争
西ドイツで、ナチスのユダヤ人虐殺とソ連のラーゲリを比較検討する論があったが、これは絶対悪を歴史の文脈の中に位置づけて相対化してしまうことになる。
*誰のための「記憶文化」か
*ドイツは過去を克服した優等生なのか?
「ドイツは過去を克服した優等生である」「ドイツがイスラエルを支持するのにロビーは必要ない。ドイツの政治家は自発的に『親イスラエル』だと言うからだ。しかしそれはパレスチナ問題への軽視につながっている。(ドイツはパレスチナ難民への援助もしているが)
*「アウシュヴィッツは唯一無二の悪だ」
だからと言ってイスラエルのパレスチナに対する暴力を正当化する論にまきこまれてはならない。ドイツではイスラエル批判すると逮捕される。
ユダヤ人への軽蔑のまなざしが中東のアラブ人へのまなざしとかさなっている。
*奴隷制は終わっていない
リンカーンの奴隷解放によって奴隷制は終わったと考えてはいけない。低賃金労働あるいは農業奴隷にされるひとびと。
シオニズムも西欧植民地主義が結晶化したもの。(日本も満州国など作った)
「ユダヤ人の民族郷土の創出を意図すれば、パレスチナにおけるアラブ人住民の言語や文化の消滅や従属化がもたらされる」←アラブ代表団
*経済の問題、労働の問題としてのナチズム
ナチスの親衛隊は収容所で軍需産業や採石、繊維やハーブティーなどたくさんの企業を運営し莫大な利益を得ていた。
ウクライナ戦争で、戦闘機などを作る会社だけでなく、穀物メジャーの株価も高騰。→ある場所で紛争が起きれば、特定の人たちがきちんと儲かるというシステムのなかに我々は生きている。
*****
Ⅱ 小さなひとりの歴史から考える
小山哲「ある書店主の話ーウクライナとパレスチナをつなぐもの」
*ふたつの戦争のつながり
*長い尺度で問題を捉える
ウクライナでの全面戦争は2024年2月24日にロシアが本格的軍事侵攻を行ったことに始まるが、もとをたどればウクライナの民族運動に対するロシアの抑圧は19世紀までさかのぼる。
ガザについていえば2023年10月7日のハマスによる越境攻撃を起点として考えてしまうと問題の本質を見失う。イスラエルの建国の歴史的経緯からみなければならない。
*ポーランド書店 E・ノイシュタイン
ポーランド研究者である小山氏の利用している書店の話。
この書店主はウクライナ→ポーランド→テルアビブと所を移したが、このような東ヨーロッパ生まれのユダヤ人は多くいた。
*ウクライナーポーランド-イスラエルを結ぶ生涯
*イスラエルをリードした東ヨーロッパ出身者
東ヨーロッパの多くのユダヤ人が反ユダヤ主義のため向かった先はアメリカだがイスラエルに向かった人々もいた。
テルアビブは20世紀前半にユダヤ人入植のために新しく戦略的に造られた町。
入植は土地の買い占めのような経済手段と住民の強制追放や集団虐殺によって実行された。
ベン・グリオン(ポーランド生まれ)
メナヒム・ベギン(ブレスク・リトウスク生まれ)ユダヤ人武装組織イルグンに加わり、デイル・ヤーシ村の住民100人以上を虐殺した事件にも関与したリクードの創始者。
現在の党首がネタニヤフ(父親は現ポーランド出身)。
歴代の首相の殆どが家系的に東欧とつながりがある。
(イスラエルでもっとも人口が多いのは東方系ユダヤ人(ミズラーヒム)でアシュケナージム(中・東欧出身者)は32%)
*「国家なき民族」の国歌
*シオニズム運動はドレフュス事件より前にはじまっていた
*民族運動の母体となった地域
ロシアでもユダヤ人の住める地域は限られていた。リトアニアからウクライナに至る太い帯のような地域。1930年代から40年代にかけてソ連とナチスドイツの支配下・占領下に置かれた地域で夥しい数の命が奪われた。「流血地帯」という。ここで、ホロコーストにより、600万人のユダヤ人が犠牲になった。1930年代にはスターリンの飢餓政策により数百万人が犠牲になった。複数の強大な帝国によって分割支配され、さまざまな民族運動の母体となった地域でその一つがシオニズム。民族運動はその目的達成のために暴力を辞さない態度をとる。シオニズム運動やイスラエル国家に見られる暴力がここから受け継がれているのではないか。
*移住して国家を建設するという発想
ポーランド民族運動もヨーロッパの植民主義的な発想から自由ではなかった。
*日本も「外部」ではない
矢内原忠雄もシオニズム支持の論を書いている。ハルビンで日本統治下のユダヤ人を「保護」する政策を推進。世界中に植民地をつくった西ヨーロッパの列強、アメリカと同じ。
*「敵は制度、味方はすべての人間」
藤原辰史「食と農を通じた暴力ーードイツ、ロシア、そしてイスラエルを事例に」
*私たちの食卓の延長にある暴力
1941年ナチスがロシア人を意図的に飢えさせる「飢餓計画」を発動。300万人のロシア人捕虜が亡くなった。
今アメリカが中心に世界的農業構造の強化がなされちる。大規模合理的農業が巨大なが穀物商社、種子企業、化学企業主導でなされている。EU諸国は軍事費を賄うために農業への援助、ディーゼル燃料の補助金削減
*投機マネーがもたらす飢餓
現在、食料は投機のために利用されることが増えている。「穀物メジャー」と呼ばれる大手多国籍企業によるもの。EX、カーギルは穀物価格高騰により経営者家族三人が世界の富裕層500人に仲間入りした。
*プーチンの農業政策は外交の武器
2014年のクリミア侵攻以後国内農業増産を促進。いまや外交カードとして石油のみならず小麦も武器になっている。(エジプトへの穀物援助)
*ウクイライナの穀物を狙う米中
近年ロシアは農業生産量をあげ、小麦は世界第三位、ウクライナも中国から融資を受けて穀物を増産安価な穀物を中東やアフリカに売っていた。アメリカの穀物メジャーもオデーサ近郊に穀物ターミナルを建設。ウクライナ侵攻により黒海が封鎖。東欧ルートにポーランド、ルーマニアが反対。自分たちの穀物が売れなくなるから。
*国際穀物都市オデーサ
ロシアが「黒海穀物イニシアティヴ」から脱退した2日後(23年7月19日)オデーサを攻撃。約6万トンの穀物貯蔵施設が失われた。ロシアは欧米による食のグロ-バル支配に挑戦。こういう国際情勢にも関わらず日本の政治家や住民の農業や食料に対する感覚が鈍いことは問題。食料自給率を高めるべき。
*飢餓計画を主導したヘルベルト・バッケ
*ホロコーストの影に隠れる「入植と飢餓」
バッケ→巨大資本(ユダヤマネー)が世界中を支配しているため、ドイツの農業が破壊されている。
ナチスの最大使命はドイツ人を飢えさせないこと。
「劣等人種」であるスラヴ人、とくにロシア人にはわずかしか配給せず飢えさせて、その分をドイツ人にまわす。
*飢えてはならない人と、飢えていい人
1932~33年にソ連支配下のウクリナで大飢饉が起こり、400~800マ万人が食料を奪われて亡くなった。これをナチスはボルシェヴィキだから人々は飢えていくとした。また障害者安楽死計画もおこなっていた。
*イスラエルの食と水を通じた暴力
イスラエルのガザ地区への攻撃に除草剤散布攻撃がある。
イスラエルは入植者のためにパレスチナ人から土地を奪っただけでなく、ヨルダン川の水や地下水を囲い込み、壁を設けてパレスチナ人に農業をさせないようにしてきた。
*飢餓とは「低関心」による暴力
農地の意図的な汚染、水源の意図的な収奪、土地の意図的な接収、人間を意図的に飢えさせること、というイスラエルの暴力により、ガザ地区の57万6千人が飢餓一歩手前にある(2024年4月27日安保理事会)。こういうことを「知っている」で済ませている。
長くなりすぎましたし、疲れてもきましたので、要約はここまでです(上の内容にそっての鼎談です)。
Ⅲ 鼎談 「本当の意味での世界史」を学ぶために
*今の世界史は地域紙の寄せ集め
*「西」とはなんなのか?
*ナチズムは近代価値観の結晶
*「食を通じたイスラエルの暴力」に目が向かなかった反省
*私たちの生活が奴隷制に支えられている
*日本史、世界史、東洋史という区分は帝国時代のもの
*西洋史でパレスチナ研究をしたっていいはずなのに
*ポーランドのマダガスカル計画
*民族の悲哀を背負ったポーランドは、大国主義でもあった
*イスラエル問題ではなくパレスチナ問題
*イスラエルの暴力の起源は東欧に?
*今のイスラエルのやり方は異常
*押してはいけないボタン
*核の時代の世界史
イスラエルの軍事支援の圧倒的1位はアメリカ(トランプになってどうなるかは分かりませんが)だが2位はドイツ
*「反ユダヤ主義」という訳の誤り
Antisemitism,これをドイツ現代史学者は「反ユダヤ主義」と訳したが、これではシオニストたちが、人種主義の思想を根拠にしてパレスチナに入植し国家を築いていったことがみえなくなってしまう。ナチスが重宝した「人種学」という似非学問で用いられる「専門用語」はいつも「反セム主義」
イスラエルの建国者たちがつくろうとしたのは、ユダヤ教とは手を切った、新しいヘブライ人の国でした。だから、敬虔なユダヤ教徒たちは、シオニズムをずっと批判してきました。しかし、今は再び聖書に依拠して、パレスチナどころか、ナイル川からユーフラテス川まで神の与えた約束の地であり、ユダヤ人のものだと主張する宗教的ナショナリストの力が増しています。ネタニヤフ政権が連立を組んでいるのが、そうしたウルトラ極右の宗教政党なのです。
いちいち断りませんでしたが、文章の多くを本書から引用させていただきました。自分の言葉にいいかえると内容に正確さを欠くような気がしたからです。どうぞ本書を直接お読みになってください。
最近何冊かのガザについての本を読むまでは、映画「栄光への脱出」を中途半端におぼえていたせいか、かの地に上陸できたユダヤ人のことをよかった、としか思っていませんでした。実はその地にはずっとパレスチナ人がいて彼らを追い出して自分たちの国をつくったのだということに思い至らなかったのです。無知を恥じています。
私がナイーブすぎるのかもしれませんが、ふつふつと怒りをたぎらせながら読みました。
最近のコメント