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2025年6月 3日 (火)

『彼女を見守る』

aiai様がお読みになっていらっしゃるということで購入しました。

彼女を見守る』 ジャン・バティスト・アンドレア著 早川書房

  25060301

一言で言えば≪壮大な愛の物語≫でしょうか。
読み終わって放心状態です。

表紙袖の内容紹介から
大戦間のイタリアの激動を生きた男女の絆の行方はーー
親元を離れ、石工の見習いになった少年ミモ。
彼が出会ったのは、この地を治める侯爵の令嬢、ヴィオラ。
科学を愛し、空を飛ぶことを夢見る少女だった。
同じ年、おなじ月日に生まれた二人を引き合わせた運命は、彼らを引き離しもした。
ミモが才能を発揮する一方、ヴィオラは時代の制約にからめとられてゆく。
やがてミモに決断の時が迫るーー 
彼が彫った聖母子はなにを語るのか?

ミモはフランスの貧しい石工の家に生まれ、石工修行のためにピエトラダルバの村にやってきたときは13歳。
そこの墓地で城館に住む侯爵令嬢のヴィオラと出会い、惹かれあい、惹かれあうゆえにあえて会わずにいたり、の年月。
このミモ、軟骨無形成症、といって大きくなれない人でした。身長140㎝、でも頭などは普通サイズなのでその姿は異様だったようです。顔は美男だったことになっています。
地を這うような生活から、制作依頼が何年分もあるような彫刻家へと波乱万丈の人生が描かれます。 
500ページもの長さですが、飽きさせません。

不思議な感動で胸がいっぱいになりました。

お薦めです!

読むきっかけを与えてくださったaiai様ありがとうございました。

この小説の最初と最後の場面はサクラ・ディ・サン・ミケーレ修道院になっています。
サクラ・ディ・サン・ミケーレ修道院!行ったことがあるのです。
旅路はるか~北イタリア、スイスの旅
(3日目 そのⅡ)
この小説では険しい山道、とありますが、バスでかなりのところまで行って、その後徒歩でゆるやかな坂道を30分ほどあがっていくだけでした。ピルキリアーノ山という岩山の山頂に岩山と一体化したように建っていました。
素晴らしい彫刻作品がみられました。
ウンベルト・エーコが『薔薇の名前』のインスピレーションを得た、と言われる場所でもあります。

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書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

kikuko様
 サクラ・ディ・サン・ミケーレは主人公が後半生を過ごした場所としてかかれていただけでこの場所で過ごした日々については殆ど書かれていません。でも物語としては面白かったです。
kikuko様のようにイタリアがお好きな方には特に興味深くおよみになれるかもしれません。 
あそこは位置的にも岩山の上で面白いところですし、彫刻も素晴らしくて印象深い修道院ですよね。 
kikuko様のホームページも書く前に拝見させていただきました。
蛍、中学から大学時代にかけて住んだ杉並区の家から少し歩いたところに神田川(もしかしたら支流?)が流れていましたが、暮れてからは外に出してもらえませんでしたから、残念ながら蛍のとぶような時間に行ったことはないのです。 
40年がかりの飼育、すごいですね。最近は地方自治体も川をきれいにしたり、自然環境の整備に力を入れる傾向があってとてもいいことだと思っています。 

まぁ、とても懐かしい修道院! サクラ・ディ・サン・ミケーレ修道院は、2004年にトリノから鉄道でアビリアーノまで行って、タクシーで案内していただきました。新緑の中のドライブ、いまも思い出すとわくわくします。ご紹介の本、読んでみたいと思います。
 蛍ですけど、市のお知らせで野川公園のほたるの里で舞っていると知りました。40年がかりでカワニナの飼育から始めて、たいへんな努力の賜物だそうです。近くの玉川上水と神田川でも今週末にほたる祭が開催されますが、こちらの2000匹は人工飼育ですって。

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