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2026年3月

2026年3月29日 (日)

ペルシャ王女の棺 マハ カーン フィリップス箸



巻を置く能わずの面白い小説を読みました。

ペルシャ王女の棺 マハ カーン フィリップス箸 星薫子訳 集英社文庫

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舞台はパキスタン・カラチ、麻薬組織の隠れ家で一体のミイラが発見された。鑑定を依頼された女性考古学者のグルは黄金のマスクと王冠を身に着けた姿から、幻の「ペルシャ王女」の遺体だと推測する。本物であれば歴史を揺るがす大発見に、ミイラを巡って隣国イラン、地元マフィア、政府の思惑が絡みあい、解析を進めるグルも巻き込まれていく。ミイラに隠された陰謀、そして衝撃の深層とは.....!?   読み耽りました。

パキスタンという国、名前も地図上での位置も勿論知っていましたが、これまで特に関心を持ったことはなくこの国の作家が書いた小説も知りませんでした。 

これは小説ですから車を寄せられて潰されそうになったり、かっぱらいを生業とするストリートチルドレンが出てきたりしますが、実際とても貧しい国らしく全土でテロや誘拐、武装勢力による攻撃リスクが高く、調べてみると[危険レベル2〜4(レベルでは4は待避勧告)が発出されているため極めて厳重な警戒心が必要、大都市(カラチ、イスラマバード等)では強盗や銃器を用いた犯罪が多発し、、、]とありました。

グルも危険な霊廟に行く時はブラウスの中に短銃を忍ばせます(結局は見つかって取られてしまうのですが)。

カラチで北緯24.9度沖縄県で最も南のところとおなじ。暑そうです。

物語は、調査しようと博物館に運び込んだミイラの正体と3年前にいなくなった姪のマフナズが絡みあって、ワクワクしながら読み耽りました。 

最近テレビで東京大空襲の時を扱ったドラマを観ましたが、あの混乱期のもっとひどい状態であるのがカラチの現状であるようです。

日本は世界中で最も安全な国と改めて思いましたが、パキスタンのお隣はイラン、イラン情勢が気になります。ノーテンキではいられませんね。   

2026年3月26日 (木)

暗黒の瞬間 エリーザホーヘェン箸

もう一冊の本も読み終えました。重い内容でとても疲れました。

暗黒の瞬間 エリーザホーヘェン箸 浅井晶子訳 東京創元社

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30年以上のキャリアに幕を引くことを決意した、ベルリンの刑事弁護士エーファ。凄腕で知られる彼女は、多くの忘れがたい事件を手がけてきた。
11人が被告人となった裁判で1人だけ無実の者がおり、全員がそれは自分と主張している。1人を救うため10人を無罪とすべきか。厄介だがよく議論される類の事件だと思われたが、、、、。
ひとつの証言、発見、弁護活動でその姿が一変する平凡な裁判、そして異常な裁判ーーー。

いくつかの事件が語られます。
絵を盗んだ少年を射殺した老人。 少年はナイフを持っていた。
恋人を奪われた女子大生に奪った女性の子供を預蹴られたのだが、その子が塩入りプディングをたべるのをとめなかった、という事件。エーファは統計なども駆使して、彼女の無罪を勝ち取ったのですが、女子大生は少女を死なせた、という罪の意識から逃れることは出来ず、廃人同様になってしまいます。むしろ有罪になって、何年か服役したほうが精神的には楽だったのっはないか?

えっ?と驚き、ああ、と嘆息する、そういう作品が続きます。いずれも重たい内容の話で読み終えてぐったり、疲れました。

すごい本を読んでしまった!という感じです。

 

2026年3月17日 (火)

名前のないカフェ ローベルト.ゼーダーラー箸

先日、二冊本を買いました。偶然ですが二冊とも訳者は淺井晶子さんでした。

一冊はローベルト-ゼーターラーの作品。この人の作品はこれまで二冊読んでいます。邦訳のあるのはこれを含めて三冊だけ。いずれも良かったのてす。特に ある一生 は年に一冊出会うか出会えないかと思われるほど良かったので、同じ作者のこの本も迷わず買いました。

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孤児院で育ち、十五歳で学校を去ったローベルト•ジーモンは、自分の体ひとつでできる市場での日雇い仕事が好きだった。だが、ある日ジーモンは人生を前に進めたいという思いにかられ、店主が行方不明となったカフェを借りることにする。名前もつけないままで始めたカフェは、わずかなメニューしか供さないものの繁盛し、さまざまな身の上の人々が集まるようになる。戦後の発展の中で取り残されていく人々を、冷静な筆致で、愛情深く描く、、、表紙袖の内容紹介より

ウイーンのカフェというと昔一度行ったあの素敵なカフェ・デメルを思い出します。ザッハートルテで有名な。
でもここに出てくるのは場末のマルクト市場にある庶民相手のカフェです。疲れて一休みしたくなったらカフェへ。今ならペットボトルというものがありますから、カフェに入ることは何か目的がある場合に限られるような気がしますが。

1961年の晩夏、ジーモンは31歳、戦争未亡人の家に部屋を借りて住んで荷積場で働いていたジーモンは自分を一方で前に進めたいとカフェを開くことにしました。
カフェを開いてうまくいくかどうか心配するジーモンに未亡人は、人っていうのわね、いつも心配よりは希望のほうを少し多めに持ってなきゃ、とはげまします。

失業して、職のみつからないまま空腹でジーモンの店の前で倒れてしまったミラ。向かいの肉屋にすすめられ、反対する理由を見つけれないまま彼女を雇い店を続けていきます。
ミラと結婚することになる、巨漢だけれど気の弱い殴れられ役のレスラー、レネ。二人の待ちに待った子は死産でした。
十五歳も年上の牛乳-チーズ商のハイデ-バルトローメに恋をするロシア生まれの画家ミーシャ-トロガニエフ。
向かいの肉屋ゲオルグとその少し呆けたお爺さん。
カフェは大繁盛とは言えないまでも恥ずべき有り様ではない様子です。
でもカフェを開くという夢を実変させるとある種空しさも覚えます。
そういう頃、
トイレで腕を傷つけて自殺を図ったヤーシャという娘がいて、ジーモンは一度ヤーシャとデートしたのですが、手痛く振られてしまいます。でも深入りして振り回されなくてかえって良かったと思うのです。
結局ジーモンはずっと独身です。
店に来る様々な人々、楽しそうにおしゃべりするご婦人達もいますが、多くは一人だけ
でどこか哀しい。

戦後復興のこの時期、地域の再開発が進んでいきます。
このカフェの入っている建物の持ち主はお金に困って手放す事になりカフェも閉めざるを得なくなります。その間の十年間、周囲の変化も描きながら多くは時流に乗れない人々が描き出されます。

十年間続いたカフェ、自分にとってカフェがどれほど大切な存在であったか。いちど市当局に陳情書を書きかけます。

ここは暖かく、、、、、なにより、話をする必要がある人は話をすることができますし、黙っていたい気分のときには黙っていることもできます。世の中の回転速度はどんどん上がっていますから、人生に充分な重みのない人たちが軌道から投げ出されてしまうことがあります。
そんなときにしがみつくことができる場所があるのは、いいことではないでしょうか?

しかし、終わりのときはやってきます。ジーモンは事態を受け入れ、さよならパーティーも開きます。

一方、下宿先の未亡人は認知症がどんどん進んでいくようです。

陳情書の最後は、賃貸契約の延長のお願いを認めながらも、できないことは当然と思い、たったひとつ残されたのは できれています。

認知症になった未亡人の言葉 私だったのよ、、、どうかあの人たちには言わないで
何のことでしょう。分からないけれど分かる気もします。人生にはそういうことってあるものですから。

ある一生 も良かったですが、これも感銘を受けました。

やはり、ゼーターラーはいいです。

2026年3月15日 (日)

息子夫婦の来訪

昨日の土曜日に前々日の予告通り、息子夫婦がやってきました。何故急に?と思ったのですが、特に用事があるというわけではなく、様子を見にきた、というだけだったようでした。

お昼ご飯は作るけれどパスタ、アスパラガス、ニンニク、じゃがいもはある?もちろん常備菜です。
バジルペーストは無いかと思って買ってきていましたが、それだって我が家にはちゃんとあります。
そうしてバジルペースト
、じゃがいも、アスパラガスを絡ませたパスタをつくってくれました。
じゃがいもをパスタにつかう事は知っていましたが、実際には作ったことはありませんでした。
なかなか美味しかったです。
それで私も限界まで頑張ってサラダをつくりました。
ちょうど銀座若菜の3月のお漬物セットが届いたところでしたので、それに入っていたジュレがけトマトと生活してクラブの生ハムを使ってサラダを作りました。ジュレが美味しくて好評でした!

来る時、何か買って行く?と聞かれたので、キャロットケーキを頼んだのですが、その高島屋べーカリーで見つけた、とキッシュを二個持って来てくれました。電子レンジで少し温めて出しました。
ほうれん草とサーモン、グリル野菜とフェタチーズでしたが、どちらもとってもおいしかったです。リピ決定です。  

  
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体力的がないので前に、家に来るとき3時間までと言ってあります。そのせいか、ちょうど3時間で引き揚げました。とても楽しくてもっといて欲しかったのです。でもずっと寝るまでしあわせ気分が続いていましたから、疲れすぎる事がなかったせいでしょう。
いい日でした。

相変わらずiPadでのブログの書きかたに不案内で、写真のリサイズなどうまくおかず、お見苦しくてすみません。

 

2026年3月 8日 (日)

 セント・アガサが揺れた夜」

イモージェン・クワイが活躍するシリーズ最終巻です。

ケンブリッジ大学の学寮の一つセント・アガサ・カレッジで保健婦をしているイモージェン・クワイの活躍するする小説。これが最終巻なんて!

ケンブリッジにはかなり前に行った事があります。

キングズカレッジのチャペルの素晴らしいファンヴォールト天井をみることと川向こうのサクソンチャーチをみることが目的でした。この本を読んでいて川がケム川であって、イーリーはその下流になることが分かりました。ケンブリッジ大学をみて列車に乗ってイーリーに行き、そこで翌日、素晴らしいイーリー大聖堂をみて移動、ノリッジの街を歩いてからロンドンにもどった遠い日の記憶が想い出されて懐かしさに胸がしめつけられる気持ちがしました。

セント・アガサが揺れた夜 ジル・ペイトン・ウオルシュ箸 創元推理文庫

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ケンブリッジ大学セント・アガサカレッジに伝わる`ハーデイングの悪ふざけ」。ある夏の夜、新進気鋭のフェローが転落死したのは、学寮の塔から図書館の屋根へ飛び移るこの悪弊に失敗したからだと思われた。しかし事故死という判断は一年近く後に、大いに揺らぐことになった。ゴタゴタを抱えた演劇クラブが、通常では使われない粗悪な四つ折り本」判ハムレット」の公園中、主演学生がとった驚きの行動で。

イモージェンは仕事柄、学生、フェローなど多くの知り合いがいます。針のように鋭くバターのようにソフトな人 と称されるような人です。
愛のために医学部を中退し、恋人についてアメリカへ行った挙句にあっさりと振られてしまったという過去をもっています。この巻では新しい恋人ができたようです。
事故死云々の事件、果たして事故死か 殺人か?
事件をあつかいながらもイギリスらしい景色の描写も素晴らしくこのシリーズの修了が残念でなりません。

作者のジル・ペイトン・ウオルシュももう亡くなられているので続編は望めません。

彼女の作品では 海鳴りの丘 が大好き。 また読み返そうかしら。

もう行くこともないイギリスを思いつつ。

2026年3月 2日 (月)

崎陽軒

主人が横浜駅まで出かけたついでに崎陽軒のお弁当を買ってきました。

崎陽軒のお弁当は横浜人にとってはソウルフード、出かけた時はいつも崎陽軒ですが最近はおでかけがなくてお弁当にもご縁がなくなっていました。

いつもは 季節のお弁当 ですが、今回は豪華版、カニめし弁当てす。

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カニはとても細かくほぐしてありました。カニ感が?

椎茸の旨煮が美味しかったです。家ではこれほどしっかりとは味が染み込められません。もっとあっさりしています。

私には分量が多くてお昼と夕食2回分になりました。

元気になって列車内で頂きたいものです。

 

ポルトガル限界集落日記

ポルトガル限界集落日記 浅井晶子著 集英社

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浅井晶子さんの翻訳作品は多く読みましたのでその方の書かれたエッセイ、楽しみながら読みました。

ここには出てこないのですがどこかでお写真を拝見。イメージが全く違っていました。

翻訳者というのはとても知的なお仕事です。なんとなく近寄りがたいツンとした方を思い浮かべるのですがまったくそういう感じではなくとても親しみやすい感じの方でその日常もなかなか愉快なところがありました。

ご主人はドイツ人で技術系の方。なかなかいいコンビ。

そのお二人がポルトガルの山の中に別荘を買い、何年か後にはドイツの家を売り払いそこに定住されました。

その日々の記録とでも言った内容です。 

試行錯誤しながら、あれこれ手作り、ヨーグルトメーカーを使っての納豆作りなどは執念のたまものか。

敷地は広大でオリーブの木もあまた。実をとって搾油所でオリーブオイルにしてもらうなどなんとすてきかなことでしょう。

ポルトガルではオリーブオイルの用途は、ランプに使われたり、傷口に塗ったり、肌の手入れに使われたり。

勿論食べ物にも、焼き魚、御浸し、煮物にもかけるのだそう。

大晦日の年越しパーティーの話など楽しく、経験はないながらもなんだかなつかしい感じのするあれこれ。 楽しい話がいっぱい。

おすすめです。

アイパッドを使っての書き方がまだ理解できていないところがあり、文字サイズの変更などができません。

お見苦しくてすみません、

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