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五島列島旅行

2017年11月16日 (木)

五島列島旅行 11 (5日目―2)

5日目 続き
昼食は ニューパンドラレストランで(11:45~ )
 
 
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大きなグループの予約がはいっているからということで、すこし早めです。
 
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これに鯛茶漬けがつきました。
お刺身がとても新鮮で 美味しかったです。(今回の旅行でここが一番かな?)
レストラン前に美しい玉之浦湾が広がっています。まるで湖のようです。
 
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台風のおかげで、この美しい海をまた眺められることになって本当に幸せ。
玉之浦湾を見ながら進みます。
 
玉之浦教会 
nagasaki.jp/sekaiisan/goto_churches/tamanoura/index.html
 
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1967年に建てられた教会、それまでは信徒の家のに階でミサがあげられていました。
外観は塔が建って教会らしいのですが、中は普通の家の板の間という感じで天井は吸音ボード(プレハブ住宅?)壁に十字架 聖母像がつけられている、という簡素なものです.
椅子もひとつづつのパイプ椅子。地域の集会所、といった趣です。信者さんたちには祈りの場所だり、寄り合う場所でもあるのでしょう。明るく気持ちのよい空間でした。.
 
教会そのものを見るのに時間はかかりません。のんびり前の海を見ました。
 
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水がきれいでお魚がみえました。
 
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教会前の通りはすぐ海に面しているのですが、昔はこの通りはもっと狭く一本奥の通りがメインストリートだったそうです。
玉之浦地区はその昔、沖合漁業の基地として1万人以上が住んでいたそうで、その名残を感じる界隈として、元倉の街並み が一応観光スポットになっているようです。
 
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昔は普通にこういう通りはありました。時が止まったような、という形容がぴったりの場所です。昭和のイメージ?映画のロケ地としても使われる場所らしいです。
 
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屋根が二重になっています。もと町長さんの家。今は空き家。
街並散策の後は 島山島に渡りました。 橋で写真ストップ
 
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何度も書いてしまいますけれど、本当に海が美しい。台風のおかげで海を見られる時間がふえて本当に幸せ。
 
島で野生のシカがいる公園にいきましたが、いないのですぐ戻りました。
 
アコウ樹というのを見に行きました。
 
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車をおりて5分くらい歩きます。
アコウ樹とは(案内板)
 
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くぐって振り返ると
 
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このアーチになったところで記念写真を撮られている方が多かったです。
奥には大山祇神社
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移動 (13:25~14:20)
勘次ヶ崎(14:20~14:45)
 
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ここには勘次ヶ城とよばれる砦の後があります。
 
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奥の岩のところですが、 のぼりにくそうなのであがりませんでした。
 
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↑案内板の写真。
中世の大陸貿易あるいは倭寇の活動拠点、江戸時代の抜き荷(密貿易)の拠点だったといわれてところです。そこに江戸時代末期、船大工の勘次が住み着き、いくつかの物語があるのでこうよばれているそうです。
海岸は溶岩海岸。
運転手さん 「珊瑚があるよ」  たくさんころがっています。
 
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なんだかハチの巣みたいです。
 
海賊(倭寇)のモニュメント
 
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しばし海をながめて
 
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最後の立ち寄り場所に向かいます。
 
舗装はされているけれど細い山道↓をくねくねのぼりました。
 
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繁敷教会(15:10~15:35)
http://www.city.goto.nagasaki.jp/sekaiisan/goto_churches/shigejiki/index.html
 
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十字架がなければ教会とは思えない建物です。
現在の建物は1974年に建てられたものです。
1853年に1家族がここに移住してきたことに始まり、明治初めのキリシタン弾圧のときには 迫害はここまで及び、拷問をうけたりしたそうです。
1919年に山のふもとに教会がたてられたのですが、ダム建設のために作業員宿舎になり、 火の不始末で消失、次の教会もダムのために取り壊されるなどして、1974年この山の中に 今の教会が建てられたのです。
歴史を知ると信者さんたちの切なる願いがひしひしと感じられ、質素な建物も貴重なものにおもわれてきました。
山懐にいだかれて、という風情がなかなかよかったです。 
 
中もシンプルです。(ネットから拝借) 
壁の中央に小さな祭壇。飾られているお花が左右対称的でなんだか神棚を連想してしまいました。綺麗にたもたれていて信者さんたちの心のよりどころなのだなあ、と思いつつ、 ここに来るのって大変だろうなと考えてしまいました。車?徒歩?。
 
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のんびり、山の中の景色を楽しみました。教会横の道、左が森で坂になっているのですが、  どなたかが「キーウイでは?」
 
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長いほうで 3cmくらいのミニキーウイの木がありました。おちている実を味わわれた方も。
 
手続きに時間 がかかるかもしれないから、と早めに空港にいきました。
17:55福江空港発   18:25長崎空港着
予定では 19:15発なので、外にはでません、ということだったのですが、乗り継ぎ口近くで 遅延が分かり、一度外に出ました。
台風の影響で羽田空港がラッシュ。なかなか着陸できないそうです。
しばらくするうちに 1時間30分遅れるとのしらせ。
お弁当を買って機内で食事をする予定でしたが、空港内で済ませることにしました。
レストラン「エアポート」で、 私は 長崎ちゃんぽん、妹は 長崎サラダ
遅延はさらに15分、結局1時間45分遅れま
21時ごろ出発して、羽田について荷物を受け取り京急線のホームに降りたのは23時過ぎ。
家に着いたのは私は12時半ごろ、妹は午前1時半ごろ。
それでも日にちは変わっても、私たちは一応 その日のうち、と言える時間に家に帰れましたが、羽田宿泊を余儀なくされた方もいらっしゃいました。
最後の最後まで台風に影響された旅でした。
残念なことはありましたが思いがけないミステリ―ツア―も楽しめて色々な意味で忘れがたい旅となりました。 
 
:
 
旅行前に配られた書類の中に巡礼手帳も入っていました。(これは 一昨年の平戸巡礼も同じ、でした)(調べると色々セットで 1200円)
各教会には スタンプがおいてあり、そこで スタンプが押せるようになっています。(ながくて 裏表あるので折りたたんで一部だけ載せました)
 
 
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私はスタンプラリーには興味がありません。でも皆さん押していらっしゃると、つい せっかくだから (それに各教会のスタンプは教会の形をうつしていて なかなかいいものでもあるのです)と、行列に並んでしまいました。
本当はお祈りした後、内部をみせていただいて最後に記念にスタンプ、という順序だと思うのですが、すいているうちにまず、ということになったり、時には(お恥ずかしいことに)スタンプ押しにはいっただけ、という場合もありました。。
 
台風21号、出発前から心配はしていたのですが、予感的中 、、
旅行の日程が延びる、という初体験をしました。
予想できた、ともいえるので出発直前でも中止にしても良かったかもしれない、という気もしましたが、5日目も観光させてくださるなど、旅行会社は誠意を持って対応してくださったと思い感謝しています。添乗員の今井さん大変だったと思います。ごくろうさまでした。
予定変更のおかげでこの島の空海関係の場所にも行けたことはとてもよかったし、教会オンリーでなく 一般的観光地もまわれたこともよかっです。 それに過疎の実態も少しですがみえてきて勉強にもなりました。
 
しかしながら教会の見残しは残念。それに何よりもあのすてきなホテルに一泊しかできなかったのも口惜しい。
すぐにではなくても いつかリベンジを、の思いがあります。見残したところだけとなると今度は個人で。はたして大丈夫か、調べてみました。
 
それで少し調べてみると、世界遺産登録を目指して観光に力をいれているせいか、島内ツアーや観光タクシーなど個人でも行ける手だてはありそうです。
参考までに調べたことを書いておきます。
こういう手段もある、という程度にとどめてネットで新しい情報を取得なさってなってください。ツアーは2名以上、のようです。
 
お役立ち?リスト
*マルゲリータホテルへは 有川港、鯛の浦港から送迎バスがある(三日前に予約)
* 中通島の観光タクシー
  http://www.arikawataxi.net/tabi-plan.html
 上記によると(もちろん今後変動はあると思いますが)
 10800円(3時間) 8時間でも 28800円とそれほど高くはなさそうです。
*福江島 五島観光タクシー
http://www.fctv-net.jp/~gotokanko/top3.htm
 料金的には 上五島と だいたい同じ。
* 五島列島の瀬渡し船一覧
http://islands.chicappa.jp/goto-web/07fishing1.htm
野崎島に行くには 津和崎にある好洋丸は 津和崎なので 便利そう、往復2万円
 津和崎丸(0959-55-8260) というのもパンフレットにのっていました。
*福江島バスツアー https://www.nagasaki-tabinet.com/tour/62518/
 *五島列島キリシタンクルーズ
  http://www.campanahotel.com/gotobus_top/pg565.html
*五島市観光協会 0959-72-2963
教会関係ホームページ
*ようこそ五島の教会へ
http://www.city.goto.nagasaki.jp/sekaiisan/goto_churches/index.html
 
お土産 殆ど口にはいるものばかり
* からすみ  (お高いので小さいものを)
* あごんちょび瓶詰 (アンチョビと間違えて買いました。 ひしこいわし、ではなくあごを つかっていました。 アンチョビより臭みがなくまた柔らかくておいしい)
* あごだし 
* 椿油・柚子ドレッシング
* 柚子胡椒 
* 塩キャラメル
* 教会クッキー
* 八匹雷(ハッチカンカン)黄な粉餅
* うどん
など、名物にうまいものなし、といいますが近頃はそうでもないのではないでしょうか。 
どれも美味しかったです。
 旅行記完

2017年11月14日 (火)

五島列島旅行 10 (5日目―1)

 
10月23日(月) 台風一過の秋晴れ
福江島観光の後 長崎経由で羽田へ
 
5:30 起床
6:40過ぎ 身支度を終えて何気なく奥の窓の障子をあけると、うっすら日の出。
前回は 和室の横に廊下があって椅子セットがおかれていたのに、 今回はないので 景観は望めないだろうと、窓を開けようとしなかったのですが、分かっていたらもう少し前に開けたのに。
 
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右手の方に目をやると、
 
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お城です。
お城がこれほど近かったとは! 
右手の一番高い建物が昨日行った資料館です。
 
7:45 先に ホテル代、 夕食代を 支払っておきました。
それから ロビー横のティーラウンジで朝食
ホットサンド、サラダ、コーヒー付きにしました。あとでジュースもたのんで二人で半分づつ。
 
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サラダ
 
 
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食事が終わって、私はお城の方に散歩に出ました。(9:20~9:35)
昨日行った資料館です。
 
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解説 (五島市公式サイトより)
1614年(慶長19)江川城が焼失し、その後、長年にわたって陣屋住まいを余儀なくされ、その間、3代にわたって築城の嘆願をしました。
江戸時代後期には、異国船が頻繁に五島灘を往来するようになって、幕府から築城の許可を得ました。
福江城は、三方海に囲まれた海城でもあります。
江戸時代最後の城郭であったが、築城5年後に明治維新となり、城郭解体の指令を受け解体され、その跡に五島中学校(現五島高等学校)が建てられました。
 現在、城郭内には五島高等学校・福江文化会館・五島観光歴史資料館・五島市立図書館が建てられ、五島市の文化ゾーンとなっております。当館は平成元年に二の丸跡に建てられ五島の歴史や文化に係る資料を展示しています。
お城の形はしていますが、この資料館は新しくたてられたものなのですね。
 
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お濠には蓮がうえられていました。
 
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↑案内板 ④ のところにこの資料館が建てられている、ということなのですね。
外に出て現在の外濠を見ます。昔はここに船着き場があったとか、で そこに降りる石段があるので、それを見たかったのです。
濠の横は公園になっていました。
 
 
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右手の黄色い建物が宿泊しているカンパーナホテル(なるほど鐘塔があります)
 
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↑昔の灯台を摸したのでしょうか
 
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日本の典型的風景
石段は奥のくぼんだところあたりかな?と思ったのですが、確認はできませんでした。
お天気も回復してきたようです。
今日は5日目ですので本来なら旅行は終わっているはずです。 
でも旅行会社側のご厚意により昼食付で観光させていただきました。
福江島出発は午後4時過で予定通り長崎経由です。
地方都市にお住まいのあるご夫婦は今日中にどうしても家にお帰りになりたいそうで、福岡に飛ぶご予定で、朝、さよならしました。
福江島、もう主だったところは見ているのですが、今日は島の南西部へ行くそうです(ミステリーツアー)
地図には行ったところを先に印しておきました。
 
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1711131410:00 昨日のジャンボタクシー2台に分乗して出発です。
今日は昨日とメンバーが同じで 車が入れ替わりました。
今日の運転手さんは宗さん。あまりおしゃべりはなさらない方です。
数字が読みにくいですが、27号線、164号線と進み 大宝寺に行きました。
玉之浦湾が美しい。 白い船が浮かんでいます。 (あれ何だと思いますか」 と運転手さん。 巡視船だそうです。
 
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玉之浦湾は国際非難港 になっているのです。 嵐の時に船が避難してくるわけです。
すこし離れたところにある男女群島には珊瑚採りに(とってはいけないのに) 中国船がよくやってきて、それが避難してくるそうです。
外国船の乗組員たちは上陸してはいけないことになっているので、それを見張っているのです。 実際上陸してきた人もいたのですが、すぐ捕まったそうです。 
 
大宝寺 (10:55~11:30)
 
 
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上部の彫り物を拡大
 
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海に面しています。
 
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五島市のホームぺージから
.
約1300年前の大宝年間に創建されました。元々は三論宗の道融という人が開基しましたが、大同元年(806)空海が唐から帰国の際に立ち寄り、真言宗最初の道場として布教活動をしたことから、三論宗を真言宗に改宗しました。その後、西の高野山とも呼ばれています。 大宝寺は五島八十八ヶ所巡拝の八十八番札所でもあり、境内には「弘法大師霊場 祈願お砂奉安 四国八十八ヶ所巡拝御砂踏處」と書かれた大師堂があります。 また、奥の院の小高い丘の上には「へそ神様」と呼ばれる五重の石塔があり、子どもが生まれると、島の人々は健やかな成長を願って紙に包んだへその緒を石塔の下にある穴に納めたといいます。
 
このお寺も空海ゆかりのお寺なのです。
 
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護摩法要をするそうです。
 
 
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火渡りもするそうです。
 
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案内板の写真に護摩法要の様子が写っていました。
境内はやたら、と言っては何かと思いますが、仏像がぎっしり。
これは 子安弘法大師
 
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横にある小さな仏像軍は 四国八十八ヶ所のお寺をあらわしていて、ここで拝めば八十八ヶ所まわったことになるそうです。
本殿 
 
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軒下拡大
 
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御朱印を頂くために中へ入られた方もいらっしゃったと思いますが、私たちはお庭をぶらぶら。
 
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奥に神社がありました。
 
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その左に
 
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これは何でしょう。各所にあった小さな仏像を集めたのかともおもいましたが。
このあと昼食レストランに向かいましたが長くなりすぎたのでここでひとまず切ります。
 

2017年11月11日 (土)

五島列島旅行 9 (4日目―2)

4日目 続き 
五島市の中心部に戻り 福江教会へ (11:05~11:15)
 
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明治以降五島各地から信者が集まり1914年堂崎小教区から、分離・独立、 
現教会は1962年に建てられました。
教会前の碑
 
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この後 五島観光歴史資料館へ、 (11:20~11:55)
雨が断続的に降り、ここに着いた時は雨脚が強く 写真を撮る間もなく建物に駆け込む有様。
最初にビデオをみます、とオーディオルームに入りましたが、20分くらいかかるのに、ここでの滞在時間が短いので 展示を見たい人は見にいってください、とのことで3階のキリスト教関連の部屋へ行きました。
島内各地の教会の紹介や歴史など大事ではあるけれど、私には目新しいことはなかったような、、。 はっきりしないのは図録くらいあるだろう、とメモをとらなかったからなのですが、後で聞くと図録など、解説本はおいていませんでした。
 
12:00~13:00 昼食
 
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お寿司にも おうどんが付きます。
 
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本当は飛行機の時間がせまっているので、いそいで頂くはずだったのですが、
添乗員さんは部屋に案内した後姿を消し、
現れると 「福岡から私たちの乗る飛行機は着いてはいるのですが出発時刻がわかりません」 と言ってまた姿を消しました。
アイパッドで調べていた方が「欠航よ」やっぱり。
 
ほぼ食べ終わったころ
「今日は欠航がきまりました。ゆっくりたべてください。午後は朝のタクシーで そのまま観光を続けることにします」
また消えた添乗員さんのために気の利く方が お持ち帰り容器をお店からいただいてきて 彼の分を詰めていきます。
 
予定変更で本社と連絡を取ったり、これからの相談とか、、忙しそうでした。
 
とりあえず先ほどの歴史博物館で時間が少なかったので そこへ行ってそのあとまだ見ていない教会を観に行く予定のようです。
ミステリ―ツアー というのを耳にしたことがありますが、今日、明日はまさにそれ。
 
五島観光歴史資料館 (13:05~14:00)
先ほどビデオを見なかった人はビデオをみることに、
観光ビデオのようで、美しい海を映しているな、、 とおもっているうちに夢の国。お昼のビールがきいたようです。
そのあと、コンタクトがくもっているので、レンズを洗ったりしているうちに集合。
 
14:00~14:43バス
途中みかけた 墓地  
五島では墓石の文字は金で入れるのが一般的でキリスト教徒の墓も金文字です。
 
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バスは海岸沿いを走り、細い山道をくねくねまがって進みます。舗装されてはいましたが、 映画 「沈黙ーサイレンス」にでてくる山道を彷彿とさせるようなところも通りました。
 
水道がなくて雨水をためたところ
 
 
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半泊教会  (14:43~15:00)
http://www.city.goto.nagasaki.jp/sekaiisan/goto_churches/hantomari/index.html
 
江戸時代末期 弾圧から逃れてきた大村藩のキリシタン数家族がこの浜にきました。
 
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全員がここに住むには狭いので半数がここにとどまり半数は三井楽へいきました。そのため半泊(はんどまり)といわれています。
教会は アイルランドからの寄付と信者たちは木を切るなどの労力奉仕をして1922年に建てました。大工は 鉄川与助
粗末な建物はどうみても教会には見えませんが、
 
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向こうの石垣は風よけに、信者たちが浜辺から運んで築いたものです。
側面
 
 
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中は なんとすがすがしく気持ちの良い聖堂でしょう!
三廊式折り上げ天井(Googleマップの写真をお借りしました)
祭壇は どこも同じスタイルです。
床を見ると一か所節穴があいて、床下に緑の草が見えました。(板が一枚貼ってあるだけの床だったのです)
 
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水色と白、美しくて心が清められるようです。
台風のおかげで予定外のこの教会にも来られて本当によかったです。
 
バスで今来た道を戻って
宮原教会
http://www.city.goto.nagasaki.jp/sekaiisan/goto_churches/miyabara/index.html
ここも1797年以降大村藩から移ってきたキリシタンたちが住みつき潜伏した地です。
1885年に初代教会 1971年改築
 
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十字架がなければ民家としかおもえません。
中はまるで小学校の教室を思わせるような質素なものでした。
祭壇はなく壁に磔刑像
これも↓ Googleマップからおかりしました。
 
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信者さんたちの祈りの声が聞こえてくるような教会でした。
少しバスに乗って
浦頭教会  (15:30~15:45)
初代教会は 1888年 
現在の教会は3代目で,1968年 船よりも車の時代になったので、老朽化した堂崎教会に代わってこの一帯の中心的教会として建てられました。
 
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ノアの箱舟 をイメージしているそうですが、それらしく撮れていません。
 
16:00頃 カンパーナホテル着
今日は全員ここに泊まれます。
しかしこの延泊のホテル代は自分持ちです。
旅行保険 航空機欠航特約付き に入っていれば宿泊費用として1万円支払われることになっています。妹も私も入っていました。
これまで旅行保険はいつもかけていて、海外一回行けるほど払い込んでいましが、支払いの対象になることが起こったのは今回が初めてです。
(なお、昨日のあまりにも差がありすぎのホテルに関しては旅行会社から差額分として5千円 払います、という知らせが来ました)
 
お部屋に差があるとかで、またくじ引き。今日はいいほうでした。
和洋室 8畳の畳の部屋と ベッドの部屋があります。 
 
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広々としてくつろげます。
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洗面台も 洗面ボール二つ。 ピカピカで気持ちがいい。
 
夕食ももちろんフリーです。 素泊まりでなく夕食付にもできましたが、お決まりの食事はもういい、とい思い、つけてもらいませんでした。
外に食べに行かれる方、スーパーで何か仕入れられた方など様々。 ホテルないには 喫茶室と 和食のお食事処が あります。 
特にすることもないので17時ごろ 2階のお食事処へ。 
ところが 17:30から、ということなので、ロビーで待つことにしました。
 
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横の喫茶室で ソフトクリーム を売っていたので、それを食べながら。
 
そのあと 17:30になったのでお食事処へ行きました。
なんと六畳くらいの個室。立派なテーブルを前にして一品だけ、というのも申し訳ない気がしたのですが、にこやかに応対していただきました。
鯛茶漬けを頂きました。 
 
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お部屋にもどって妹は大浴場へ。 帰ってきて「誰もいなくて海が見えて気持ちがよかったわよ」といわれたのですが、私はお部屋のお風呂にしました。。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2017年11月10日 (金)

五島列島旅行 8 (4日目ー1)

10月22日 予定変更で福江島に来てしまったので、 午前 福江島観光 午後長崎へ
 ところが
福江島観光
5:30 起床
6:30 身支度、パッキング完了
 
7:00~ 朝食
 
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昔懐かしい日本の朝ごはん 
左上の蓋をとると
 
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みえませんが、キャベツの下にはベーコン
(この蒸し焼き、残り野菜処分にも役立つ、と家でもやってみました。 
茅乃舎のだし の袋を破いてぱらぱらかけてから、蒸し焼きにしてみたら美味しかったです)
黄色い小皿に入っているのは 柚子の香きのこ、このホテルの特製だそうで、美味しかったので後で、自宅用に売店で買い求めました。
 
今日は 9人乗りジャンボタクシー2台で島のまだ観ていないところを回ります。
 
9:00 出発
 
福江島の全図は1日目にのせてあります。今日は左上の方に向かいます。
 
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運転手の田中さんは話好きで道中色々説明してくださいました。
町を抜けるとき、台風下の日曜日、ということもあると思うのですが、商店街はシャターがおりているところが殆ど。台風のせいだけではなく、シャッター街になってしまっているのだそうです。
小学校の横を通ったとき、ここは三校統合されて一つになった、と言っていました。 過疎地なのです。
この島は常緑樹が多いので紅葉がないそうです。
タバコの葉の栽培がされ、品質日本一になったことがある。 二人の生産者がいて売上一千万円。
 
雨もふっていますが、風も強く、 「大丈夫?」
 
9:45~9:55 三井楽(みいらく)教会
http://www.city.goto.nagasaki.jp/sekaiisan/goto_churches/miiraku/index.html
 
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寛政年間の大村藩の公式移民より早く1776年(資料により、何年かのずれがある)に外海の農民が居つきを願い出て移住してできた集落。
1880年にマルマン神父が完成させた教会がシロアリにやられたため、1971年に現教会が建てられた。内部のステンドグラスはキリスト教徒ではない地元の篤志家の寄付によるものです。
 
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内部、 いただいた案内より、
 
雨は降ったりやんだり、風はかなり強いです。
バス移動、 
途中 カグラサン(ろくろ場跡)このあたりは捕鯨が盛んで、追い上げて浜に引き上げた鯨を解体する際に使用した ろくろ が残っている場所の横を通りました。
 
 
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波がすごいです。このあたりは波が高く道路までくるそうで、軽石が打ち上げられていました。次の辞本涯の見学をしているときに、田中さんがひろっておいてくださったのを一つもらって帰りました。
 
空海記念 「辞本涯」
空海が唐に渡る際の日本最後の見納めの地に立っています。 辞本涯 とは日本の涯(はて)を去る、という意味だそうです。
 
 
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外へ出て写真を撮った瞬間、強い雨
車の中から
 
 
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↑車の中から
 
 
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波が高いです。
 
同乗した、男性のおひとりは研究熱心、好奇心旺盛、色々質問なさるので、聞いているほうも勉強になることが多かったです。 
 
今日は衆議院選挙の日(期日前投票はしてきました!)ポスターを見ながら、 「離島振興法」と候補者の関係について質問なさっていました。
こういう法律知りませんでした。
ネット検索してみると
国土の保全等において重要な役割を有しているものの、産業基盤及び生活環境の整備等が他の地域に比較して低位にある離島について、その地理的及び自然的特性を生かした振興を図るための特別の措置を講ずることを目的とした法律
とありました。
 
法律自体はすでに存在するのですが、その交付金をめぐって、現政権与党議員を地元からだすことが有利なのでしょうか?
(翌日の選挙結果、この与党議員は当選していました)
交付金については
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kaiyou/ritou_yuusiki/h28_01/52gaisan.pdf
 
よくわかりませんが、 58億円がどうのこうの、という話でした。当選したので首尾よく交付金が得られるのでしょう。
ただ離島での定住のために道路を造る、とかのインフラ整備fだけでなくだけでなく、国土防衛も関係しているようです。
一昨日行った水ノ浦教会の前を通って (晴れた日に見るのとは全く違う雰囲気で、哀しい歴史を思い起こさせます)
 
 
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途中のお花畑
 
 
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(もっと色が薄かったのですが、お花をはっきりさせるためにPhotoshopで明るさを調整しました)
魚津ヶ崎公園へ (10:25~10:40)
このあたり全て 西海国立公園になっていて、景色がいいのです。 時折雨、 風も強い、今日でさえ 眺めはよかったです。
 
 
 
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説明文拡大
 
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630年か 260年間にわたり 前後18回 遣唐使を送りました。 前・中・後期三つに分けると 五島を通過したのは、 主に後期。
難波津をでて、瀬戸内海を渡り、大津(博多) 唐津、平戸を経由して五島で風待ちをしました。このことは「肥前風土記」 にでているそうです。
このあたり全て 西海国立公園になっていて、景色がいいのです。 雨、風も強い今日でさえ海の色がきれいで眺めはよかったです。
 
 
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遣唐使船寄泊地の碑が建っていました。
 
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拡大すると
 
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見えにくいですが、、、。
 
この後市の中心部に戻りもう少し観光して昼食ですが、ここで 一度切ります。

2017年11月 8日 (水)

五島列島旅行 7 (3日目―2) 

マルゲリータホテルに戻ってパッキング。 
といっても出る前に一応キャリーに詰めてはおきましたので簡単です。
朝食レストラン入口のショップで自家製のクッキーやマドレーヌなどを売っていて、明日でもいいと思いつつ買ってしまったのですが、助かりました。今ならもうそういう時間はなかったでしょう。
 
もし延泊ということになるのなら、ここがよかったのに、私だけでなく他の方々からもそういう声がもれました。
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朝出たお庭とは反対側です。 これが今日のバスです。
 
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名残り惜しい、というより口惜しい。
10:55~ 11:05 バス
 
青砂ヶ浦教会  (11:05~11:25) 国指定重要文化財
浦上三番崩れ(1856年)の殉教者、吉蔵が隠れ住んでいて捕縛されたのがこのあたり。
初代教会は1878年頃、 
現教会は三代目で、1910年 鉄川与助設計、施工によって建てられました。
煉瓦造りで均整の取れた姿です。
 
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側面。 窓の装飾がきれいです。
 
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これは 帰りのバスの中から撮ったもの。 鐘楼は火の見やぐらスタイル
 
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野崎さんのお話。
 煉瓦は長崎から手漕ぎの船で運んだ。 
 丘の上の教会へは信者さんが(男は20個、女は10個くらいずつ)背負って運び上げた。
 鉄川与助は ド・ロ神父のところに見習いに行った。 
 ド・ロ神父が下さったカンナなどがここにのこっている。
  前作は高さが出せなくて失敗、と考えここでは柱を二段に重ねる(継ぎ足す)ことによって高さを出している。
 また 柱の下に石を置く(本来は床下)ことによっても高さをだした。
 リブ・ヴォールトのリブ、
 木でカーブをつくることは難しいので弧を描くように木を切って(くりぬいて)形作った。
 長さが足りないと 継いだ。
 (装飾の意図で、強度は関係ないのであろう)
 信者数 900名
 三廊式
 
色々書いてもイメージが浮かびにくいので、ネットから一枚拝借
 
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後ろ側には 階上席(聖歌隊席) がありました。鉄川与助はどこでも聖歌隊席をもうけたそうです。(google map で青砂ヶ浦教会をクリックすると、横に写真が出てきます。教会内を360度回転して見渡すことが出来ます。)
 
教会から奈摩湾を見下ろす。
 
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バス移動して
 
冷水(ひやみず)教会
冷水のキリシタンたちは五島崩れの際、迫害を受けて逃げて戻ってこず、迫害後、平戸や 下五島からやってきた人々が共同体を作ったところ。
冷たい水が出るところ、という意味。
磯臭くなく、潮風なのに、ベタベタしない。いかに水がきれいか、ということ。
教会は1907年に建てられたもので鉄川与助が独立して初めて建てた教会です。
道路から少し階段を上がります。
上が切れてしまいましたが 火の見やぐらスタイルの鐘楼
こぶりですが、信者は多く200人以上
 
 
 
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上の方を拡大 ステンドグラスは取り替えています。
 
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木造で内部は3廊式 天井は四分ヴィ―ルト 壁とも漆喰仕上げ。階上席もあります。
ネットから写真拝借 
やはり 青砂ヶ浦にくらべて高さはありませんが、落ち着いていい感じです。角柱で二段重ねしていません。
 
 
 
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入口から海が望めます。皆さん、ここに立って記念撮影。
 
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バス移動して 昼食(11:40~12:40)
旅の宿 やがため の 万里波 で
http://www.yagatame.jp/inn/
 
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お刺身(ヒラマサ、鯛) がおいしい。生ビール小400円。今回はビールを飲むことが多かったです。
 
バス移動
途中 比較的大きな町を通過しました。上五島病院の横を走っているとき、医者は長崎に住んでいるので、ドクターヘリが患者のところに飛ぶのではなく、医者の通勤用になっている、と話していました。 そういう状況ですから、医療のために島を離れる人もいるそうです。
 
跡次教会  (12:55~13:05)
1879年にきた8人の漁師たちが土地を買い取り1914年、初代教会をたてました。 現在の教会は1984年建立。
外側しか撮れないのに撮り忘れ、グーグル、ストリートビューから
 
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この日 予定が変わったことから 頭ヶ島教会堂にいけませんでした。教会も残念ですが、、そこで見ることになっていたキリシタン墓地も気になります。他にもキリシタン墓地があれば教えてほしい、と添乗員さんに頼んでおきました。そうすると、ここにはある、というので坂の下に走ったのです。(それで教会の方の写真を忘れたらしい)
でも時間がなさそうなので、裏側からしか見ませんでした。
キリシタン墓地
 
 
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写真ではカットしましたが、右のほうには 金文字入りの立派な(カソリックの)お墓がいくつもありました。
でも この隅の方に寄せられているのが、昔のキリシタン(といっても 江戸時代とかではなく 明治時代、カソリックに復帰する以前) のお墓ではないでしょうか。
 
おうどんに関しての野崎さんのお話。
台風による変更以前に 船会社の都合で 帰りの船に変更( ジェットフォイルがフェリーとなり時間がかかることに)があるので お詫び、 ということで お土産を頂きました。
五島うどん(あごだし付き) 塩羊羹、塩 これだけで島のお土産は十分と言えるほどきちんとしたセットです。
 
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で、おうどんが話題に
打ち粉にする粉がないので椿油を使った。 手打ちではなく 手延べ
頂き方として 釜で茹でたものをそのまま、溶き卵にネギ、醤油をいれたものに絡めていただく
(これ、家に帰ってこころみました。醤油は濃縮めんつゆにかえましたがgoodでした)
(椿油を使っているせいか、煮崩れることはなく、ツルツルとのどごしがよかったです)
五島うどんは 日本三大うどんの一つ
遣唐使が伝えたらしい、稲庭も遣唐使が伝えたとか。いずれにしろ、うどんは大陸伝来のもの。
 
洋上石油備蓄基地を車窓から見ました。(13:09) バスのガラスの影響で青くなってしまいました。(今見ると 跡次教会からも見えています)
 
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拡大 船に載せてあるそうです。
 
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野崎さんは 「何かあると、ここは火の海になる、とうちのおばあさんは怖がっている。でも 200人の雇用があることを考えると、、、」 と話していました。
気持ちは分かります。このきれいな海に人工のものは置きたくないと思います。
でも五島には地震がない、とか。それで波の影響も受けない場所、として選ばれたのがここだそうですから、申し訳ないけれど、我慢してほしいです。 
心の中では (それでは京浜工業地帯に住んでいる我々はどうなるの?)とも思っていました。
しばらく前の新聞記事では 陸上イージスの設置場所候補に五島が入っていました。
これは怖い気がします。ここに置かないでほしい、どころか買わないですませることを考えてほしいです。
(なお、イージスアショア設置場所に関しては15日現在、秋田市と山口県萩市で最終調整に入っている、との報がありました。五島は外れた模様、11/17記 )
 
 
中ノ浦教会 (13:30~13:50)
この地域には外海の黒崎村からわたってきた人達が住んでいました。
島の南側は 長崎に近いので大浦天主堂ができた知らせは早くに伝わり、隠れていた キリシタンたちは名乗りを上げました。そのため、ここでも五島崩れの犠牲者は多かったそうです。
教会は 1925年建立
鐘塔は1966年に増設されたものです。
 
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晴れた日には手前の入り江に姿が映り、水鏡の教会、ともいわれているそうですが、 
 
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あいにくの曇り、水に映った姿は見られませんでしたが、美しい教会でした。
(↑写真、水に少しだけ白く映っている、と言えば言えるかしら)
 
 
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↑Googleマップより、
野首教会だけでなく、頭ヶ島教会、旧鯛ノ浦教会、大曾教会など見応えがあると思われる諸教会がカットされてしまいましたが、これが見られだけで満足、と言えるほど、ここは内部も美しいものでした。
身廊は折り上げ天井 内陣はヴォールト天井
白壁に薄いピンクの天井、ここでも四弁の椿、ステンドグラスも美しい。
古色蒼然としたロマネスク教会ファンも、ここでは一時 宗旨替えです。
ノートに図をを描いたり言葉で書き留めたりしましたが、でもどうしても写真が欲しい。それで ここでも Googleマップからお借りしました。
 
 
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後ろ側には階上席ももうけられています。
 
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マップ上で教会をクリックすると左側に写真が出てきます。360度回転できる写真もあります。 
折り上げ天井というのが気に入りました。 
日本の教会独特ではないでしょうか。 
舟底天井ともいうようですが、このネーミング、オン・フルールのセント・カタリーナ教会の天井をみているので、少し違和感。あちらは本当に小舟をひっくり返したような天井でしたから。
 
バス移動して船着き場に急ぎます。
心の中では欠航してマルゲリータホテルに戻りたい、と願いつつ。
ところが願いもむなしいどころか、またもやガーンです。
この間のカンパーナホテルには こういう事情ですから、全員が泊まることができません。7人はお隣のビジネスホテルになります!!。 
そちらでもよいという方?なんと4人が挙手、あと一部屋(添乗員さんもそちらなので) くじ引きになりました。
ところで私たちはこの日バスは最後部。前からまわってくる籤は次々はずれ(つまりビジネスホテルではない)最後、籤は二本、先に妹がひいて大当たり!!。
14:08 頃 若松大橋を渡りました。
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ほどなく若松港ターミナルに到着。 フェリーは欠航ではないそうです!!
14:55フェリー出発
島に囲まれたところをいくせいか、ゆれは殆どありません。
昨日見たハリノメンドなども見えました。奈留島によって福江港へ
16:20 福江港着
キャリーなどは ホテルの車に預け、 徒歩で まず 全員 かんぱーなほてるに向かいます。
そこから私たちはお隣の五島ターミナルホテルへ
お部屋 ベッドなのは助かります。でも狭い。 二つのベッドの間は50cmほど。 
普通ビジネスホテルでも机と椅子はありますが、それもなし、
 
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窓際のところにショルダーバッグなどはおきました。キャリーはベッドの上で拡げて出だすものを出したら、また立てておきます。
洗面所がユニットバスで非常に狭く洗面台が小さくて化粧品を置くカウンタ―がないので、 これもベッドにひろげておいて そこでお化粧をする、ということになりました。
湯沸かしポットなどもありますから、狭いのだけがまんすればいいだけなのですが、本当なら あのマルゲリータ だと思うと落差が大きすぎなのです。
フロントに男性が一人いるだけでしたが、感じのいい方だった(部屋番号をおぼえていて、 さっと鍵が出てくる)のでできるだけ不満を顔にださないようにしました。
 
 
夕食は外にいくそうで、朝食は私たちもカンパーナホテルで、ということでした。
 
 
18:30 コンカナ王国の レストランへ ホテルの シャトルバスで
太い梁がむきだしの木造りのレストランでいい感じでした。
五島唯一のワイナリーのあるところ、というのでグラスワインを頼みました。赤はなくて白、 味はさほど? でした。
ワイナリーがある、というので、洋食かと思いましたら、和食でした。
最初のテーブルの上、
 
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横の蓋を開けると すき焼き(ミニサイズ)
 
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お椀が運ばれ、このあたりで私はもうおなかが一日
先にご飯にしてもらいました。
こう色々あると 白米の方がいいのに、炊き込みご飯でした。
 
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お魚、
 
 
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茶碗蒸し
 
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どちれもパスしました。
私は小食なので、ある限度に達するともう美味しいなどという感覚はなくなり、ひたすら苦しい、になってしまうのです。洋食だと 3コースないし4コース お皿の数がわかっていますから、それぞれのお皿を少し(場合によっては半分以上) 残すなどして全種類味わえますが、和食は見当がつかず後の方は全てパス状態になってしまうのです。
フルーツはいただきました。
 
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帰りは3人づつタクシーに分乗しました。
タクシーの運転手さん、教会巡りのお客を乗せることがよくあるそうですが 「写真?私たちは入口でおろして待っているので、カメラのことは言いませんよ」
ネットでは写真をよく見ます。
「個人でタクシーでくれば写真は撮れたかもね」良識のない人間の独り言。
20:15頃ホテルに。
お風呂は各室についていますが、カンパーナホテルの大浴場を使うこともできます。
私は大浴場は行く気がなく、妹も夜中に外を歩くなんて、ということで結局妹はそのまま寝てしまい、私はシャワーをあびてやすみました。
夜中 建物がかなりギシギシいいました。台風が大分せまっているのでしょうか。
あとで聞いたのですが、このホテル来年建て替えだそうです。 倒れなくてよかった!
 
 
 
 
 
 
 
 

2017年11月 6日 (月)

五島列島旅行 6 (3日目ー1)

10月21日 台風接近のため大幅 予定変更
 
中通島~福江島
5:30 起床
6:25  私たちの部屋は あいにく海がよく見えません。
お天気がよければ 6時半ごろ日の出がみられるはずです。
ロビーに行ってみました。
 
庭で
 
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見えているのは(ロビー、 左が宿泊棟
 
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右、 宿泊棟(向こうにみえている十字架は、あとで行く曽根教会のもの。
あいにく曇りで、くっきりした日の出は見られませんでした。「でもまだ明日があるわよね」
ロビー
 
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ゆったりしたロビー、妹と写真を撮り合ったり庭に出たり、しばらく楽しみました。
 
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日の出ではなくロビーの明かりが映っています。
 
6:40頃 朝食
セットメニュー 洋食
栗のスープ 
 
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スクランブル・エッグ サルシッチャ(イタリア風ソーセージ) ピクルスなど
 
 
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ソーセージは油っぽくて好きではないのですが、これは美味しかったです。といっても私には 一本で充分でした。
 
これ以外にサイドメニューがあって 好きなだけ選べます。
 
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私たちは 飲み物だけお願いしました。
残念乍らこれ以上、おなかにはいりません。
 
 
今日の予定は、三つほど教会を見ながら島を北上し、チャーター船で無人島である野崎島に渡り、鉄川与助の建てた野首教会(世界遺産候補)を見学することになっていました。
ところが台風接近に伴い、船が欠航、それで今日のうちに、今日と明日見る予定になっている中通島内の教会を全部見て回ることになりました。
 
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野崎島にある野首教会は残念ですが、かつあい、安全第一、 仕方がありません。
8:20 今日のガイド 野崎さんと出発
「野崎島に行けないから 私、野崎が案内する、ということになったわけではないのですが、、、」とあいさつ。
まずはホテルのすぐお隣の曽根教会 へ 8:25 ~ 8:45
教会は 1881年に創立し、現教会は 1966年に建立。
 
 
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巡礼ガイドの野崎さんは素朴な感じの信者さんで好感がもてました。訪ねると色々はなしてくれました。
 
: 中通島は十字架の形をしているので 祈りの島、とよばれている。
: 4人に1人がキリスト教
: 最初は開拓移民だったので開きの人という言い方もする
: 大村藩によって仏教徒として送り込まれたが、噂を聞いてやってきた人達は辺鄙なところで土地を開墾するのに苦労して、弾圧よりむしろこの重労働や食べ物の乏しさのために亡くなった。
: 徳川時代 弾圧がひどくなって平戸に行った 外海→五島→平戸
: 五島に関しては 明治になってからの方が弾圧が厳しかった。
 その後も「禁教がとけてからも)今から70年前くらい前まで差別に苦しんだ。 
名前などについて下田、下本、下峰とか下のつく苗字をつけられて仕事も差別され出世できなかったなどという話は彼女からもされました。
 
昨日も、ここも 信者席は単なる木のベンチで 膝置台が ついていません。
 
お聞きしてみると、第二バチカン公会議(1962~65年)以降、ずいぶん色々なことが変わり、 司祭はこれまで信徒と同じ方向を向いていたのが 信徒と対面するようになったため 祭壇が必要となり、祭壇が立派になった。(それ以前もあったと思うのですが、、、)
 
膝まづかなくてもよくなったので膝置台がなくてもかまわない。 (お年寄りが多いので いちいち大変だから、つまりこういうところ、形式にこだわらなくなった、ということでしょうか)
 
カソリックは 生の花を飾る、信者さんが交代でいけているそうです。
潜伏キリシタンがカソリックに帰依して多くの教会が建てられるようになった。
 
北上します。
 
中通島は山がちで、耕せる土地が少ないことがうかがわれます。江戸時代は集落もほとんどなく鬱蒼たる緑だったのではないでしょうか。(↓ Googleマップより)
 
 
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江袋教会  (9:05~9:30)
大浦天主堂建設にかかわった川原粂蔵がブレル神父の指導のもと造りました。
(川原一族は外海、黒崎の大工でキリスト教徒)
 
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側面  
 
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1882年に建てられたが2007年漏電による火災にあう。
柱、梁、外壁が焼け残り、実測図面があったので正確に復元することができました。
五島で現役では一番古い木造教会。 
看板より
 
 
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平面図
 
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文化財になっていたので資金的に助かったそうです。
復元費用3億円を国と県の援助、大司教区、それと全国からの寄付でまかまうことができたのです。
 
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江上天主堂や旧五輪教会と並ぶ貴重な建物のようです。
 
内部、上図みみられるように三廊式で後ろに階上席(聖歌隊席)があります。奥行があまりありません。天井は 木製 茶色が鮮やかです。正面 薔薇窓様の ステンドグラス。赤、緑、黄の色鮮やか。 しかし木枠なので塩害で いつまでもつか心配らしいです。 
イエス像、マリア像、のほかに ザビエル像がありました。 
 
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言葉で書いても 想像しにくいので、ネットから写真拝借、 遠慮して小さく。
ベンチの座面はレザー張りで膝置台もありました。
 
5分ほど走って 仲知(ちゅうち)教会  ( ~ 10:00まで)
 
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1881年に初代建立、現在の建物は1978年に建立
文化財でなかったので資金は信者たちで工面。そのために出稼ぎにもいったりして、一戸当たり 200万円(140万円、と書いてあるものもある)差し出しました。 
ファティマのマリア様(1916年頃、ポルトガルのファティマの 3人の子供たちの前にマリア様が 出現)と三人のこどもたちの像が飾られていました。
 
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火の見やぐらスタイルの鐘塔
 
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漁師が多く、獲れるとボーナスがでたのでお金があつまって、素晴らしいステンドグラスもできました。
 
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画面右手の方に資金提供に貢献した漁師たちの姿も あります。 
 
野崎さんのお話。
今60代以上の世代では 仏教徒とキリスト教徒は一緒に遊ぶことができなかった。
キリスト教徒は お弁当をっかくして食べていた。
同じ宗教同士で結婚した。
 
第二バチカン以降は他宗教に人と結婚できるようになった。
野崎さんもご主人は仏教徒。
五島では宗教教育は厳しかった。
学校は遅刻しても叱られなかったが、教会へ遅刻は絶対ダメ
誰かのためでなく宗教のために時間をさく。 そういう時間があったことが結局自分のためになっている。
すがるものがある、のがいい。
 
現在彼女はお子さんに宗教教育はしていない。
クリスマス(ケーキが食べられる) お正月(抽選会がある) には家族で教会に行くそうです。
 
子供さんには宗教は何かに入ってほしい、が自分で選んでほしい、と考えているそうです。
 
少し脈絡がないですが、話された順番にメモノートからを書き写しました。
ポツポツと語る彼女は素朴ですが、素直な気持ちがあふれていて、とても感じがよかったです。
10:00 バスに戻ると添乗員さんから 爆弾宣言
明日 この中通島から長崎行きの船は欠航。 延泊となるとその費用は各人が持つことになるので、何とか予定通り帰れるようにしたい。そのためには航空機の便もある、福江島に戻ったほうがいいので、午後福江島に渡ります
 
「これからホテルによりますから 15分で荷物をまとめてください」
ガーン!! 
せっかくの素敵なホテル、それに今日の夕食は 島のイタリアン だったのに。
このホテルに延泊した~い!
こういうことは添乗員さんではなく本社が関係機関と連絡をとりながら決めるらしい。
10:25 ホテル着
続きは次回に
 
 

2017年11月 5日 (日)

五島列島旅行 5 (2日目―4)

船で奈留島に渡りました。 ここでは 江上天主堂を見学。 とても美しい教会で、6月に五島に行こうとして申し込みかけたのですが、この教会が修復中と知って秋に回したのです。

港から少し歩きました。 途中ピンクのお花がたくさん咲いていました。クサギ という名前そうです。

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この青い実は染料になるのだそうです。青い色に染められるのははこれと藍だけだ、と染め物をなさる方が教えてくださいました。

江上天主堂 (15:45~16:30)

http://www.city.goto.nagasaki.jp/sekaiisan/goto_churches/egami/index.html

1918年に建てられ、来年100周年を迎えます。

50戸余りの信徒が漁でお金を作り、鉄川与助に依頼して 建てました。信徒たちも手伝い、柱の木目やステンドグラス替わりにガラスにお花の絵を描くなどしました。このため 中に入っても柱などに触らないように、と言われました。(こすられるとはげ落ちるので)

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海風を避けてすこしだけ奥まったところ、木々に囲まれて建っています。

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修復されたばかりでピカピカ、ペンキ塗りたてという感じです。もう少し古びていてもよかったのに、 と思いました。 

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地面に水がたまるので少し高くされています。

内部の写真が撮れないので説明版の写真を載せます。

アーチがロマネスク風で半円アーチになっています。

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中にはいって、各自少し黙祷しました。

ステンドグラス代わりにガラスに手描きされたお花の薄れ具合がよかったです。

ここは 世界遺産候補の教会ですが、ガイドさんは、当時の人々の思いこそが世界遺産、全部の教会が同じ思いで造られている、と話していました。

確かにそうだと思いました。 

しかし、あの教会が入ってここはどうして入らないの? なという話も出ているのでしょうか?世界遺産になる、ならないで教会員同士のおかしな感覚が生まれなければいいのですが、(勝手に想像を膨らましすぎですね)

16;35再び船に 

17:07 ごろ若松島の キリシタン洞窟が見えました。

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明治はじめの五島崩れを避けてこの洞窟に里の浦のキリシタンが隠れ住んだが炊事の煙で見つかり、とらえられて拷問を受けたそうです。 

17:17 ごろ ハリノメンド とよばれる穴が見えました。マリア様がイエス様を抱いている姿に見える、と言われています。確かに位置によってはそう見えました。

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若松島と中通島を結ぶ若松大橋(全長522m)の下をくぐりました。

若松大橋の少し手前 右手で 「あそこが桐集落で、五島で唯一 カクレキリシタンの組織があるところです。20人くらいの人がいて、彼らは近くに教会があるがそこにはいきません」という説明がありました。

このあたり一帯は西海国立公園 リアス式海岸。ふつうは隆起だが、ここは陥没してできたそうです。

 

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しばらくいくと 郷の首港(17:30頃) 

現地ガイドさんはここから定期船でご自分の島に帰るのですが、その船は私たちの船が着いた時がちょうど出航時刻。 
船に向かって、ガイドさん「待っとってー」
私たちは 「もういいから早く行って」
でも ガイドさん、私たちの荷物を降ろすなどお仕事をして、定期船の人もちゃんと待っていて 、、 いい光景でした。島の人、親切。

暗くなった道を走り 18:15 ホテル着

リゾートホテルマルゲリータ  http://www.margherita-resort.jp/

19:15~21:00ごろまで 夕食

和食と洋食の2コースあり 今日は 和食の日、島ごはん でした。

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 お刺身の写真は撮り忘れ

 

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ワインのおかげでお部屋に戻って私はバタンキュー

目をさまして妹がいないので心配しました。上の大浴場(温泉)にいっていたそうです。

パジャマがあり、お風呂にいくための大きな帆布バッグもあって便利です。

「誰もいなくて気持ちがよかった」 というので 私もいきましたが、何人か入っていらっしゃるようなのでやめにしました。

お部屋についている浴室も(旅館のように)バスタブは深く洗い場もあり、洗面器 風呂用椅子もおいてあります。 (これは 昨日のカンパーナホテルも同じです)

但し テイッシュペーパー、シャワーキャップは置いてありませんでした(昨日のカンパーナにはありました)。 

お部屋 

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今はカーテンをひいていますが、ベランダ付きで 椅子、テーブルもおいてあります。

23:30頃就寝 やはりベッドは気持ちがいい。

 

2017年11月 3日 (金)

五島列島旅行 4 (2日目ー3)

海上タクシーで移動です。 
台風21号の影響か、沖には少し白波も見えて少々心配です。
船は20人乗りくらいで今日これからの現地ガイドさんは、巡礼ガイドの方です。
船の操縦士さんはベテランでこのあたりの海を知りつくしているので大丈夫、なるべく波のたたないコースを行ってくださるそうです。
 
福江港~ 久賢島(旧五輪教会)~ 奈留島(江上天主堂)~ キリシタン洞窟遠望~ 郷の首港 (中通島)~バスでホテルへ という予定です。
 
台風の影響で波が高いのでは、と心配しましたが、多くの島に囲まれているので海は穏やかなところらしいです。 
 
 
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船は揺れると言うより上下動、特に定期船が通った後を横切るときは船底を海面に打ち付けるようにどんどんと飛び跳ね、痛いほどでした。(飛行機で着陸が下手だとガタン、と落ちる、そういう感じ) 多分モーターボートだとこういう感じなのでしょう。
立って説明するガイドさんも大変そうでした。
 
凄い水しぶき ガラスがス武器で汚れています。
 
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船でのお話 
五島列島は上下あわせて (福江島などは下五島、これから行く 久賢島、 奈留島とあわせて五島市を形成、 今夜から二泊する中通島は上五島) 約5万人、そのうち 9000人が カトリック とのことでした。( 人数は人によって本によって異なります)
 
14:50 久賢(ひさか)島着
 
この旅行中 五島崩れ、とよばれる信徒の信仰表明によるキリシタン迫害事件について 何度も(ガイドさんが変わるたびに)聞きました。
この五島崩れは 久賢島からはじまったのです。そうして一番残酷な仕打ちをうけたのもここでした。
牢のあった場所に、(私たちはいきませんでしたが) 牢屋の窄殉教記念教会、という教会が 建てられています。 
牢屋は6坪ほどで そこに200人以上押し込まれていました。横になって寝ることはできません。一日に与えられるのはサツマイモ一切れ、汚物まみれで、蛆虫におなかを食い破られて死んだ子供もいるそうです。8か月後に出されたのですが、39名が亡くなっていたそうです。 
彼らを悼んで建てられたのが 浜脇教会。 それが古くなって取り壊そうとされているのをもらい受けて移築したのがこれから行く旧五輪教会なのです。
 
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着いてみると湾は穏やか、向こうの黄色い船がチャーター船。
湾沿いにしばらく歩きました。山が迫っています。 
 
旧五輪教会 プチジャン神父の指導の下に1881年に建てられたものを移築
http://www.city.goto.nagasaki.jp/sekaiisan/goto_churches/kyuugorin/index.html
 
貴重な文化遺産として 申請する世界遺産の構成要素との一つとなっています。
 
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説明版より、
 
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この教会は 老朽化してしまって、使えないので横に新しい、五輪教会が建てられています。もう信仰の場でなくなったので、写真は撮ってよいそうです。
私はこの古い教会にこれまでのどの教会よりも厳粛な気持ちにさせられました。
 
でも 写真は遠慮なく撮らせていただきました。
 
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木張りの天井、 内陣障壁の柵もすてきです。
 
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ボケ写真で恐縮なのですが、正面の像はイエスを抱いているのは、男性。 つまり父親のヨセフです。
以前の平戸巡礼でも ヨセフ像を多く見ましたし、翌日も見ました。 
このことについて翌日のガイドさんに 質問したのですが、要するに お父さんに守ってもらう、というところから父子像がよくつくられる、信仰されている、ということなのだそうです。 
ヨセフは養父にすぎないため、海外では影の薄い存在であるようなのですが、、。
日本は父権社会、父親中心ということなのでしょうか? 
ヨーロッパの教会で男性がイエスを抱いている場合は 父なる神、でヨセフではないのです。
 
脇の祭壇
 
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ステンドグラスのある 西側
ステンドグラスはセロファンを二枚のガラスに挟んで木枠を付けて造られています。自分たちの教会を何とか素晴らしいものにしようと、知恵をしぼったのでしょう。 
 
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窓もすてきです。引き戸になっています。
 
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風が強いので雨戸もつけられていました。
 
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この後 (新)五輪教会も少し見ました。 お手洗いはこちらの方にあります。
10分ほど船に乗って奈留島へ移動。
 
 

五島列島旅行 3 (2日目―2)

9:55分~10:40 バス移動
 
島に来られた幸せ感でみたされて美しい海岸を眺めながらのドライブ
 
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セイタカアワダチソウ がよく目につきました。
 
高浜海岸 島で一番美しいビーチだとか、
 
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↓向こうの島は 嵯峨ノ島
 
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左端に見えるピンクのお花は 先島芙蓉、これもあちこちでよく見かけました。
 
頓泊ビーチの横もとおりました。このあたりは30年代まで捕鯨がおこなわれていて、1頭捕れれば7浦潤う、といわれたそうです。捕鯨は富をもたらすものらしいです。
↓海は 玉之浦湾、 ここも美しい。
 
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立谷(たちや)教会跡の横を通りました。模型が置かれていました。 
明治時代に建てられて教会は1987年に台風の後、自然崩壊てしまいました。
 
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向こうにはキリシタン墓地も見えています。
 
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このロングドライブでの現地ガイドさんのお話。
日本のカトリック教会の数は 1023 そのうち長崎には 132
五島全体で 50  福江島 13   上五島 29 
 
福江島では 人口の1割が カトリック教徒。 上五島では(この時は) 4割 と聞きました。 その後 上五島では 3分の1とか4分のⅠとか ガイドさんによって違いました。
いずれにしろ日本のどこの地域より信者さんの割合が多いことは言えると思います。
 
井持浦教会 (10:45~11:05)
http://www.city.goto.nagasaki.jp/sekaiisan/goto_churches/imochiura/detail.html
 
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1897年建立の教会は台風で倒壊し、現在の建物は1988年のコンクリート造り
 
大村藩の移住者が塩造りの窯場で働いていて、その労働力確保の意味もあったのか、また 辺鄙なところで役人の目も届きにくかったのか、島でここの人たちだけは迫害を受けなかったそうです。 
バスをおりて数十メートルゆるい坂道を行きます。
 
ここは、ルルド洞窟の模型があることで有名。ペルー神父(フランス人)が1899年に造ったもので日本初。 
教会は新しくて面白味はない、とのことで まずルルド洞窟へ
 
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湧き水を掬うのではなく、やはり本場のルルドのように水道栓からお水を飲めるようになっていました。自分のペットボトルに汲んでもいいけれど、ない人のためにプラスチックの瓶を売っていました。
私はお水を持って帰るつもりはなかったのですが、一応少しだけ飲んでみました。カルキではないけれど、ちょっと薬品っぽい味がしました。
教会は どこも土足厳禁、いちいち靴を脱ぐのが面倒で私はここでは入らず入口から眺めただけ。
教会内部、入口からそっと
 
 
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坂の下の方に信徒会館のようなところがあって、そこですこしお土産を売っていました。
少しバス移動して 
 
大瀬崎断崖展望所  11:15~11:30
 
大瀬崎灯台は九州本土最西端の灯台です。
高さ80mの断崖の上にたち、初点灯は 1879年、(1971年改築 現在は無人)
 
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少し小雨がぱらつきましたが、東シナ海をのぞむ断崖の上に立白い灯台は実に絵になる光景です。
映画「悪人」の舞台にもなりました。(この映画の撮影時 俳優さんたちも私たちが泊まったカンパーナホテルに宿泊されたそうです)
沖合はるか、見えます、といわれればみえるような、、、のが男女群島。 この島周辺の珊瑚を とりに中国船がよく来るそうです。
日本では珊瑚をとってはいけないことになっていて、これまでとったものを加工している状況なのに、と翌々日のタクシーの運転手さんが言っていました。
立っているところから灯台は右手、 ↓ 左手の景色
 
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この展望台から見る夕日はとても素晴らしいそうですのに日の沈むまでいられないのは残念、でもガイドさん「今晩お泊りになるマルゲリータホテルから見る夕日も朝日も すばらしいそうですよ」。
それなのに、、、、。運命は残酷、それは のちほど。
 
さあ。昼食レストランに向かいます。
バス (11:35~12:25)
香珠子ビーチを見おろす丘の上の 椿茶屋 で
 
予約の時刻まで すこし 間があるので 駐車場横の 塩工場を見学しました。
薪が積んであるところです。その向こうはお土産物屋さん。帰りにお買い物をしました。
 
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製塩は二段階にわかれています。 
まず 海水を煮詰めて17パーセントにします 沸騰させると細かくなってからみが残るそうです。一日のうちに17%にならないとだめなのです。使う木によっても火力はちがうので調整が大変だそうです。
濃度を調べています。
 
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そのあと隣の部屋の第二のかまで水分を蒸発させます。
 
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出来ました!
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できあがったのを すこしなめさせていただきました。
 
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文字通り 手塩にかけたお塩の味。
 
こちらは 粒が薄く大きいもの。 福岡の焼き鳥屋さんに卸すもので、市販はしていないそうです。
 
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きれいです。
 
そうこうしているうちにお食事の用意ができたようです。
少し 階段を上がって
 
 
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いろりを囲んで炭火焼
干物、 手羽先、 豚ロース、 はんぺん、 キャベツ など各自、この大きなひばさみで、焼いていただきます。
 
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香ばしくておいしかったです。 そのあと、五島うどん、ウニ茶漬け。 雲丹は大好き。
 
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うどんなどの香辛料として柚子胡椒が添えられていました。 かえりに一瓶買い求めました。青唐辛子が使われていて強烈に辛いです。 
 
 
築100年の民家を移築して 使われています。
 
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お庭から眺める香珠子ビーチの美しいこと。
 
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13:35~ バスで 福江港へ 、
13:55~ 海上タクシーで クルーズ。
 
長くなるので今回はここまでにします。
 

2017年11月 1日 (水)

五島列島旅行 1

10月19日(木)
三泊四日の五島列島ツアーに参加すべく朝7時前に家を出ました。
小雨が降っていて台風が心配、ともかく船やプロペラ機をつかって島に渡るわけですから、もしかしたら羽田についてもすぐ中止で家に帰ることになるかもしれないと思いながらバスに乗りました。
京急羽田空港駅で今回は一緒に行く下の妹と落ち合い、私は本屋で文庫本を仕入れて集合場所へ。
 
やはり予定通り出発するようです。
 
地図 位置関係がわかるように平戸も含めました。 黄色い星印が訪問地です。 
 
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今日のお昼はフリーで、長崎での乗り継ぎは時間があまりないので、お弁当の必要な人は 羽田で準備するよういわれていましたので、早速物色。
空弁 というお弁当を各種あつかっているところが集合場所の近くにありました。
買ったのはノドグロの柿の葉寿司とカツサンドをひとつづ、それぞれ二人で分け合っていただくつもりです。
参加人数は17名、多いです。ご夫婦4組、姉妹1組(私たち) 友人同士(女性)1組 あとは女性の一人参加。添乗員は若い元気な男性です。
今日の予定は
 
09:45 羽田→福岡11:40/ 12:25→13:10 五島福江空港 
そのまま観光して 夕方五島市のホテル宿泊
 
 
羽田→福岡
10時35分頃 お茶のサービス。
これを機会に皆さんお弁当タイムのようで 私たちもまず柿の葉寿司をいただきました。
福岡空港で乗換えですが、次に乗る飛行機は小型のプロペラ機で、機内持ち込みバッグは 三方の長さの合計が100cmまでです。
私のキャリーもひっかかりました。
でも機内預けは簡単、搭乗口にスーツケースをおいていくだけ、もちろん預かり証は渡されますが。
福江空港行きに乗るにははエスカレーター無しの階段をおりてバス移動、6段くらいですが タラップを上がるので、キャリーを持たなくてすんで助かりました。このバスにはおいていったスーツケースものせられていました。 
乗ってきた飛行機(福江空港で)
 
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福岡→福江
この間でやっぱりまだ入りそう、とカツサンドを食べてしまいました。
 
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これ、とてもおいしかったです。この区間ではお茶はでず、飴がでただけでした。
 
福江島
着くとお天気は晴れ、日焼け止めを塗ってこなかったことが悔やまれるような日差しの強さです。 気温は22度 歩くのにはちょうどいい気温です。
 
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13:37 バスで観光に出発
狭い道もある、ということで三十何人か乗りの小型バス。
今回は人数17名(ちなみに先週は10名 9月は8名だったそうです、やはり皆さん、10月も後半となると台風はもう来ないだろうと考えられたのでしょう。でもお天気は気まぐれ)
そのため一人2席は確保できず、ご夫婦の方は相席で、というわけで私と妹は隣り合って座りました(翌日からは一人2席確保出来ました)
羽田出発時とは打って変わって晴天、日焼け止めクリームをぬってこなかったことが悔やまれました。
 
せっかくお天気がいいので(先週もこのガイドさんが案内されたそうですが、その時は全日雨だったそうです)予定にはないけれど鬼岳に行きましょう、ということで
 
鬼岳 (315m)
頂上までは上りませんが途中まですこし登りました。
GOTOと書いたバスが我々のバス
 
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海がきれい!!五島列島は大小合わせて140あまりの島で構成されています。 
ともかく島が多い。
五島市中心部
 
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ほぼ中央のベージュの建物(塔に挟まれたような形)が今夜の宿、 カンパーナホテル
 
別の方向
 
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これは 次の鐙瀬(あぶんぜ)海岸から見た 鬼岳
 
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バス移動して 
 
 
鐙瀬海岸 14:20~14:40
鬼岳から流れ出た溶岩でおおわれています。
南国らしく フェニックスの木がはえています。 展望台から海をながめました。
 
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ともかく海の色がきれい。 沖縄の海の色の美しさはよくいわれますが、五島の海も本当にきれい。
 
 
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海好きにはたまりません。
バス移動して
 
明星院 へ 15;00~15:40
写真が少ないです。
人数が多いと色々な方がいらして楽しいのですが、困るのは建物の写真がなかなか取れないことです。人影が消えるのを待つともう皆さん建物の中、ということになってしまいます。
 
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お寺の正面の写真も人物入りなので載せるのをやめにして看板の写真を。
 
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この天井画は素晴らしいとおもいましたが、写真撮影は不可でした。
本堂で 奥様(前住職夫人?) からお話を伺いました。
案内板
 
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五島では最も古いお寺で、真言宗。五島八十八か所参り、というのがあるそうで、その第一番札所になっています。御朱印をいただいている方もいらっしゃいました。 
このお寺は五島のお殿様の祈願寺だったそうで、昔は前を通るのさえ憚られるほどだったとか。
そういう由緒あるお寺の奥様らしく誇り高いお方のようにお見受けしました。
しっかりした口調で寺の歴史、弘法大師様のことを話されます。 
 
長い~。一応椅子はありました。実は私、空海=弘法大師 ということもおぼろなくらい仏教のことに疎いのです。
空海は 804年に遣唐使船で留学僧として大陸に渡り、20年の留学予定だったところ、2年間で全て学び終えて帰国、その際、このお寺に虚空菩薩像があることをきいて こられたのだそうです
このあと 20年留学すべきところを2年でかえってきたのはけしからん、(勉強していないのではないか!) ということで すぐに都に戻ることができず、大宰府に何年か滞在したそうです。
天井画 は 狩野派の画家によるもので、239年前の寺の建て替えの時のものといわれているが、書かれた絵のモチーフからして もっと古いのではないか、ともいわれているそうです。 古くて少し色がうすくなっているのも好ましく、もっとしっかり見たかったのですが、暗い部屋に 蛍光灯がつってあって、その光が邪魔をして見にくかったのが残念でした。四隅に迦陵頻迦 が描かれています。かりょうびんが(迦陵頻迦) とは 極楽浄土に住み非常に美しい声で歌うといわれている、人頭鳥身の想像上の生き物です。
カラヴィンカ というピアノ曲があり、すこし前に小菅優さんのコンサートで聴いたことがあるので、興味深く、しっかりみたのですが、隅っこでよく見えません。カメラ禁止がうらめしかったです。 
人頭鳥身 ロマネスクファンにとって ピンとくるのはセイレーンとハルピュイア です。
セイレーンは下半身が魚になっているのをよくみかけますが、ギリシャ・ローマ時代は下半身が鳥で美しい声で歌います。ハルピュイアは 食べ物を奪い鳴き声もギャーギャーきたないのです。
翼をもった天女のような 迦陵頻伽と 明らかに鳥の姿をしたセイレーンはみかけはかなり異なりますが、両者のルーツは同じではないか?なんてボンヤリ考えています。
 
バス移動して 堂崎教会へ 16:15~16:40
教会見学第一弾! 胸が高鳴ります。
 
バスをおりて湾沿いの道を5分くらい歩きました。海の色が美しいこと
 
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途中の家 屋根瓦がとばないようにネットで覆っています。
 
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堂崎教会 
http://www.city.goto.nagasaki.jp/sekaiisan/goto_churches/douzaki/index.html
 
1880年にマルマン神父が初代教会を建てたが、現在あるのは、1908年ペルー神父が建てたもの。 1977年からキリシタン資料館になっています。
 
後陣側
 
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五島出身で 1597年、西坂で処刑された26聖人の一人 五島世ヨハネ像。
 
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マルマン神父(左) とペルー神父像
マルマン神父は以前読んだ遠藤周作の『女の一生』という小説にもでてくるので親近感を持ってみました。
 
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横に 石の祠 があり、十字架を掘った石がおさめられていましたが、ちょっと分かりにくかったです。
 
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内部は どこの教会も写真は撮ってはいけないそうです。
仕方がないので、これは入口にあった看板の写真です。
ここは資料館で陳列ケースがいくつもおかれているので、内部を一望することはできません。それでも月一度はミサが行われるそうです。
 
 
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展示品には色々興味深いものがありました。
*洗礼皿 染付で 十字が描かれている
*刀の鍔にクルスが描かれている
*かんざしの玉などの飾りがついているところがロケットになっていて蓋を開けるとなかに十字架
*ほら貝 ミサの開始をしらせるためのもの。他の教会で使われていたものだが、かつては 堂崎教会でもミサの開始30分前にほら貝が吹かれていたそうです。
*プチジャン神父やマルマン神父のロザリオ
 そのほか 宗門改め帖、踏み絵 母子観音など
 
観終わって バスに戻る途中
丁度 太陽が雲間にかくれたところです。静かな入り江
 
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17:00 カンパ-ナホテル着
お部屋は 10畳の和室
夕食が終わって戻ってみるとお布団が敷かれていました。
和室の向こうに廊下があり 椅子テーブルセットが置かれていました。
しかし ベッドになれている人間にとってひょいと腰掛けることが出来ずまた寝るときも体の動きの幅が大きいので 不便です。
 
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洗面所は カウンター付きで洗面ボールが 二つ。
風呂場は洗い場がついているので使いやすかったです。
 
夕食(6:30~8:10) 典型的 和風旅館ノメニュー
飲み物は 白ワインにしました。
 
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後から運ばれてきた魚のホイル焼き
 
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きびなご、(手前中央)がめずらしかったです。こいわしみたいですが ニシン科で背中に 筋がはいっています。このお刺身、おいしかったです。 そのほかほんの少しですけれど 右のコンロ(蓋がしてある)は 五島牛陶板焼き、 また 美豚はしゃぶしゃぶ鍋に入れます。
特筆すべきはご飯のおいしさ。何となく 米どころは東北、とおもっていましたが、九州の離れ島でこんなにおいしいお米に出会えるとは!